新リーグを牽引する若きファイター 宇賀隆貴【El PROTAGONISTA】
管洋介
- 2021年11月29日
都心を駆けぬける楽しさを知ったのが原点
「自転車を始めたのは同級生の失恋を慰めるサイクリングがきっかけでした。そんなにカッコいいものじゃないんです」
しかしそのサイクリングで走る楽しさに目覚め、友人のクロスバイクに負けじとMTBに細身のタイヤをつけカスタムしているうちに、ロードバイクにも興味が。
「中2のころに偶然テレビで見たツール・ド・フランス。そのときのコンタドールとフルームの熱い戦いを思い出したんです」
ロード見たさにサイクルショップ巡りをしていたある日、地元目黒のプントロッソ東京で展示特価のウィリエールに出合った。初めてのロードレーサーは風を切り裂き、信じられないほどのスピードに導いてくれた。宇賀はすっかり虜になった。
2015年、宇賀はサイクリング部のある正則高校に進学、部活外でも若いローディーのコミュニティーに混じって走るなかで、天才ライダー関 拓真に出会った。同世代では群を抜いて速い彼に引き回されるうちに、宇賀の競争心に火が灯りはじめた……。
やがて関が目指しているのが、翌年のジュニア全日本選手権であることを知る。
「だったら僕も出たい!と意気込んだんですが、周囲からは冷ややかな目で見られました」
研究熱心で練習の知識も豊富な関のとなりで、何も知らずに必死に追い込む宇賀。冬場の乗り込みが続いたある日、峠の頂上で初めて関に先着する。
「これが彼を本気にさせました」
ふたりの目標は全日本選手権。負けん気のぶつかり合いは走るたびに互いを高め合っていた。2 016年は老舗クラブチームのフィッツに入団し実業団に挑戦。宇賀はチャレンジロードに出場すると22位で完走を遂げ、たった1年で全日本出場の権利を獲得してしまう。しかし実業団では、要領を得ずに苦しむ走りが続いていた。
いっぽう、関は大人相手に優勝を重ね、あっという間にE1カテゴリーまで上り詰める。
「あいつはプロになるんだろうな……」
ポディウムに上がる関を見るたびに宇賀はジェラシーに燃え、ペダルに打ち込んだ。
無名の新人が5位に! 突然道は開けていく
2016年の全日本選手権ジュニアロードレース。日本代表や全国で名の知られた面々がずらりとスタートラインに並んだ。
「役者が違いすぎて緊張もしない。優勝を狙うメンバーのなかで、僕ひとりが完走狙いだった」
しかしそんな宇賀が、最終局面の20人に残る大健闘を見せる。そこから勝負に出た数人を単独で追走し合流、さらに最後に単独リードを決めた松田祥位(現エカーズ)に、一瞬見合った集団。そのなかから宇賀が先頭を切って2位争いのスプリントを開始。ゴール直前に飲み込まれ5位となったが、無名の少年の果敢な走りに誰もが驚くことになった。
本人も戸惑うなか、取り巻く環境は急速に動き出す。2017年はついにナショナルチームのメンバーに。しかしその矢先に交通事故にあい1カ月の休養。それでも7月末のネイションズカップでは感触をつかみ、9月のJエリートツアー山口大会では、みごと優勝を果たした。
ヨーロッパ遠征で感じ取った世界との差を埋めるべく、2018年はエカーズに入団。4月にフランスへと旅立ったが、初レースを走った翌朝、身体に激痛が走った。椅子に座れず、脚も前に出ない。診断は椎間板ヘルニア。
渡仏して1週間で緊急帰国となる。手術に踏み切ったが、同世代の選手から取り残されていく自分に焦りを感じた。よくなることを信じてペダルを踏み続けたが、元の力は戻ってこなかった。
5月に再び渡仏するが余裕をなくして落車、今度は指の手術。翌月に出場した全日本選手権はたった2周でバイクを降りた。
精神的にもレースの重圧に打ちのめされていた。
「これで終わりにしよう……」
7月にエカーズを退団、地元に戻り日常の生活に戻ると、気持ちが少し落ち着いてきた。高校のサイクリング部の合宿に呼ばれると、純粋に自転車を楽しんでいたころの気持ちが戻ってきた。
このままじゃ終われない。右京のGMに直訴
2020年、宇賀はレースに帰ってきた。古巣のフィッツでJプロツアー再デビュー。レースを重ねるたびに足の感触は高まり、8月の宇都宮クリテリウムでは12位でゴールするまでに。
「踏める感覚が戻った! 僕はこのままじゃ終われない!」
レース直後に思い立ったその足でチーム右京のGM桑原忠彦に直談判、10月の大分クリテリウムで10位に入ると道は開かれた。
契約が決まると翌年の準備として、チーム右京で走るレイモンド・クレダーによるコーチングを受けた。分・秒刻みのトレーニング、乗る時間を減らして質を上げ、レース当日に万全の体調を作る的確なメニュー。この出会いが宇賀の走りを大きく変えた。
2021年の初戦はJCL宇都宮クリテリウム。経験不足でチームの足を引っ張りほろ苦いプロデビューとなったが、体調は整っていた。小石祐馬、吉岡直哉をはじめ試合巧者がそろうチームで、宇賀のプロの走りは磨かれていった。そして、記憶に新しい9月のJCL山口大会での大活躍。
「苦しいことや失敗も乗り越えて、レースに夢中になれる自分がここにいる!」
いまや新リーグを牽引する力を見せ始めた宇賀隆貴。次世代を担う逸材に期待だ!
REPORTER
管 洋介
海外レースで戦績を積み、現在はJエリートツアーチーム、アヴェントゥーラサイクリングを主宰する、プロライダー&フォトグラファー。本誌インプレライダーとしても活躍
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