ブエルタ・ア・エスパーニャ|コロナ第2波に揺れるスペイン、ロードレースの裏舞台を現地からレポート
Bicycle Club編集部
- 2020年11月03日
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10月20日からスペインで始まった今年のブエルタ・エスパーニャ。新型コロナウイルスの感染拡大のため直前まで開催が危ぶまれていたものの、さまざまな変更を加えながら、マドリードに向けてレースが続けられてきた。今回の記事では、異例続きの今年のブエルタの様子を現地から對馬由佳理がお送りする。
雨と強風が前半ステージの主役
第1ステージは強風の中スタート。Photo by Yukari TSUSHIMA
10月20日にフランス国境沿いの街・イルンからスタートした今年のブエルタ・エスパーニャ。特に第1週目は、スペイン北東部の雨と強風がレースを左右する要因となった。
海辺の街・イルンをスタートしアラッテを目指す第1ステージでは、レース中に100km/h近い強風が選手たちに吹き付けた。ブエルタ開催中毎日バイクに乗って選手たちをバックアップするシマノ社のメカニックが「強風でバイクがあおられて、何度か転びそうになった。」と話すほどの強風の中、初日に優勝したのは、プリモ・ログリッジ(ジュンボ・ビズマ)選手。ツールからの好調さを、ブエルタ初日から見せ付けた形となった。
第2ステージ以降も雨と強風の影響は続く。パンプローナからスタートしたこの日は、レース中に強風を利用してモービースターが集団の分裂を図るが、成功には到らなかった。
第3ステージ以降、コースが内陸部に入り、またピレネーに近づくにつれて、標高が上がり、同時に気温が低くなる。加えて第1週目、ほとんどのステージで選手たちは雨の中を走ることになった。
10月末のブエルタ開催となったため、どのチームのも雨と寒さに対して十分な準備をしていた。しかしそれでも雨のひどい日のレースでは低体温症で苦しむ選手が出るなど、この時期のレースの過酷さを示す1週目となった。
顔認証システムの導入
サイン台での顔認証の様子。Photo by Yukari TSUSHIMA
新型コロナウイルスの感染拡大により、今ではレース前に選手たちがサイン台でペンで「サイン」することはない。しかし、今回のブエルタでは、最新の顔認証システムを活用し、選手の出走を確認している。
この顔認証システムは、ブエルタの初日の前日に全選手の顔写真を撮影して登録したデータを活用したもの。レース前に多くの選手はマスクをしてステージに上がるが、マスクをしたままでもほとんど問題なく本人特定ができてしまうほど優秀なシステムであるため、選手たちにもストレスを感じている様子はない。
「ブエルタの最終週のつかれ切った顔の選手たちが、果たして正しく認識されるのだろうか」と心配する選手もいるが、一方で報道陣から「サイモンとアダムのイェーツ兄弟を、この顔認証システムは見分けることができるのだろうか」という声も上がっていた。
マスクの活用-ボーラ・ハンズグロエとカルロス・バルベロ
第5ステージのバルベロ選手のマスク。Photo by Yukari TSUSHIMA
今回のブエルタ・エスパーニャでは、他のレースと同様に、選手たちにはレース前後のマスクの着用が義務付けられている。そのためサイン台で、濃いサングラスを着用した上にマスクで口元を隠されると、選手の表情を見ることはほとんど不可能になる。とはいえ、このマスク着用義務を逆に利用して、周囲を楽しませるチームや選手が今回のブエルタでいくつか現われている。
第1ステージのボーラ・ハンズグロエ。Photo by Yukari TSUSHIMA
まず、ブエルタ第1ステージで注目を集めたのが、ボーラ・ハンズグロエの選手たちのマスク。チームから支給されているであろうこの日のマスクにはバスク語でKAIXO(英語のHELLOにあたる挨拶の言葉)が描かれていた。また、フォルミガルの登りゴールとなった第6ステージでも、チームオリジナルのマスクを着用し、報道陣の注目を集めた。
第7ステージのバルベロ選手のマスク。Photo by Yukari TSUSHIMA
しかし、今年のブエルタでもっともうまくマスクを活用しているのは、スペイン人サイクリストのカルロス・バルベロ選手(NTT Pro Cycling)である。
今年のブエルタ初日に「今年のブエルタはマスク着用が義務付けられており、皆さんに顔を見せることができません。なので、毎日マスクに僕のエネルギーがどのくらい残っているのかを描いて、皆さんにお知らせしようと思います。」とツイートしたバルベロ選手。その宣言どおり、休養日も含めて毎日イラストを描いた自身のマスクの写真を投稿。多くの人が毎日バルベロ選手のマスクを見るのを楽しみにしている。
そんなバルベロ選手に、第5ステージのスタート前、直接インタビューする機会があった。
-マスクのイラストは、自分で毎日描いているのですか?
バルベロ選手「はい、毎朝僕が描いています。たくさんの人の話題になっているようで、ちょっとうれしいです」
-第2ステージのバルベロ選手のマスクは、同じチームの入部正太朗選手に宛てたものでした。お二人はとても仲が良いそうですが、入部選手はNTTのチームでどのような存在なんですか?
バルベロ選手「彼はいつも明るくてニコニコしているから、僕だけじゃなくチームみんなに愛されているんです。僕らは仲間(NAKAMA)ですから。」
-多分、チーム内ではバルベロ選手と入部選手は英語でコミニュケーションしているとは思います。でも、入部選手から習った日本語って何かありますか?
バルベロ選手「ここではとても言えません(笑)。僕だけじゃないと思うのですが、ほとんどの人は外国語を憶える時って、汚くて悪い言葉から先に記憶しますよね。なので、僕の知っている日本語もその例外ではありません(笑)。とはいえ、僕も口に出せないようなスペイン語を入部選手に教えているので、お互い様ですが。」
ここまでは、楽しそうに笑顔でインタビューに応えていたバルベロ選手。しかし、筆者が次の質問をすると、サングラス越しの彼の目が真剣な表情に変わった。
-では、バルベロ選手から見て入部選手はどのようなサイクリストだと思いますか?
バルベロ選手「彼はレース中にいつでもチームメートをアシストできるように、常に周りを見ながら走っているんです。『ヨーロッパのレースは日本のレースとまったく違う』と僕に話したことがありましたが、それでもなんとかこちらのレースに対応しようとしているのは、レースのたびに感じますね。」
ブエルタの最終日まで、バルベロ選手のマスクに注目である。
アラゴン地方のステージでは、直前にスタート・ゴール地点が変更
第2ステージスタート前のホルへ・アルカス選手。Photo by Yukari TSUSHIMA
ブエルタ第1週目を締めくくったのが、ピレネー山脈の麓のアラゴン地方である。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大により、この地方でのステージはスタート地点とゴール地点が各一箇所ずつ、直前に場所が変更される事態となった。
最初に変更されたのは第6ステージのゴール地点であった。当初はツルマレーへの上りゴールとなる予定であったが、ブエルタが始まってから、ゴール地点のフランスで新型コロナウイルス拡大によるロックダウンが実施された。その結果第6ステージはフランスに入国することができなくなり、急遽スペイン国内のフォルミガルへとゴール地点を変更。第6ステージのコースもアラゴン地方の北側をサーキットコースのように走るものへと変更された。
そして第5ステージのスタート地点も、やはり新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、ウエスカ市内から同市の郊外へと変更されることになった。このスタート地点の変更が発表されたのは、ブエルタの第3ステージが終わった直後。しかし、第5ステージ当日は、何の問題もなく、新しいウエスカ市郊外のスタート地点から、無事にスタートした。
第5ステージのスタート前のフェルナンド・バルセロ選手。Photo by Yukari TSUSHIMA
実は、この第5ステージのスタート地点は今回のブエルタに出走しているフェルナンド・バルセロ選手(コフィディス)の、そしてゴール地点はホルヘ・アルカス選手(モービースター)の出身地である。本来であれば家族や友人が多数集まるであろうスタート・ゴール地点も、今年は観客はいない。
「選手の生まれ育った地元がブエルタのスタートやゴールになるなんて、そんなにたくさんあることじゃないんです。まして、ウエスカは小さい町だから、次にブエルタのスタート地点になるなんて、何年後になるかわかりません。だから今年は貴重なチャンスだったのに、スタート地点にいけなくて・・・。悔しいですよね。」
筆者のインタビューに対して、このように語るバルセロ選手のお兄さんの言葉が、今年のブエルタをもっとも端的に表現した言葉であるように思われた。
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ロードバイクからMTB、Eバイク、レースやツーリング、ヴィンテージまで楽しむ自転車専門メディア。ビギナーからベテランまで納得のサイクルライフをお届けします。
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