
フォトグラファー/翻訳家・鈴木千花さん|低山トラベラー、偏愛ハイカーに会いに行く

大内征
- 2023年08月28日
低山トラベラーの大内征さんが山好きさんと山を歩く、連載「偏愛ハイカーに会いに行く」。山の愛し方は人それぞれ、とはいうけれど。十人十色の偏愛ワールドをのぞいてみれば、これからの山の愛し方とその先の未来が見えてくる、かもね。
今回の偏愛さん
フォトグラファー/翻訳家 鈴木千花さん
洋楽をきっかけに英語のおもしろさに目覚める。大学卒業後に自身で資金を貯めて、世界一周の旅へ。開発教育活動のかたわら、見たことのない文化や美しい自然を撮影し始める。現在はフォトグラファー、翻訳家、インスタグラマーとして活躍。
Instagram @suzuwanders
PEAKS常連のフォトグラファー、
撮られる側でランドネ初登場!
ぼくは文章を書くことを生業にしているけれど、書き方について学校や講座で学んだことがない。出版社や編集プロダクションでの実務経験もない。そんな状態で、よくもまあ文筆家として脱サラなんてできたものだと、いまさらながら恐ろしく思うことがある。ふり返ると、ぼくにとって〝師匠〞の代わりだったのが本であり、歴史や文化に関するたくさんの作品にふれたことで自分なりの世界観に磨きをかけた。そして、伝えたいテーマをもっていたことも、この生業の成立に欠かせない要素だった。
と、いきなり何の話を聞かされているんだと戸惑うかもしれ ない。じつは、そんなぼくと似たような境遇で、登山誌におけるフォトグラファーときどきモデルという独自のポジションをつくりだしている友人がいる。インスタグラムで1万人を超えるフォロワーをもつ「suzuwanders」こと鈴木千花さん、その人だ。親しみを込めて「スズ」の愛称で呼ばれている彼女は、兄弟誌『PEAKS』に撮るほうでも撮られるほうでもよく登場する。じつはそっちで知っていたという人、けっこういるのではないだろうか。あるいはインスタで気になっていたという人も多いだろう。

ふだん山と人を撮る人。
ときどき、山で撮られる人

千花さんはおもに「山と人を撮る側」として登山誌やウェブメディアを舞台に活動している。写真は学校で学んだわけでもスタジオ勤務していたわけでもないけれど、好きが高じて膨大なシャッターを切り続け、たくさんのいい作品にふれて、自分なりに世界観を磨いてきた。量はやがて質となり、趣味の範疇を超えて人から撮影を求められるまでに。自然、この道で身を立てるようになったわけだ。で、いまや月刊誌の誌面に彼女のクレジットを見ない月はないほどの活躍っぷり。いやはや、リスペクトである。

以前、ぼくが紀行文を執筆する某メディアのロケ企画で、その山旅のようすを記録するカメラマンを彼女が担当したことがある。現像された写真を見て、ぼくの特徴——姿勢や歩き方のクセ、間や顔の向き——をよく考えて撮っているのだと感動したことを覚えている。シャイな被写体の心の内を汲んでくれるような距離感が絶妙。逆に千花さんが被写体になるときにも、この距離感やふる舞いが発揮されているのだろう。いわば、撮り上手は撮られ上手でもあるわけだ。
真っ直ぐに見えて実は紆余曲折。
その遠回りがめぐり合わせた数々の転機
地元は山梨県甲府市。グローバルな家庭環境に良くも悪くも大きく影響され、門限やルールの厳しさ、そして世知辛い世の中にモヤモヤする思春期だったという。羽ばたきたい自分とコントロールしたい周囲との関係から「こうなりたい、よりも、こうはなりたくない、という気持ちのほうが強かったかも」と正直に当時をふり返ってくれた。しかし、そのときに培われた独立精神と行動力とが、のちに数々のチャンスを呼び込むことになる。


好きなだけ学べて自由にできる大学には自分で稼いだ学費で堂々と通う。関心のあった教育や国際関係を目指すために英語を磨いて見聞を広げる。そんな具合にほしいものは自発的な行動で獲得していく真っ直ぐな性格。しかし、オーストラリアでのワーキングホリデーから世界一周の経験によって世界中の美しい風景を知り、国内外の社会問題も目の当たりにする。そんなときに母親から勧められたのがインスタグラムだった。
「世界中の風景をたくさん見てきたんだし、その写真出してみたらどう? くらいの軽い感じだったかな。好きな写真も活かせるし、自分にとってもいいかもって思った」


当初は日常のワンシーンが中心だったものの、思い立って訪れた谷川岳をきっかけに山をメインとしたフォトログへと変貌していく。そのときに出会った山伏たちとの会話から「導かれるままに山へ来る人もいれば、その山で修行する明確な目的で訪れる人もいる」と、人それぞれ入山の理由が異なることを魅力に感じ、以来、人のいる山の風景を撮るようになった。なるほど、その前提で千花さんのインスタを見直してみると、たしかに「山だけの絶景」は少ない。山に人がいる風景こそ、彼女の写真の真骨頂なのだ。そうか、きっと「人」が好きなんだな。


山を始めて広がった視野。
故郷のナイスな低山もそのひとつ
今回の取材で訪れたのは、甲府市街地の北側に寄りそう天狗山・八王子山・湯村山といった低山の連なりである。千花さんが息抜きに入る山でもあり、ぼくも何度か歩いたことのあるお気に入りのコース。眼下には甲府の街がとても近く、見上げれば富士山や南アルプスも大きい。低いながらも絶好の眺めが楽しめる甲府名山のひとつだ。
ずっと昔から知っているはずの身近な場所に、こんなナイスな低山が潜んでいたという大いなる発見。山を始めてよかったと、トレードマークの白い歯を見せて笑う。ふだんは難易度の高い山岳に挑むいっぽうで、身近な低山にも関心をもつ千花さんなのだった。

そういえば、取材の帰りに立ち寄った甲府の名店「SUNDAY」で、買い物に来てい た女性客がぼくらに話しかけてきた。興奮した面持ちで「スズさんの大ファンで、私も登山とキックボクシングを始めたんです!」と目を輝かせるフォロワーさんと、楽し気にコミュニケーションする千花さん。山の高低にも人にも分け隔てないリスペクトのある姿勢に、彼女の人間性と魅力がにじみ出ているワンシーンだった。

低山トラベラー、山旅文筆家
大内征(おおうち・せい)
歴史や文化をたどって日本各地の低山を歩き、ローカルハイクの魅力を探究。NHKラジオ深夜便、LuckyFM茨城放送に出演中。著書に『低山トラベル』など。ライフワークは熊野古道
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