ツール・ド・フランス|ログリッチとポガチャル リスペクトに満ちた両者が親友へ戻るまで
Bicycle Club編集部
- 2020年09月18日
今年のツール・ド・フランスはステージが進むごとに、マイヨジョーヌ争いの形成がくっきりと浮き彫りになっていった。なかでも、第9ステージ以降トップを守り続けるプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)と、それを追いかけるタデイ・ポガチャル(UAE・チームエミレーツ)、2人のスロベニア人選手が頂点を目指して戦う姿は、ツールの新たな歴史として刻まれることだろう。両者は日頃から仲が良く、リスペクトに満ちた関係であることは、戦いが進むにつれて知られることとなった。そんな彼らが、ツール期間中だけは友人であることを忘れ、最高のライバルとして戦っている。アルプスでの3連戦は、戦術的な結託をすることもなく、1人の敵として見ることを貫き通した。
“情”が見えた第2週 スロベニア同盟でライバルを引き離す
きっかけは第7ステージだった。集団をいくつにも分断した斜め後ろからの風は、ポガチャルを容赦なく後方へと追いやった。かたや開幕当初から充実のアシスト陣に守られながらレースを進めたログリッチはしっかりと対応し、前方のパックでフィニッシュを迎えた。この日だけで、両者には1分21秒の差がついたのだった。
数字のうえでは明確なダメージを受けたポガチャルだったが、翌日の第8ステージから反撃に転じる。ピレネー山脈と入ったこの日は、ログリッチらから40秒を取り戻している。続く第9ステージでは、精鋭グループでのスプリントを制してみせた。この2日間のレースを振り返ったポガチャルは、「もし第7ステージで遅れていなかったらここまで攻撃はしていなかったと思う」と話している。マイヨジョーヌ候補たちは、ピレネーでのアクションだけで、ポガチャルがツール出場選手の中で最も山岳に強い選手であることを実感した。
第9ステージでマイヨジョーヌを奪取し、直後の第1休息日では「できるだけジャージを守れるようトライしたい」と語っていたログリッチ。つまりはパリまで守り抜く意志を固めたと捉えられる発言と合わせ、最大のライバルにはポガチャルと名指しをしていた。
2人は同じスロベニア人。ノルディックスキー・ジャンプ競技でジュニア時代に世界の頂点を経験しているログリッチと、早くからロードレーサーとしての才能を買われてきたポガチャル。いまに至る経緯はまったく違うものの、両者はプライベートをともにすることがあるほどに仲が良いという。そんな両者の関係は、現地でも知られていくこととなる。
第2週に入ってから、しばらくは両者の間に“情”がまだ残されていることが感じられた。中央山塊を進んだ第13ステージでは、ポガチャルのアタックに対応できたのはログリッチだけ。すると2人は協調体制を組んで他の選手たちを引き離しにかかった。あの時、きっと“スロベニア同盟”が結ばれていたに違いない。
グラン・コロンビエを上った第15ステージだってそうだった。リザルト的にはポガチャルが勝利したが、ログリッチも同タイムの2位で続いた。このときも、3番手以下の選手たちを引き離すことに成功している。レースを終えて、ログリッチは「ポガチャルの前に出る脚が残っていなかった」と語っているが、マイヨジョーヌを守るうえではダメージがないに等しかった。それよりも、同じ国の者同士で協力し合いながら、他のライバルたちを引き離すことを優先しているようにも見えた。
スロベニア同盟は解体 “情”を捨てた2人がぶつかり合った
ただ、“情”にばかり流されていては、追う側は手遅れになりかねない。ポガチャルはさすがに分かっていた。
狙い目は、第3週のスタートから始まるアルプスでの山岳3連戦。その皮切りとなった第16ステージは、ログリッチをケアするユンボ・ヴィスマのコントロールに攻撃タイミングをなかなか見出せずにいたが、残り400mで計ったようにアタック。ここはログリッチのチェックにあうが、日頃の関係を忘れたバトルがこの日から始まった。
そして、マイヨジョーヌを争ううえでの2人の関係が明白になったのが第17ステージ。超級山岳ロズ峠の頂へ向かったレースで、ログリッチとポガチャル、それぞれのレーススタンスの違いもはっきりとする。
マイヨジョーヌを守り続けるログリッチには余裕があった。それを生み出すのは、充実すぎるほどのアシスト陣の存在だった。他チームへ行けばエースを務めていても不思議ではない実力者がそろった編成は、タフな山岳でも最終局面まで面子を余らせることさえあるほど。ログリッチはロズ峠で、山岳最終アシストの1人であるセップ・クス(アメリカ)にチャンスを与えようとしていた。
「ここまで何度も助けてもらっていた。そんな彼に今日は勝ってほしかった」。ログリッチはレース後に語っている。マイヨジョーヌの行方がかかる一戦で、それも今大会のクイーンステージで。レースリーダーがチームメートにチャンスを分け与えるほどのゆとりある戦い方はこれまでにあっただろうか。
一方で、ポガチャルはこの時点での総合タイム差40秒を縮めることに躍起になっていた。その思いとは裏腹に、フィニッシュ前4kmの急坂でログリッチのアタックを許してしまう。クスがアシストに戻ったことで、自身の総合成績に再びフォーカスしたログリッチは、それまで残していた脚を使うべく攻撃に転じる。ポガチャルは懸命に追ったが、フィニッシュでは15秒、ボーナスタイムも合わせて総合タイム差で57秒まで広がる格好になった。
第3週に入って自然と解体した“スロベニア同盟”。その行く末は、心身ともに余裕があったログリッチが先を行く結果に。山岳3連戦最終の第18ステージでも攻撃したポガチャルだったが、それも実らず。レース後、「アタックを成功させられるだけの脚が残っていなかった」と追撃の失敗を認めた。
最終決戦は山岳個人タイムトライアル
ツールの頂点をかけた2人の対決は、実質残り1ステージになった。
第19ステージは平坦基調ゆえ、セオリー的にはマイヨジョーヌ争いにかかわる大きな局面はやってこないものと思われる。風がプロトンを振り回したり、個人総合上位陣を巻き込むトラブルなどが起きなければ、スプリンターのための1日となるだろう。
最後のヤマ場はその翌日に行われる第20ステージだ。山岳比重の高い今大会だが、3週間で唯一の個人タイムトライアルステージもそんな趣きに違わず山岳が舞台になる。
リュールからラ・プロンシュ・デ・ベル・フィーユまでの36.2kmのコースは、平坦基調の前半、上り基調となる中盤、そして1級山岳を上る後半と3パートに分かれる。30.3km地点に置かれる予定の第2計測地点を過ぎると、ラ・プロンシュ・デ・ベル・フィーユの頂上へのアタックを開始。登坂距離は5.9kmで、平均勾配にして8.5%だが、断続的に10%超えの区間が現れ、最後の最後には20%にまで勾配は跳ね上がる。もはや山岳タイムトライアルといえるが、有力選手の多くが中盤までをタイムトライアルバイクで走り、ラ・プロンシュ・デ・ベル・フィーユの入口からノーマルバイクに交換するものと予想されている。
運命の一戦を前に、57秒という総合タイム差は大きいと捉えるべきか。はたまた挽回可能と見るべきか。
参考までに、6月下旬に行われたスロベニア選手権の個人タイムトライアルではポガチャルに軍配が上がっていることを押さえておきたい。そのときは15.7kmと距離こそ短めだったが、コースは実質山岳個人タイムトライアルといえるもので、ログリッチを9秒上回った。さながら前哨戦のムードになったそのレースを見た限り、ポガチャルは登坂力はもとより、タイムトライアル能力も向上しているとみてよいだろう。距離が倍以上に伸びる今回は、アドバンテージを持つログリッチがやはり有利だが、勝負は最後まで何が起こるか分からない。
最終の第21ステージでは基本的に総合争いが行われず、3週間の旅の終わりを祝福するパレードとなる。それもあって、マイヨジョーヌをかけた争いは第19・第20ステージに絞られる。
ツール開幕以降、「日頃から仲が良く、人柄も素晴らしい。それでいて才能だってあるのだから素晴らしいこと」と穏やかに最大のライバルを評したログリッチに対し、「(ログリッチとは)ゆっくり話す機会はない。そんなこともしていられない」と強気な姿勢を崩さなかったポガチャル。好対照だった両者の戦いも、あと少しで終わりを迎える。パリではきっと親友に戻るであろう2人。そのとき、いま繰り広げているバトルをどんな思いで振り返るのだろうか。
福光 俊介
サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。
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- 文:福光俊介/Syunsuke FUKUMITSU PHOTO:A.S.O./Alex Broadway,Pauline Ballet
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