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Mountain Story vol.09 「赤城山」
Mountain Story vol.09 「赤城山」

道、斜面、岩、木、土……

いままで行った場所と重なり、

自分がどこにいるのか、わからなくなる。

何だろう、この懐かしさは。

Mountain Story

紅葉特集の表紙に惹かれて、つい買ってしまった山の雑誌。ソファに寝転がってページをめくると、「赤城山」という字に目が止まった。群馬の真ん中あたりだから、東京から日帰りで行ける。

スマートフォンで検索してみると、電車だと四時間 近くかかるようだ。車だと二時間半。

レンタカー、かな。行き帰り、交代で運転をすればいい。

 

起き上がって、LINEを開き、ユウキのアイコンをタップする。

前のやりとりが表示されて、手が止まった。

 

もう、いっしょに行けないんだった。

 

ユウキとは大学で出会った。彼は成績もよく、人付き合いもよく、いつも冗談を言って周りを笑わせていた。いっぽう、私は群れるのが嫌で、ツンケンしていた。話すようになったきっかけは、彼が遅刻してきた日だったと思う。うしろのドア近くに座っていた私のとなりに滑り込んできた彼に資料を見せてあげて、それからいつもとなりの席に彼がいて、気づいたらお昼も学食でいっしょに食べるようになっていた。友だちが多い彼と少ない私。不思議と気が合った。

 

大学二年になって、ユウキが登山に興味をもち、私も試しにと行ってみたら、すっかりハマってしまった。失恋したら慰め登山、試験が終わったらお疲れ登山、風邪が治ったら回復登山、就職試験に受かったらお祝い登山。何かしらテーマを立てて、いっしょに山を選んだ。大学を卒業して、就職してからも、それはずっと続いていた。

 

二カ月以上空いたのは、今年の夏、初めてだった。雨続きだったし、ユウキの出張も続いて、なかなか都合が合わなかった。

 

久しぶりに晴れた、お盆明けの週末。

とりあえず高尾山にでも行こう、ということになったのだが、ユウキは十五分も遅れてきた。高尾行きの 中央線のホームで待ちくたびれた私は、小走りできたユウキに「遅い」とふくれて見せた。

 

「ほんっと、ごめん。今日なんだけどさ、山に行けないわ」

え? 完全にバックパックに登山靴で、ばっちり山の格好なのに。

 

「さっき彼女から、マコトと行かないでほしいって言われちゃって……」

「なんで?」

「マコトのこと、男だと思ってたらしくてさ。ほら、名前がさ」

 

彼女とのLINEの中で女だと伝えたら、電話がかかってきて、怒り心頭だったという。

別に私たち付き合ってるわけでもないのに。ただの友だちなのに。

 

「ユウキは、どうしたいわけ?」

「そりゃ山には行きたいよ」

「じゃあ行こうよ」

「でもいまは彼女を怒らせたくないんだよ」

「なんなの、そんなに気を使って。プロポーズでもするわけ?」

私は呆れてため息ついた。ユウキは黙ったまま返事をしない。

 

「まさか、プロポーズ、したの?」

「そのまさか、です」

ユウキが顔を上げて、フニャッと笑った。

 

「そっか、おめでとう」

私は言った。自分の声を意識して、明るく、柔らかく聞こえるように。

 

「てわけで、悪い。これから彼女のとこに行くんだよ。機嫌を直してもらわないと」

両手を合わせると、ユウキは私の言葉を待たずに、小走りで改札へ向かった。

 

なんなんだ。

 

 

ホームに取り残されて、私はひとり、ぼうっと向かいのホームを眺めていた。

 

結婚、か。三十歳をすぎたのだから、何も不思議じゃない。ユウキもそういうことを考えていた、ってことだ。でも、週末によく会っていた のに、なんで気づかなかったんだろう。

 

どうしよう。次の電車に乗れば、三十分後には、高尾山口に着く。コーヒーもスープもドライフルーツの詰め合わせも、全部二個ずつ、背中のバックパックに入っている。

朝七時前だというのに、もう太陽が高い。

電車を二本、見送った。

 

あれから二カ月。私はいま、ひとりで赤城山の主峰の黒檜山を登っている。

紅葉がうっすら始まっている。雑誌の写真ほどでは ないけれど、秋の雑木林は、匂いも音も、いい感じだ。足元の落ち葉がカサカサと音を立てて、ひんやりした空気が熱った額を冷やしてくれる。

 

一瞬、頭がくらっとした。あたりを見回すと、自分が神隠しにでもあったように、時間と場所の感覚が薄れてくる。道、斜面、岩、木、土……いままで行った場所と重なり、自分がどこにいるのか、わからなくなる。何だろう、この懐かしさは。

 

道の傾斜がキツくなってきた。息も上がってくる。気づけば、ユウキと歩いたときが次々と蘇ってきて、ちょっとムカつく。なんだか、告白してもいないのにふられたみたいだ。

 

……ま、いいや。ユウキが望んだことだ。

どんどん早足になる。

周りの木が少なくなってきて、道が、急に開けた。

山頂だ。

淡い青の、山のシルエットが連なって見える。「穂高連峰ね」と声を上げる女性登山者たちがいる。穂高連峰。ユウキと行った山だ。

 

これから私は、山の思い出を塗り替えていく。

汗が引き、体が冷えてきた。バックパックからフリースを出して羽織る。

 

「山頂だ! 山ってめっちゃ楽しいね」

うしろから女性の声が聞こえてきた。

「この山は初めてなんだよね? ね、ユウくん」

 

ユウくん……? まさか。

どんどん近づいてくるカップル。私はしゃがみ込んで靴紐を結び直し始めた。

 

まさかこんなところで鉢合わせるなんて。ふたりいっしょのところなんて、見たくない。

彼らの足が私を追い越したのを確認して、私は立ち上がった。目で男性の顔を追う。

 

「あ」

ユウくん、と呼ばれた人がふり向き、私を見てニコッと笑った。

「あの。よかったら、写真撮ってもらえますか」

 

ユウキじゃなかった。

 

「いいですよ」 私は笑って、スマートフォンを受け取った。

「じゃ、撮りまーす」

私は一トーン上げて声をかけた。

「ありがとうございまーす」ととなりの女性がかわいく笑い、男性は頭を下げて、女の子の肩を引き寄せる。

 

ユウキの彼女も、こんな感じなのかもしれない。写真でしか見ていないけれど。きっと、よく笑い、よく話し、嫉妬したらちゃんとそれを言葉にする人なのだろう。

 

山頂標識の前で写真を撮り、男性にスマートフォンを返す。

ふもとまで下りてから、あったかいお蕎麦でも食べよう。今日は、私のひとり登山記念日なのだから。ちょっとしたお祝いだ。

私は、下りへのルートを歩き出した。

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ランドネ 編集部

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自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。

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