ツール・ド・フランス|コロナ禍でパリまで3483㎞を完走した、要因と今後のスポーツの在り方を考える
Bicycle Club編集部
- 2020年09月21日
プロ2年目、21歳(9月21日に22歳になる)のタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAE・チームエミレーツ)の個人総合優勝で幕を閉じたツール・ド・フランス2020。マイヨジョーヌ争いにおいては最終決戦であった第20ステージで57秒差をひっくり返す、ツール史に刻まれる大逆転劇は、世界のロードレース関係者やファンを震撼させるものとなった。そして、名勝負とともに大会の歴史に残るであろう、パンデミック下でのパリ到達。不可能と見る向きも多かった3週間のレース実施がいかにして成功に結び付いたのか。サイクルジャーナリストの福光俊介さんがその要因と今後の大会の在り方を考え、まとめてみた。
選手を守り抜いたレース運営
3週間をかけてめぐったフランスの旅が最終目的地・パリへと到達。途中での大会打ち切りも予想された大会にあって、長い道のりを完走した背景には、「選手を守り抜いたこと」が挙げられる。
選手やチームスタッフは「バブル」と呼ばれるグループに属し、レース以外の時間は基本的に隔離されている状況が作り出されていた。会期中2回ある休息日では、このバブルを対象にPCR検査が実施され、判定が出されるまで1~2時間という迅速な対応で選手・チームの円滑な活動にも寄与した。大会ディレクターのクリスティアン・プリュドム氏や一部のチームスタッフ、プレス関係者(取材陣)に陽性者が出る事態があったものの、選手の感染者はゼロ。これにより、レース運営に直接的な弊害が生まれたかったことは大きい。
改めて、選手をいかにして守っていたかを振り返ると、スタート地に設けられるチームパドック(チーム車両の駐車スペース。選手もスタートまで待機する)への「バブル」外の者の入域制限、ステージでの出走サインを行わず簡易のプレゼンテーションへの変更、メディア対応は指定されたミックスゾーンのみ、レース外でのマスク着用などなど。挙げるといくらでも出てくるが、とにかくファンはもとより、プレスでさえ選手に近づくことができない状況となり、選手たちの健康面と安全面の確保が最優先されていたのだった。
プロスポーツにおいて、このような状況が生まれるのは果たしてどうなのか、という疑問も正直あるが、状況が状況だけに致し方ない部分は大きい。
また、フランス国内の情勢に沿った臨機応変な感染対策も、結果としては奏功したといえるのだろう。観戦者へのマスク着用や消毒の呼びかけが徹底されたほか、感染者が急増しフランス政府によって「レッドゾーン」に指定された地域でのレースの際には、一部コースへの立ち入り制限が行われるなど、できうる限りの対応がなされた。
大会に何らかの形で携わる人たちだけではなく、いわば大国フランスそのものをも巻き込んでのレース運営こそが選手を守り抜いた大きな要因となった。
シャンゼリゼは異例のツールを象徴する光景に
そんな今大会を象徴する光景は、最後の最後に見られることとなった。
選手たちが3週間をかけてたどり着いたパリ・シャンゼリゼは、大観衆で埋め尽くされる例年とは大きく異なるものに。特にメインストリートであるシャンゼリゼ通りは、立ち入りできる人数を5000人に制限。これによって、一見無観客レースかと思わせるような場景になったのだった。
いつもであれば勇者たちの首都帰還を祝福するシャンゼリゼの華やかさは、今年は見られず。この大会が苦慮しながら進められてきたことを改めてわれわれに認識させるものとなった。
とはいえ、これは異例の大会における適切な終わり方であったことも確か。「選手を守る」そのテーマを最後まで徹底したといえるだろう。
ツールの未来がスポーツ界全体の未来に
2カ月遅れでの開催自体が奇跡ともいわれたこの大会。取材活動を行ってきた筆者でさえ「パリ到達は難しいのではないか」と思っていたが、結果として3週間走り切った。選手の感染はなく、レース自体も例年にも勝るドラマがあった。その点では、大成功いや大勝利のツール・ド・フランスだった。
ただ、苦境に立ち向かい成功を収めた点では「大勝利」となったが、ここをフィニッシュ地点と捉えてしまっては進歩がないことも忘れてはならない。
新型コロナウイルスによるパンデミックは、今後長きにわたって続くとの専門家の意見もある。有効なワクチンが開発されない限り、その意見は正しいものとなる可能性は高い。そうした中で、3週間のレースを実施していくために何がベストなのかの判断は、今回のようにその都度行っていく必要性がまだまだありそうだ
さらには、今年のツール運営が自転車界、いやスポーツ界全体の有観客開催の指標となることへの願いも膨らむ。競技によって試合や運営の形態・方向性が大きく異なるため、「ツールのやり方」がそのまま反映されることは考えにくいが、3週間を走りぬいた今大会の姿から何かヒントが得られると素晴らしいこと。筆者の私見では、少なからず日本のロードレースにも部分的に応用できる点があるように思えていて、選手との接触やチームピット付近への立ち入りを禁止したうえでの有観客開催や、ファン招待制でのレース開催など、少しずつ観る者をレース現場へと呼び戻していく取り組みが進んでほしいと思っている。
何はともあれ、ツール・ド・フランスは来年おそらく、通常日程での開催を目指していくことだろう。2021年大会に関しては現状、同年6月26日から7月18日までを会期としているが、今年の10月29日に予定されるルート発表も合わせて、パンデミック下での開催を想定しての準備を主催者は行っていく。今大会での収穫や課題をもとに、改善されたオーガナイズのもとで次の開幕を迎えることに期待したい。
福光 俊介
サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。
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- 文:福光俊介/Syunsuke FUKUMITSU PHOTO:A.S.O./Alex Broadway,Pauline Ballet
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