ツール・ド・フランス序盤のクラッシュ続出、観客逮捕では解決しないプロトン内の問題
福光俊介
- 2021年07月01日
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序盤戦が進行中のツール・ド・フランス2021。開幕地ブルターニュ地方でのステージでは、思いもよらない大クラッシュのオンパレードに。この状況に、選手やチーム関係者からは困惑や怒りの声が上がっている。第1ステージではメッセージボードを持った観客がコースへと飛び出し、落車が発生。この話題はニュースでも大きく扱われ、フランス警察によりこの観客は逮捕されたが、観客のマナー違反だけが多発するクラッシュの原因ではない。序盤ステージのプロトンでは何が起こっていたのか、選手や関係者の声をもとに何が起きていたかを探るとともに、要因を考察していく。
第4ステージで起きた一瞬のストライキ、選手によってベクトルはさまざま
ついに選手たちが行動を起こした。
現地6月29日に行われた第4ステージ。ニュートラル走行を終え、リアルスタートを迎えようとしていたプロトンは、0km地点に達すると同時に足を止めた。
アンドレ・グライペル(イスラエル・スタートアップネイション、ドイツ)が主導したとみられるこの動きは、前日までの3ステージで多発した大クラッシュに対してのアクションだ。選手たちはリスクの大きいコースセッティングに抗議の意思を表示。UCI(国際自転車競技連合)や主催者、大会関係者に向けて、選手やチームとの対話を要求する姿勢を表した。
このストライキ行動は、一瞬のものだった。実情としては、この動きに深くは取り合う気がなかったジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ、フランス)が、全体の雰囲気を見て一番にリスタートを切ったものと見られている。抗議の意思を示す選手がいた一方で、大クラッシュによる被害者の1人であるプリモシュ・ログリッチ(チーム ユンボ・ヴィスマ、スロベニア)やクリストファー・フルーム(イスラエル・スタートアップネイション、イギリス)は集団後方に待機し、この状況への参画姿勢は見せなかった。確かに、危険なレースが続いたが、行動に起こすかどうかの部分は選手によってまったく異なっていたようだ。
結局、10kmほどゆっくり走ったのち、リーダーチームのアルペシン・フェニックスがペーシングを開始。ほどなくして、この日敢闘賞を獲ることとなるブレント・ファンムール(ロット・スーダル、ベルギー)らの逃げが決まり、“いつもの”レースへと戻っていったのである。
第1・第3ステージに大クラッシュが集中
経緯を振り返っておこう。
6月26日に行われた第1ステージ。中盤の登坂区間を終えたところで、メッセージボードを持った観客がコースへとせり出し、トニー・マルティン(チーム ユンボ・ヴィスマ、ドイツ)が激しく接触。これをきっかけに後続選手が続々と巻き込まれ、ヤシャ・ズッタリン(チームDSM、ドイツ)がリタイアを喫した。
この日のレース終盤、残り7.5kmでは緩やかな下りでスピードが上がる中でまたもクラッシュが発生。集団前方でのトラブルとあり、これまた多くの選手が巻き込まれる事態となった。
第3ステージでは、前半にロベルト・ヘーシンク(チーム ユンボ・ヴィスマ、オランダ)やゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ、イギリス)らが巻き込まれるクラッシュが発生。脳震盪の症状が見られたヘーシンクはこの瞬間にリタイア。トーマスは右肩を脱臼し、応急処置を施してレースに復帰した。
さらには、残り12kmと残り10kmでそれぞれ数人が地面に叩きつけられる。後者では個人総合優勝候補のプリモシュ・ログリッチ(チーム ユンボ・ヴィスマ、スロベニア)が落車。そして、残り4kmでは下り基調の左コーナーでアウト側を走っていた選手たちがコースアウトするような形で落車。ジャック・ヘイグ(バーレーン・ヴィクトリアス、オーストラリア)がリタイアとなった。また、フィニッシュ前では、スプリント態勢に入っていたカレブ・ユアン(ロット・スーダル、オーストラリア)が落車。鎖骨骨折により、大会を離脱した。
選手の申し出が通らなかったのはUCI会長の故郷だったから!?
原因となった人物の特定と捜査が行われていた第1ステージの一件は、6月30日に容疑者を逮捕。引き続き取り調べが続いていくこととなるが、それ以上に選手・チーム関係者の怒りが増幅したのは第3ステージでの出来事だ。
このステージ終了後、一部の選手たちが主催者A.S.O.(アモリ・スポル・オルガニザシオン)に対し、UCI規定による「3kmルール」ではなく、フィニッシュ前8km時点での走行ポジションを有効とするよう申し出ていたことが明らかになった。細かなアップダウンや連続するコーナーでの危険を回避しながらステージ優勝を狙うスプリンターが前線で戦えるようにするため、いつもであれば位置取り争いに加わる総合系ライダーたちが混じるような状況を作り出さないよう選手たちが働きかけていたのだという。
A.S.O.は許可する姿勢を示していたが、これに待ったをかけたのがUCI(国際自転車競技連合)だった。選手たちが求めていた「8km対応」は許可されず、本来のレギュレーションに沿ってレースが行われた結果、大クラッシュが発生。選手の立場からすれば、憤慨するのも無理がないものとなった。
もっとも、である。このステージのフィニッシュ地・ポンティビーは、UCI現会長のダヴィド・ラパルティアン氏の故郷だ。UCIとすれば会長が生まれ育った街で、あるべき形でのレースを行いたいと考えていたことだろう。実際に、ラパルティアン氏は繰り返されるクラッシュを見ながらも、「コースで使用された道はかねがね綺麗で、幅も保たれている。部分的にも危険な箇所はなかったはずだ」と強調する。
加えて同氏は、「これはあくまでも選手たちのミスに起因している。ポンティビーの街に向かって下っていることは確かで、スピードは上がるが、本来集中していなければいけない場面でそれ(クラッシュ)が起きているということは、レースを通してのストレスが重なって注意力が欠如していたのだと思う」と主張した。
かたや、プロライダーによる組合・CPA(Cyclistes Professionnels Associés)は声明を発表し、第3ステージで反映されなかった安全対策への抗議声明を発表。同時に、UCIやレース主催者との対話を求めていく姿勢を示した。
Following the crashes during Stage 3 of the TdF, CPA has been discussing with the riders about how they wish to proceed to show their dissatisfaction with safety measures and demand their concerns are taken seriously. The riders have agreed this statement. https://t.co/qbQbjjSfpz
— CPA Cycling (@cpacycling) June 29, 2021
ただ、物事が起きてからでは遅いという考え方を示す選手・関係者も存在している。CPAの選手代表であるフィリップ・ジルベール(ロット・スーダル、ベルギー)は、自身が第3ステージ前にA.S.O.との折衝を行ったと明かし、「レースが行われる前に各チームが行動を起こしていたらコース変更などの措置が講じられたかもしれない。少なくとも大きなクラッシュは回避できたはずだ」と述べる。また、グルパマ・エフデジを指揮するマルク・マディオ氏は、「こんなことは続けていられない。このままでは子供たちに夢を与えられないし、親から見ても子供にさせたくないスポーツとなってしまう。とにかく変えていかなければならない」と強くコメントした。
ツールという特別感が何らかの作用か
ただ、果たしてコースのセッティングや道幅などが大クラッシュの要因だと決めて良いものなのだろうか。
考えてみると、長いシーズンの中には200人近いプロトンが道幅数メートルのコースに突っ込んでいったり、スプリントに向けて緩やかな下りでグングンと加速するようなシチュエーションも数多くある。ではそのたびに大クラッシュが発生しているのかというと、決してそうではないはずだ。もちろんリスクの高い状況ではあるが、ここまで高らかな抗議の声が上がることはない。
つまりは、大クラッシュが起きたから、果てはツール・ド・フランスだから、ここまでの大事件になっていると見ることもできる。
他のレースと比較しても、ツールで起きている状況は特殊なものが多い。レース展開もさることながら、ことクラッシュに関しては昨年も、一昨年も大会序盤に規模の大きなものが発生した。状況がそれぞれに異なるため、原因をひとつに絞ることは難しいが、やはり他のレースでは見られないようなトラブルが起きているケースが多いように思われる。それも大会序盤戦に。バイク操作のミスや選手同士の接触といったものにとどまらない何か。
「誰もブレーキを使わない年に一度のレース」。そう言うのは、EFエデュケーション・NIPPOのチームマネージャー、ジョナサン・ヴォーターズ氏。その言葉がまさにツールのプロトンで起きている状況を言い表しているといえるのではないだろうか。
世界最大のレースで好結果を出そうとする選手たちの心理や、この大会に照準を定めフレッシュな状態でスタートラインに立っているという事実。そして高まるモチベーション。こうした心身状態で大なり小なり“トライ”をしようという意欲は、選手でなくとも想像がつくだろう。他のレースであれば無理せず集団後方へと下がる場面でも、ツールだから前線に食らいつく。それが誰かに駆り立てられているものなのか、選手個人のコントロールによるものなのかは探っていく余地があるだろうが、やはりツールならではの空気感が何らかの作用をしていると見ることができるように思われる。
第6ステージ以降は落ち着いたレースが見られるか?
混乱が続いたツール序盤戦だが、第5ステージの個人タイムトライアルを終え、ひとまずマイヨジョーヌ争いの形勢はうっすらと見えつつある。これにともなって、少しずつチャレンジングなムードは落ち着きを見せるだろうか。
いずれにせよ、これ以上問題となるような大クラッシュはごめんである。とにかく安全に、レースが続くことを祈りながら、「フランス一周の旅」を続けていきたい。
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- TEXT:福光俊介 PHOTO:LOTTO SOUDAL A.S.O./Pauline Ballet A.S.O./Charly Lopez
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PROFILE
サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。