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感じていないを感じるシューズ|Specialized S-Works Torch

クリーンなルックス、トップレベルのレースにおける実績。サイクリングシューズにおけるあらゆる美辞麗句を体現したようなスペシャライズドのハイエンドモデルの最新作が目指したものは、「無の感覚」。そしてそれは、確かにあった。

ミニマルにしてハイパフォーマンス

クリーンなハイパフォーマンスシューズは、マーケットにそう多くない。ワールドツアー選手が勝利のために選ぶハイエンドモデルほど、メーカーも力作ゆえか大々的にロゴを配したくなるものらしい。

シューズゲーム、ソックゲーム。足元を派手にあしらって楽しむのはサイクリストに許された楽しいファッションではあるけれど、いつでも自己主張をしたいわけじゃない。誰に見られるでもなく、人知れず林道をつなぐライドのときには、落ち着いたデザインのハイエンドシューズが欲しくなる。

スペシャライズドのS-Works Torchの削ぎ落とした美学には共感しかない。それでいて、トップレベルの選手たちがこぞって履き、勝利を勝ち取っているのだから言うことはない。

同社が生み出した独創的なバイク「Aethos」が目指すライドクオリティとS-Works Torchのプロダクトフィロソフィーは通底している。それはプロダクトが自己主張をしないままに、ライダーのパフォーマンスとエクスペリエンスを最大化することにある。「Aethos」について感じたことは別稿を参照いただくとして、ここではこの美麗なシューズにもう少し迫ってみたい。

シューズに負荷をかける

いみじくもブランドもこのシューズをして「無の感覚」たることを推している。だが、ロードバイクに乗る以上、サイクリングシューズは手強い異物としてライダーの体に感じられるものだ。数万回に及ぶペダリングで、全く違和がないなんてことは夢物語のようである。シンデレラフィットとは、よく言ったもので。

それでもスペシャライズドは最大公約数的に理想のフィットの追求を推し進めた。10万回以上の足型のスキャンデータを活用して導き出されたフィットは、同社が誇るRETULフィッティングサービスのたまものである。

筆者は細めのシューズで痛みが出る典型的な「日本人足型」を自認しているが、まず足入れしてのS-Works Torchのフィット感は悪くなかった。前作よりも少しワイドな幅にしているとのことだが、その恩恵も受けているかもしれない。ただし、サイクリングシューズのフィット感は当然のことながら、ライドをして判断するべきだ。

その意味で三国峠でのライドはシューズにとって酷だったと言わざるを得ない。激坂でひたすらにハンドルにしがみつくような苦悶のヒルクライム。スムーズなペダリングなどはどこか遠いところへいき、持てる脚力でなんとかペダルを踏み込む有様。

だが過度の負荷がかかるこのペダリングで驚かされたのは、ヒールカップの安定感。足がブレる感じがしないのだった。そしてアウトソールの剛性感。力いっぱいに、決して均一ではないペダリングながら、たわみなくペダルにパワーが伝達されているのがわかる。同時に、もっときれいに回せればより進むのだろうと登坂の最中に思うのだったが……。

シューズにおける「無の感覚」

シューズの実力を探ろうとしたこともあって、この登坂では足元に意識を集中して走ったのだが、山頂にたどり着き、やがて下り始めると違う驚きがあった。

緩斜面の下りから平坦路に入ると、シューズの意識が消えてしまった。ペダリングがスムーズになるのに合わせて、シューズが消えてしまったみたいだった。慌ててBOAダイヤルをさらに締め込んで足でシューズを感じるようにする。しかしそれでも、足とギヤ比と勾配とがシンクロするとシューズの感覚が消える。

まさしくそれは「無の感覚」といっていい。感じていない感覚、とは矛盾した言い方だがそう形容するしかない。

重いギヤでぐんぐんと加速をしていくと、再びシューズを感じるようになる。それはすでに滑らかなペダリングからはかけ離れているときでもある。脚力のあるライダーなら、より高強度・高速のライド時にこの恩恵を受けられることだろう。アッパーのフィットとアウトソーズの剛性感はまだまだ懐の深さをのぞかせている。世界のトッププロが選ぶシューズなのだから、それも当然であるが。

これだけの性能のシューズが、この美学でまとめられていることにパフォーマンスサイクリングの成熟を感じる。シューズは決して主張しない。しかし妥協もしないのであった。

製品情報

S-Works Torch

価格:49,500円(税込)
サイズ:36、37、38、38.5、39、39.5、40、40.5、41、41.5、42、42.5、43、43.5、44、44.5、45
カラー:ホワイト、ブラック

製品ページはこちら

 

問:スペシャライズド・ジャパン
https://www.specialized.com/jp/ja/

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PROFILE

小俣 雄風太

小俣 雄風太

アウトドアスポーツメディアの編集長を経てフリーランスへ。その土地の風土を体感できる方法として釣りと自転車の可能性に魅せられ、現在「バイク&フィッシュ」のジャーナルメディアを製作中。@yufta

小俣 雄風太の記事一覧

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