神戸のローカルクライマーに愛されてきた蝙蝠谷へ|筆とまなざし#407
成瀬洋平
- 2025年01月29日
かつては登攀禁止となった歴史もある、全国でも珍しい登録制の岩場。
「蝙蝠谷の登録証取った?」
友人からそう連絡があったのは出発の2日前だった。しまった。年明けからバタバタしていてすっかり忘れていた。
神戸市の北に位置する蝙蝠谷(こうもりだに)の岩場は、全国でも珍しい登録制の岩場である。かつて、地元住民との間にトラブルがあり登攀禁止となった歴史がある。ローカルクライマーの尽力により再び登攀可能となるのだが、そのときから登録制の岩場となったのである。年2回の清掃活動への参加がその必須条件で、蝙蝠谷はこの岩場を愛するクライマーたちによって静かに登り継がれてきた。その状況が変化し始めたのは2年ほど前。岩場をめぐる環境の変化に伴い、清掃への参加が必須条件ではなくなった。誓約書を郵送することで登録証を発行してもらえるようになったのである。ぼくのように遠方の人間にとってはとてもありがたい措置で、友人と訪れることになったのも登録証が取得しやすくなったからである。
具体的にはこうだ。誓約書と共に返信用のハガキを同封して担当のNさんに郵送する。するとNさんがハガキの裏に登録証を印刷してハガキを投函してくれる。そのハガキ自体が登録証となるため、入山の際にはバックパックの外にぶら下げてわかるようにしておく。Nさんは以前リボルト講習でお世話になった方である。しかし、姫路へ出発するのは2日後。返信ハガキを受け取るのには全くもって間に合わない。ひとまず誓約書を速達で送り、Nさんに直接連絡して相談する。すると、特別の計らいでクライマー向け有料駐車場を管理するSさんに登録証を預けておいていただけることになった。助かった。Nさんのご厚意に大感謝である。
自分たちの岩場を大切に守り、より心地よくすごせるように。
姫路で3日間の仕事を終えたあと、蝙蝠谷へ向かった。友人とは駐車場で落ち合った。この岩場で登る際は、Sさんが管理する有料駐車場を利用することがルールになっている。久しぶりに友人と再会して話をしているとSさんが登録証を持ってやって来てくださった。
「今年初めてのクライマーですよ、気をつけて楽しんでね」
面倒なお願いをしていたにも関わらず、Sさんは笑顔でそう言ってくれた。神戸の方々の親切さに心が温まる。
蝙蝠谷で登るにはもうひとつルールがあって、それは備え付けのゴミバサミを持っていき、岩場やアプローチに落ちているゴミを拾うことである。ゴミバサミ片手に許可証をバックパックに取り付けて、蝙蝠谷スタイルの準備完了。早速岩場へと向かった。
岩場までは歩いて20分ほどで到着した。アプローチには橋やクサリが設置されていて、この岩場がとても愛されていることがすぐにわかった。自分たちの岩場を大切に守り、より心地よくすごせるようにという気持ちが岩場の端々から感じられた。きっと、何年、何十年とこの岩場に通い目標ルートにトライしながら、みなさん歳を重ねられているのだろう。ルートやボルダリング課題が消費物のように扱われがちな現在のクライミングシーンにおいて、蝙蝠谷の岩場は大切なことを静かに教えてくれているようだった。ルートはどれもおもしろく、とくに垂壁のクラシカルなものはなかなかの渋さ。易しいグレードでも登りごたえがあった。ボルトがしっかり整備されていて思いきりトライできるのもすばらしかった。
今回のクライミングでうれしかったのは、そんな素敵な岩場との出逢いとともに、ひさしぶりに友人と登ることができたこと。休憩中にいろいろな話をすることでリフレッシュできたし、魂のトライをビレイすることは大きな刺激になった。核心でフォールして降りてきた友人は、満面の笑みを浮かべながらこう言った。
「こうやって100%出し切れるルートがあるって幸せなことだよねー!」
著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平
1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。
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