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Mountain Story vol.08 「広沢寺 Part1」
Mountain Story vol.08 「広沢寺 Part1」

「これだけ食えたら、大したもんだよ」

初めて褒められた。

「食う力があれば、また歩ける」

多分。そんな気がする。

Mountain Story

終電に間に合った。

 

座席に座り、カバンをヒザに乗せ、息をつく。

 

いまの上司とチームを組むようになってから、毎日怒られている。今日起きたことを思い出してみると ……まず、夕方、明日のプレゼン資料を確認するように言われた。それでファイルを開くと、データの数字に間違いがあった。それを私が上司に伝えた。

 

そしたら「もっと早く気づけ」と怒鳴られて、一時間近く説教が続いたのだった。プロ意識が足りない、という言葉を聞きながら、混乱した。あなたが作った資料なんですけど……とは、もちろん言わず、黙って作り直した。

 

終わって、片付けて、駅まで走って、こうして今日も終電に乗っている。

 

首を左右に回すと、パキパキと音が鳴った。そういえば、昼から何も食べてない。でも、食べるより、早く帰って寝たい。

 

カバンからスマホを出して、SNSを立ち上げる。

 

ゆっくりタイムラインをスクロールする。と、懐かしい顔が画面に表示された。

 

ステーキを食べながら、こっちを向いて笑っている男性。Tシャツの胸元には、大きく「Matterhorn」と書かれてある。

 

マッターホルン。

 

クマさんだ。もう十年以上会っていない。

私に山登りを教えてくれた、山岳ガイドのクマさん。

 

高校生のころ、私が学校をサボってマックで時間を潰していると、なぜか父にばれて、「サボるくらいなら、山に行け」と、クマさんの登山用品店に連れて行かれた。クマさんはふたつ返事で「指導」を引き受けてくれて、さっそく、登山靴を買った。

 

「近場から」というので、軽いハイキングかと思いきや、岩登りだという。

 

目的地は、広沢寺の岩場。新宿から電車で一時間半。

 

ネットには「 50mの一枚岩」と出ていたけれど、これほど大きいとは思っていなかった。岩のてっぺんが見えない。

 

クマさんは岩にスッと手を置き、どんどん上へ登っていく。スパイダーマンのように手足が伸びる。ゆっくりでも、焦るのでもなく、一定のリズムで、上へ上へと移動する。私は、ただ下からドキドキしながら見上げていた。

 

次の週は、クマさんが山岳救助隊の人たちを講習するのを遠くから見学した。救助隊の人たちが「確保をしっかり!」と声を上げる緊張感のなかで、クマさんは、私に教えるときとおなじように、「この岩は、このアプローチで」と静かに伝える。

 

どんな岩場でも、慌てず、ゆっくりおなじペースで進む。一歩一歩、上へ移動する。そしたら、必ず頂上にたどり着く。

 

学校でもマックでもつまらなかった日々が、少しずつ変わってきた。隔週の日曜は山行き。それが私の生活の中心になった。

半年後、奥穂高岳に行った。初めての雪山登山だ。 「雪崩の危険があるから、早く下りるぞ」とうしろを歩くクマさんに言われ、私は怖さと疲れで声が出なかった。

 

900mも雪渓が続く。アイゼンも、べったりついてくる雪も重い。体が全然言うことをきかない。全然ペースアップができない。

 

なんとか涸沢小屋まで下りたときには、疲れで声も出なくなっていた。

 

「よし、昼飯だ」とクマさんの声を聞きながら、ヨロヨロとテラスに腰をおろす。

 

うどんが運ばれてきた。目の前に置かれた器から湯気と香りが立ち上がってくる。

箸を取り、ゆっくり麺をすする。優しい出汁が、胸から肩、体全体にしみわたる。

 

汁も飲み切って顔をあげると、クマさんがおかしそうに笑う。

 

「これだけ食えたら、大したもんだよ。」

初めて褒められた。

 

「食う力があれば、また歩ける」

多分。そんな気がする。

 

「行けるか?」

 

「はいっ」

自分でもびっくりするほど、大きな声が出た。

 

限界だと思っても、意外と超えられる。

食べて、また、一歩一歩。

 

スマホの画面に映し出されたクマさんの姿を、拡大して覗き込む。日に焼けて、がっしりした肩。優しくてまっすぐな目。笑っている。懐かしい。いま、どこにいるんだろう。あれから十五年くらいだから、もう七十代後半だろうか。

 

スマホを握り直して、投稿者をチェックする。

昔、クマさんに教わっていた救助隊のひとりらしい。

 

写真が数枚続いて、その下に文章が出ている。

[名ガイド、通称クマさん。いろんな思い出があります。無口で優しく、ときに厳しく、山との向き合い方を教えてくれました。ご冥福をお祈りします]

 

亡くなった理由は書いていない。山の事故ではないようだ。

 

ご冥福を……。

何度も、くり返し文字を追う。

 

家の近くで、コンビニに立ち寄る。オレンジジュースをひとつ、カゴに入れる。

 

明日も朝早くから仕事だ。数時間後、私はまた、あの部屋で怒られながら一日をすごすのだろう。でも、それくらいなんだ。食べよう。

 

棚には、おにぎりが数個しか残っていない。シャケひとつ。おかかひとつ。

 

少し迷って、「バクダン」と書いてある焼き肉入りのおにぎりをふたつ、コンビニのカゴに追加して、レジに向かった。

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ランドネ 編集部

ランドネ 編集部

自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。

ランドネ 編集部の記事一覧

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