杉浦佳子も驚きの最新ウエア、皮膚に同化する感覚でエアロも暑さも克服|パールイズミ
ハシケン
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この夏、日の丸を胸に駆け抜けた富士スピードウェイ。東京パラリンピックの個人タイムトライアルで優勝を飾り、パラリンピック金メダルの日本人最年長記録を更新する50歳での金メダル獲得。さらに、3日後の個人ロードレースでも独走Vを果たし、日本開催の大舞台で前人未到の2冠を達成。普段は、柔和な笑みで親しみやすく、周囲を明るくするユーモアで溢れる杉浦佳子選手。
記憶障害と右半身のマヒからの再起
37歳からロードバイクやトライアスロンを趣味にしていたが、2016年春(45歳のとき)にレース中の落車により、高次脳記憶障害と右半身のマヒという後遺症を負う。今も事故当時の記憶はないが、新たな人生を歩み出した当時をつぎのように振り返る。
「薬剤師として薬局に勤務していたのですが、薬剤師として当たり前の知識も出てこなくなり、言われたこともすぐに忘れしまうような状況でした。また、右半身にマヒが残ってしまい、右握力は低下し、右脚は思うように動きませんでした」(杉浦)
現在、これまでの懸命のリハビリにより記憶力は取り戻しつつある。左右の握力差は、バイクの前後のブレーキを入れ替ることで対処する。そして、トレーニングでは、スムーズに動かしにくい右脚がペダリング効率を下げないように意識し、上体を生かした体重を乗せるペダリングを心がけるなど工夫している。
平衡感覚にも障害が残るなかでの偉業
また、平衡感覚にも障害が残り、いまも私生活ではクラッチ(つえ)が欠かせず、苦労することが多い。
「バイクから降りて立って歩くと不安定になります。グラグラするような、地震が起きているときに近い感覚です。バイクに乗ってもコーナリングでは、事前にコーチとともにコースを試走して、コーチの身体の傾き具合を記憶してからレースに挑んでいます」(杉浦)
2017年からパラアスリートとして本格的に活動を開始し、現在は障害者雇用に積極的な楽天ソシオビジネスに勤めながら国内外のレースを転戦する。そして、この夏の東京パラリンピックで偉業を成し遂げた。
東京の暑さを想定したパールイズミ最新ジャージの開発
そんな杉浦選手が着用したジャージは、東京パラリンピックを想定して長年開発を続けてきたパールイズミが手がけた。日本のサイクリングシーンを支えてきたアパレルブランドは日本開催が決定したときから、真夏を想定した暑さ対策と空力性能を追求したジャージ製作を進めた。
今回、杉浦選手のジャージ開発に携わったパールイズミのデザイナー佐藤充さんに開発秘話を伺った。
「夏の東京を想定した暑さ対策ですが、以前のジャージに比べて生地自体を30%ほど薄くしています。前身頃、後ろ身頃、袖で生地を使い分け、前身頃は薄手のメッシュ調で通気性を高めています。いっぽう、後ろ身頃は日焼けによる疲労を軽減するため大きく穴が空いていないクローズドメッシュ素材を採用し、風通りのよさと日焼け対策のバランスを追求しました。風通りがよく熱がこもらず体温の上昇を抑えてくれます」(佐藤)
さらに、汗対策には、昨今のサイクルジャージのトレンドでもある、積極的に汗を外に出す最新テクノロジーを採用する。
「以前は汗をある程度生地に飽和させてから拡散して乾かすスタイルでした。ただ、最新技術では積極的に飽和状態を作り汗を外に出すことで、汗をジャージに溜めることを回避しています」(佐藤)
ロードレース当日、新型ジャージではじめて実戦に挑んだ杉浦選手。想定より真夏の暑さはやわらいだが、蒸し暑さのなかで行われた。
「レース中に、他の選手たちは氷を受け取って身体を冷やしたりしていましたが、私はそのようなことをせずにレースに集中できました。ライバル選手にとっては厳しいコンディションだったのだと思います。新型ジャージは風通りがよく、涼しさを感じることができたことがよかったです。また、一般的に汗を吸ったジャージは重くなりますが、新型モデルは汗で重くなることがありません」(杉浦)
市販品にも採用される最新のエアロダイナミクス素材
杉浦選手が着した新型モデルには、エアロダイナミクス性能にすぐれるパールイズミの最新素材が採用されていた。ロードレースのスピード領域を想定し、時速40kmから空気抵抗を軽減し、時速50kmでもっとも効果を発揮する画期的素材である「SPEED SENSOR2 」(スピードセンサ2)だ。以前から空力特性にすぐれるスピードセンサー(初代)が存在したが、それをロード競技の速度域に特化させて、長時間着用してもストレスがない着心地を実現する。
「スピードセンサー2の開発は、東京オリンピック・パラリンピックの開催地が決まった直後から動き出しました。初期の段階では、まず世の中にある凹凸素材をかき集めて、それらをすべて風洞実験にかけることから始めました。そのなかで、表面処理をほどこした格子(菱形)デザインが空力的に優位であることをつかみ、つぎに格子サイズの大小の違いによる抵抗値を明らかにしていきました。素材を絞った段階で、さらに、実寸に近い脚の動きのあるマネキンも開発し、身体のどの部位に採用するべきかをJAXAの風洞実験で検証しました。全面が格子柄のジャージも試しましたが、逆に抵抗値が増えてしまうなど、トライアンドエラーの積み重ねでした。そして、トップスとパンツでそれぞれ20パターンほど検証した結果、格子柄の素材を両肩とお尻の部位に採用した新型ジャージが誕生しました」(佐藤)
佐藤さんの開発の話を隣で聞いていた杉浦選手は驚きを隠せない。
「空力性能の高いジャージを開発されていたことは知っていましたが、これほど開発に時間と労力をかけていることを聞いて驚きました。今回、サポートを受けるアスリートとして結果を残せて正直ホッとしています! タイムトライアルとロードレースで金メダルを獲れたことはうれしいですが、トラック種目での結果にも満足しています。メダルには届きませんでしたが、3000mパシュートで日本記録、500mTTでパラリンピックレコードを更新できたことは、空力性能にすぐれる新型ジャージのおかげだと思います」(杉浦)
徹底した採寸にこだわるパールイズミの開発チーム
かつてない空力性能と速乾性にすぐれる機能を採用する新型ジャージ。採寸から生地の貼り合わせ角度まで、選手一人ひとりに合わせたフルオーダーだ。本番を直前に控えて杉浦選手は東京墨田区にあるパールイズミ本社を訪れた。自身のジャージを採寸するためだ。
「今回、競技人生ではじめて採寸し、身体の各部のサイズを事細かく測定していただきました。その項目の多さにも驚きましたが、なによりスタッフの皆さんが、採寸しながらミリ単位の細かい部分にまでこだわり、熱くコミュニケーションを取り合う姿勢とその情熱に圧倒されたことを憶えています。私もしっかりレースを頑張らねば……と」(杉浦)
どんなにすぐれた機能をもつ素材を開発したとしても、身体にフィットしたものでなければその性能は生かせない。ジャージ開発において採寸はとても重要だ。日本代表選手のオーダーウエアは合計30カ所ほど測定する。
「杉浦選手の身体は左右バランスもよく、筋肉のつき方も均等でしたので比較的スムーズに採寸できた印象です。それでも、一つひとつ身体とジャージにシワができないように、長さを詰めたり余裕を出しながら微調整していきます。杉浦選手の場合は採寸は1回で決めることができましたが、ほかの選手によっては、何度か採寸を繰り返すこともあります。それほどオーダーウエアにとって採寸は大切です」(佐藤)
また、ジャージは身体にフィットさせることで、投影面積を小さくでき、空力性能を高めることができる。当然ながら設計がキツすぎると着用感が苦しくなるため、そのバランスが難しい。
「個々異なる身体にフィットさせるには、ボタンひとつで計算できるわけではありません。動きのなかで筋肉は盛り上がるため、素材の伸縮率を調整しながら一つひとつ手作業で決めていく必要があります」(佐藤)
私の身体の一部、皮膚になったような印象
徹底的に細かく採寸を行なった杉浦選手のジャージは、本番直前の8月に杉浦選手の手元に届いた。杉浦選手はそのときの印象をつぎのように振り返る。
「まず到着して驚いたのが、サイズを間違えたのかと思うほど小さなサイズ感でした。こどもサイズかと思うほどでした。でも、実際に着用すると、シワひとつない完璧にフィットした仕上がりにまた感動しました。密着感がとても高く、私の身体の一部、皮膚になったような印象でした。着用すると、つまむことが難しいほどです。それでいて、バイクの上でポジションを作ったときに、動きにくさがなくスムーズに動かせます。今回、採寸をして身体に合わせることの大切さを実感しました」(杉浦)
「そのようにほめていただきうれしいです! 当日は社員たちでモニターごしにレースを観戦していましたが、その活躍に涙が出そうになりましたよ。みんなで大騒ぎでした。我々も東京に向けた新型ジャージの開発は一大プロジェクトでした。担当としてはライフワークでしたので嬉しいかぎりです。ありがとうございます! 」(佐藤)
コロナ禍で先が見えにくい日本列島に、興奮と感動を呼び込んだ杉浦佳子選手。高次脳記憶障害、右半身のマヒという苦しみの底から立ち上がり、成し遂げた前人未到の偉業。そこには、前向きでひたむきに競技に取り組む彼女自身の不断の努力と、それを力強くサポートした日本生まれのサイクルジャージブランドの技術の結晶がたしかに存在していた。
東京パラリンピック後は、各地で講演会や取材対応など、多忙な日々を過ごしている杉浦選手。3年後のパリ開催のパラリンピック挑戦への名言こそ避けるが、すでに全日本選手権へ参戦し、次の目標に向けてペダルを漕ぎ出している。
杉浦佳子
2008年からロードバイクをはじめ、トライアスロンやエンデューロレースを楽しんできた。2016年にロードレース競技中の落車により、高次脳記憶障害や右半身麻痺などの後遺症が残り、2017年からはパラアスリートとして活動。ロード世界選手権では2017年に個人TT、2018年にロードでアルカンシェルを獲得し、UCIパラサイクリングの年間アワードであるパラサイクリング大賞を日本人として初めて受賞。そして、東京パラリンピックの個人TTとロードレースで2つの金メダルを獲得。現在、楽天ソシオビジネスに所属し、日中は仕事を行いながら競技に取り組む。ロードレースは実業団チーム「VC福岡」登録。1970年生まれ、静岡県掛川市出身。
取材協力:パールイズミ
http://www.pearlizumi.co.jp
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