
瓦奇岳オーナー小島史郎さんと “嘉右衛門ハイカー”のみなさん|低山トラベラー、偏愛ハイカーに会いに行く

大内征
- 2024年05月23日
低山トラベラーの大内征さんが山好きさんと山を歩く、連載「偏愛ハイカーに会いに行く」。山の愛し方は人それぞれ、とはいうけれど。十人十色の偏愛ワールドをのぞいてみれば、これからの山の愛し方とその先の未来が見えてくる、かもね。
今回の偏愛さん
瓦奇岳オーナー小島史郎さんと “嘉右衛門ハイカー”のみなさん
オーナーの小島さんは、有名なカルチャー誌の元デザイナー。家業である瓦の卸問屋を手伝うかたわら、好きな山道具店をオープンさせた。小島さんの個性に引き寄せられて、自然と仲間になったのが “嘉右衛門ハイカー” のみなさん。ちなみに “嘉右衛門ハイカー” さんは増殖中!
お客さんから逆提案されるお店!?オーナーの人柄全開の “ 属人的” UL系ショップ、瓦奇岳
2022年のこと。登山や旅をテーマにしたYouTubeを見ているときにレコメンドされた一本の動画がある。思わずクリックした先は、 ZIMMER BUILT(ジマービルト)というUL(ウルトラライトハイキング=装備を軽量化して歩き旅を楽しむ登山スタイルのひとつ)系のバックパックを男性が紹介するという内容だった。よくあるタイプの道具紹介かと思いきや、どうやら新しく始めたお店の紹介を兼ねて、オーナーがひとりで撮影しているようす。まだ慣れていないぎこちなさがあり、どこか放ってはおけないような、そしてどこか人好きのする人柄のよさがにじみ出ている。僕はバックパックの話よりも、このオーナーさんの存在感にロックオン。個人オーナーの営むローカルショップ好きとしては、店内も気になるばかりだ。そんなできごとから数カ月して初訪問(かつ、初衝動買い)をし、以来、仲よくさせてもらっている。



そのお店の名は「瓦奇岳」という。かわらきだけ。文字どおりの奇妙な名前だけれど、ロゴを見ると忘れられないデザインだ。所在地は栃木県栃木市の嘉右衛門町で、ここは日光例幣使が歩いた宿場町。江戸のころは舟運でも栄え、ゆえに蔵が多い。国選定重要伝統的建造物群保存地区という、古き良き江戸時代からの風情を残す町でもある。歩いているだけでも楽しい。
その一角の、古い長屋をリノベーションした洒落た空間に、UL系を中心とした山道具やウエアが所狭しと並んでいる。目を見張るのは品揃え。セレクトがすごくいい。オーナーの小島史郎さんの目利きもあるけれど、本人曰く「お客さんが教えてくれる」のだとか。どういうことかと聞くと、お店に置く品は「(アクセスが面倒な)この場所まで足を運んでくれるほどのお客さんだから、みなさん道具に詳しい。いろいろ教えてもらえる」というのだ。そこに加えて史郎さんならでは審美眼と嗅覚がかけ合わされることによって、選りすぐられた道具が店頭に並ぶというわけ。


つまり「ふつうはお客さんが求める道具を店側が提案するものだけれど、瓦奇岳は逆に何を置くべきかお客さんから提案される(笑)」んだって。なにそれ、おもしろい!
商売っ気ナシ、内輪感ナシ。
でもカルチャーがないのは耐えられない!

週末の瓦奇岳には、関東中からたくさんのハイカーが訪れる。もちろん僕もそのひとりだ。とくに栃木を中心に北関東からが多く、この店を通じて〝山仲間〞になっていく。なかでもご近所の常連ハイカーさんたちは「史郎さん、なんか放っておけないんですよね」と口を揃え、なにかとお手伝いをしにくるそうだ。そんなみなさんを、僕は〝嘉右衛門ハイカー〞と呼んでいる。
この日は今後予定されているイベント出店やハイキング企画などについてあれこれと意見を交わしながらも、その間には新しいギアの話題やMYOG(Make Your Own Gear)の話で盛り上がっていた。なるほど、こういう流れから「何を置くべきかを提案される」ことになるんだな。僕も提案しようかな。


瓦奇岳は、史郎さんの実家の家業である瓦屋の〝EC部門〞として運営されている。それが店名由来のひとつ。本職はデザイン業で、バックボーンには高校時代から傾倒している音楽やスケートボードといったサブカルチャーが色濃い。お店やイベントのフライヤーをはじめ、オリジナル商品などにその〝匂い〞を感じる。目下の悩みは、商品を仕入れるときに親会社の名を名乗るかお店の名前でいくか。たしかに、瓦販売の会社名で問い合わせをしたら、アウトドアブランドの方は「?」になるだろう。そんな成り立ちのUL系アウトドアショップなんて、おそらく日本広しといえどもここだけだと思う。


お店のことを知るには、そのお店に通うハイカーの気質を知るのが一番

それにしても、瓦奇岳に集う〝嘉右衛門ハイカー〞たちの醸し出す空気感が心地よい。わりと競争意識の芽生えがちな登山というジャンルにおいて、ここではそういった他人との比較は皆無。むしろ自分の好きなことを表現し合う〝協創〞の精神に満ちあふれているし、内輪感もない。基本的にみなさん〝ソロハイカー〞だからだろう。そしてみな話し好き。ソロで話好き、これ僕とおなじ匂いがする……。

たとえば新しく手に入れた道具のお披露目や、日常の生活用品とのシンデレラフィットの発見、とある道具の使い方の工夫、MYOGの失敗談やその改善のアイデアなどなど、ギア好きひいては山好きが楽しいことばかり話している。それぞれが異なる仕事や背景をもっているのだから、そういう方面の話も知らないことばかりでおもしろい。取材中も、うっかりすると話は脱線し、なかなか戻ってこないところも愛おしい。おーい。
そのようすをニヤニヤしながら眺める僕に、史郎さんが「この人たち、店より先にギアを見つけてくるんですよね……」と苦笑い。わはは、それは手ごわいお客さんだ。でも、頼れる仲間でもあるってことだよね!


取材時に印象的だったのは「史郎さんのいいところは、聞き上手なところです」というひと言。瓦奇岳は、ギアに詳しい仲間やお客さんから何を置くかのヒントを授かっている。それはとりもなおさず、史郎さんの謙虚で探究心に溢れた姿勢によって成立していると思うのだ。
今日もまた、自分なりのギア論をもつお客さんがやってきては、嘉右衛門ハイカーたちと語らい、満足して帰っていくのだろう。もはや「語りたいハイカー」にとっての、新しい聖地になりつつあるのかもしれないぞ、 瓦奇岳。
あ、でも、ちゃんとお買い物もしようね!
低山トラベラー、山旅文筆家
大内征(おおうち・せい)
歴史や文化をたどって日本各地の低山を歩き、ローカルハイクの魅力を探究。NHKラジオ深夜便、LuckyFM茨城放送に出演中。著書に『低山トラベル』など。ライフワークは熊野古道
SHARE