世界最大のグラベルレース「ベリー・ルーベ」は氷点下でスタート|竹下佳映のグラベルの世界
竹下佳映
- 2022年04月17日
寒かった冬が終わり、アメリカでは本格的にグラベルシーズンが開幕した。
アメリカでは日本で開催されるものとは比べ物にならないほど規模の大きいレースがあったり、子どもも参加できるようなアットホームなイベントがあったりと、種類もさまざまだ。世界最大のグラベルロードレース、「Barry Roubaix(ベリー・ルーベ)」は参加者は全カテゴリーで4000人以上になるマンモス大会だ。それも氷点下の環境で走るから驚きだろう。
北米で活動するグラベル界の第一人者、竹下佳映さんがここ最近のグラベルレースの傾向や変化についてお伝えする。
INDEX
広いアメリカでは南部と北部とでは気候も大違い
シーズン序盤は気候も不安定!?
いまだに雪の残る地域もありますが、USA国内のあちこちでグラベルシーズン開幕です。私も、この記事の執筆までに、今年すでに7州をグラベルバイクと共に行ったり来たりしています。
3月中旬には私のバイクスポンサーのLauf(ラウフ、アイスランド語で「葉」という意味)が協賛するスワンプフォックス・グラベルフォンドに初出場。大会前後日のライド・イベントにも参加したりと、3日間ほかの参加者と楽しみました。1500kmほど南下したので、現地では私にとっては初夏のように感じる天気でした(クルマ移動が長くて疲れました!)。
翌週末には参加者数が毎年4000人を超える世界最大のグラベルロードレース、「ベリー・ルーベ」に7度目の出場をしました。4月後半の開催が通常なのですが、今回は3月末の開催で、一日中実気温は氷点下2℃、体感気温は氷点下7℃! 朝には若干雪がちらついて、曇り&強風と、前の週とは打って変わってまだまだ冬という感じでした。
残念なことに始まったばかりの8km地点でメカトラが発生してしまい、ずいぶんと早い時点でトップ争いからの離脱。それでも、どうにか女子総合5位まで追い上げました。
このレースは長い冬を終えて多くの友人と再会できる最高の交流の場でもあり、いつも楽しみにしています。大会の協賛パートナーであり私がサポートを受けているLauf、Panaracer、SRAMとも現地で会うことができました。
アンバウンドグラベルではトレーニングキャンプの講師に
そしてつい先日は、世界的に有名なアンバウンド・グラベル(旧ダーティ・カンザ200)の公式トレーニングキャンプの講師陣の一人として、カンザス州に行ってきました。キャンプの詳細についてはここでお伝えできないのですが、今年初めてアンバウンドに挑戦するライダーから、何度も参加しているライダーまで、多くの人がフリントヒルズのグラベルを走り、ノウハウを学びました。私自身もこのキャンプからエネルギーをもらった感じで、6月の大会が待ち遠しいです。
ちょうど、この地域の習慣であるプレーリー・バ―ン(大草原地帯で、春に故意に火入れし、土壌を健康に保っている)の時期で、あちこちに煙が立ち上っていました。
人気急上昇! 世界的なグラベルの成長ぶり
前々から、グラベルの人気がどれ程沸騰しているか、グラベルコミュニティがどれ程楽しいのかをバイシクルクラブ本誌とウェブ連載で書いていますが、グラベルコミュニティって何なのか、もともとグラベルってどういうものなのか、を改めてお伝えしたいと思います。
下記は、私がバイシクルクラブ本誌2020年3月号の特集「竹下佳映が語るグラベルの魅力!」を執筆した時のものです。
『今世界中でグラベルが急激に人気を得て、他のどの自転車ジャンル・競技より飛びぬけて伸び続けているのはなぜか? 大きな理由の一つとして、一番大事なのはグラベルを介して作られる「コミュニティ」だ、ということでしょう。一般的にレースでは表彰台に上がるライダーだけに注目が行きがちですが、グラベルでは順位が全てではありません。分け隔てなく参加する全員にスポットライトが当たり、個人個人がそれぞれのゴールに向けて精一杯走り、チャレンジを乗り越えて完走する「イベント」なのです。その過程で自分について学ぶことができ、スタートラインに立った時点の自分を超え、そして得た達成感を共有できる仲間がグラベルコミュニティに溢れている。これが大きな魅力だと思います。
もともとグラベルは競技として始まったわけではありません。舗装路が終わったその先を走り、一緒に冒険し、仲間たちと楽しむところから始まりました。だからグラベルイベントでは競争の前に「完走」。一番最後の完走者まで歓声が浴びせられ、ゴールした努力を称え、思い出に残るカッコいい記念品が渡されます。それは誰もが楽しめる時間そのものです』
すでに多くの種類のグラベルレースが楽しめるアメリカではUCI(国際自転車連合)やUSAC(アメリカ自転車連盟)の細かい規制から離れて、自由に自転車に乗って自分たちのイベントを楽しみたい、という意見もあります。
アンバウンド・グラベルは12年で34人から2750人へ急成長
グラベル界の何が大きく変化したのか?
根本的な部分はいつまで経っても同じだと思いますが(そして同じであってほしい)、グラベル界は進化しているな、とここ数年でよくよく感じています。では、何が大きく変わったか。グラベル機材の発展はもちろんのこと、一つ一つ書き上げるときりがないので絞りますが、グラベル人口の増加、専業プロ選手参入、(いくつかの)大会の規模の肥大化、UCI参入が主でしょうか。
パンデミックで全てが一時停止した後、ある程度規制が緩んで、一人または少人数で活動できるようになった時期にグラベルを「発見した」人たちが激増したのかな、と個人的には思っています。また、サイクリストが車との事故によってケガをする・死亡するという話は残念なことに尽きないので(クルマ社会なので、舗装路で走るのが危険。自転車乗りの安全が軽視される、等の問題)、交通量の少ないグラベルロードに移行する人も多くいます。ほかにも、なんかよくわかんないけど人気だからやってみよう! グラベルロードバイクが次々に新登場しているし、気になるし乗ってみたい、という場合もあると思います。
もちろん、変化に伴いいろんな意見もあります。
例を挙げると、アンバウンド・グラベル。2006年に34人の参加者で始まり、2018年からはエントリーは抽選に変更、2019年には参加者は2750人と、ものすごい勢いで成長しました。
2018年に巨大フィットネス・チェーンのLifetimeがアンバウンド(当時ダーティ・カンザ200)を買収した際、グラベルファンからの反対の声は尽きませんでした。グラスルーツとして長年築き上げてきた大切なコミュニティが、巨大ビジネスの参入のせいで変わってしまうと。全てがコマーシャル化してしまい、グラベル文化が台なしになる、との懸念からでした。これはアンバウンドに限ったことではありません。
では、グラベルのアイデンティティがここ数年で変わってきてしまったかと言うと、必ずしもそうではないと思います。多くの大会の根本的なところ、コミュニティが中心であるというグラベルならではの経験は、大会の大きさに関わらず味わえると思っています。少なくとも私個人の経験ではそうです。
非営利団体の資金調達やコミュニティに還元することが目的の大会は多く、日頃の社会的問題(男女の平等性、人種差別、体重過多の人への差別、ほかにもたくさん)に訴える運動を盛り込む大会も数多くあります。レースの規模が大きくなっても、開催地域の小企業のサポート重視の主催グループも見られます。そして、今後もそうであってほしいです。
専業ロードプロ選手(元・現)が続々とグラベルに参加しはじめ、多額の賞金を出す大会も出てきた頃は、グラベル文化がプロロードに乗っ取られる、「賞金目当て」はグラベル文化ではない、という懸念の声が上がり、メディアでもよく取り上げられたり、いろんな場面で議論がありました。
今となっては、賞金の有無に関わらず名声のあるレースには必ず著名なプロ選手が参加していますし、これによってグラベルが台なしになった、ということはなかったと思います。こんなに楽しいグラベルですから、誰もが参加したくなりますよね?
去年はSBT GRVLの優勝選手(元ワールドツアー選手)が、優勝賞金とKOM賞金を有色人種差別問題に取り組む非営利サイクリング団体に寄付するというできごともありました。
アメリカのレース事情については改めてこの連載でお届けします。
竹下佳映
札幌出身、現在は米国シカゴ都市部に在住。2014年に偶然出会ったグラベルレースの魅力に引かれ、プロ選手に混ざって上位入賞するなどレースに出続けている第一人者。5年間グラベルチーム選手として活躍し、2022年からはプライベティアとしてソロ活動。ここしばらく飛んでいないが飛行機乗り。
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PROFILE
札幌出身、現在は米国シカゴ都市部に在住。2014年に偶然出会ったグラベルレースの魅力に引かれ、プロ選手に混ざって上位入賞するなどレースに出続けている第一人者。5年間グラベルチーム選手として活躍し、2022年からはプライベーターとしてソロ活動。ここしばらく飛んでいないが飛行機乗り。