22歳エヴェネプールがブエルタ初優勝。グランツール戦国時代に若武者飛び込む|ロードレースジャーナル
福光俊介
- 2022年09月13日
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vol.45 44年ぶりベルギー勢制覇のブエルタ
クイックステップは創設以来初のグランツール総合タイトルに
国内外のロードレース情報を専門的にお届けする連載「ロードレースジャーナル」。2022年シーズン最後のグランツール、ブエルタ・ア・エスパーニャは、現地9月11日に閉幕。3週間の戦いを制したのは、第1週からトップを走り続けた22歳、レムコ・エヴェネプール(クイックステップ・アルファヴィニル、ベルギー)だった。結果的に、エヴェネプールを筆頭に若い選手が多く上位に進出する“ヤング・ブエルタ”でもあった。そこで、ブエルタ第3週を振り返りながら、最終成績、そして活躍した選手たちにフォーカスしていきたい。
ブエルタ第3週プレイバック
ログリッチが反撃直後に衝撃の落車。大会を去りエヴェネプールが俄然有利に
それでは第3週の戦いを振り返っていきたい。第2週までの戦況・総合タイムは、本コーナーvol.44を参照されたい。
大会最終週の始まりは、大波乱の1日となった。第16ステージ(189.4km)は平坦にカテゴライズされていたが、残り4.5kmからフィニッシュにかけて上り基調。特にフィニッシュ手前3kmは10%を超えようかという急坂だった。そこで仕掛けたのが、個人総合2位につけていたプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ、スロベニア)。狙いすましたアタックにメイン集団は崩壊。ついていけたのはパスカル・アッカーマン(UAEチームエミレーツ、ドイツ)だけだった。
タイミングを同じくして、マイヨ・ロホのエヴェネプールがパンク。これでトップ争いからは脱落。ログリッチとしては、ここでどれだけのタイム差を得られるかが今後のカギとなっていく。
最終局面へ向けて3選手が先頭に合流し、5人によるステージ優勝争いに。スプリントが始まった瞬間に、衝撃のシーンが訪れる。
先頭を引き続けたログリッチが、ステージ優勝を狙う他選手にラインを譲って自身はそのスリップストリームに入ろうとしたところでまさかの落車。右半身を中心に地面に叩きつけられ、複数箇所から流血。外傷だけでなく、メンタルにも大きな傷を負ってしまった。
ステージはマッズ・ピーダスン(トレック・セガフレード、デンマーク)が制し、何とか立ち上がってフィニッシュラインを通過したログリッチも救済措置で同タイム扱いになったが、総合での逆転を目指し動いたところでの落車にショックは大きく、次のステージには出走ができず。大会から離脱し、後に落車のきっかけになったとしてフレッド・ライト(バーレーン・ヴィクトリアス、イギリス)を批判する声明を出した。
なお、エヴェネプールは8秒差フィニッシュのメイン集団と同タイム扱いとなり、リーダーの座はキープした。
衝撃のレースから一夜明けて迎えた第17ステージ(162.3km)は、最大13人の逃げがそのまま優勝争いへ。最後はリゴベルト・ウラン(EFエデュケーション・イージーポスト、コロンビア)が2級山岳頂上フィニッシュへ一番に到達。これで、全グランツールで勝ち星を挙げた選手になった。総合勢では、ログリッチのリタイアで再び2番手に浮上したエンリク・マス(モビスター チーム、スペイン)が攻撃。しかしエヴェネプールが冷静に対処し、総合リードを守った。
エヴェネプールがみずからの力で流れを引き戻す
第2週後半には苦しむ場面があるなど、一時はライバルに傾きかけていた個人総合争いの流れだったが、エヴェネプールは簡単には揺らがなかった。それを証明したのが、第18ステージ(192km)。
レース後半、2回の1級山岳登坂が設けられたレースは、逃げグループを追って総合系ライダーたちがスピードアップ。逃げではロベルト・ヘーシンク(ユンボ・ヴィスマ、オランダ)がひとり先頭で粘り続けたが、エヴェネプールを振り切りたいマスの再三のアタックでペースが上がり、残り数キロで一気にヘーシンクに迫る。そして残り300mで追いつくと、最後の200mでエヴェネプールが渾身のアタック。マスも、ヘーシンクも振り切ってマイヨロホ自らがステージを制してみせた。
一転して、第19ステージ(138.3km)は集団スプリント。途中の2級山岳越え2回を問題なくこなしてステージ優勝争いに臨んだピーダスンが今大会3勝目。ポイント賞争いでは実質独走状態で、今大会のスピードマンナンバーワンを決定づける勝利でもあった。
ライバルの攻撃を封じたエヴェネプールがブエルタ制覇を決める
最終日前日、第20ステージ(181km)は獲得標高3480mの山岳最終決戦。今大会はたびたび山岳逃げを繰り出してきたリチャル・カラパス(イネオス・グレナディアーズ、エクアドル)が、再び勝利を狙ってアタック。やはり逃げ切って、今大会3勝目を挙げた。開幕時は個人総合優勝候補と目されていたが、早々に上位戦線から脱落。カルロス・ロドリゲス(スペイン)ら若手にその座を譲って、自身はステージ狙いと山岳アシストにシフトしていた。大会終盤で山岳賞トップにも立ち、そのままジャージを守ってマドリードへ行くこととなった。
そして、メイン集団ではエヴェネプールがライバルの動きを封じて、初の大会制覇を決定的にした。レース終盤は総合タイム差で驚異とならない選手のアタックは許しつつ、マイヨロホ争い最大のライバルだったマスの動きは徹底的にチェック。あとは、マドリードまで安全に運ぶことだけになった。
大会、さらには今季のグランツールの“オーラス”、第21ステージ(96.7km)。当然、各賞ジャージには問題がなく、エヴェネプールは第77回ブエルタ・ア・エスパーニャの個人総合優勝者に決定。第6ステージ以降、マイヨロホをキープし続けてマドリードのフィニッシュラインに到達してみせた。
個人総合2位にはマス、3位には19歳のフアン・アユソ(UAEチームエミレーツ、スペイン)が初のグランツールにしていきなりの総合表彰台を確保した。
そのほか、ポイント賞はピーダスン、山岳賞はカラパス、ヤングライダー賞はエヴェネプール、チーム総合はUAEチームエミレーツがそれぞれ獲得。この大会最後のステージ優勝は、スプリントを制したフアン・モラノ(UAEチームエミレーツ、コロンビア)が輝いた。
ブエルタ・ア・エスパーニャ 個人総合順位(最終)
1 レムコ・エヴェネプール(クイックステップ・アルファヴィニル、ベルギー) 80:26’59”
2 エンリク・マス(モビスター チーム、スペイン)+2’02”
3 フアン・アユソ(UAEチームエミレーツ、スペイン)+4’57”
4 ミゲルアンヘル・ロペス(アスタナ・カザクスタン チーム、コロンビア)+5’56”
5 ジョアン・アルメイダ(UAEチームエミレーツ、ポルトガル)+7’24”
6 テイメン・アレンスマン(チーム ディーエスエム、オランダ)+7’45”
7 カルロス・ロドリゲス(イネオス・グレナディアーズ、スペイン)+7’57”
8 ベン・オコーナー(アージェードゥーゼール・シトロエン チーム、オーストラリア)+10’30”
9 リゴベルト・ウラン(EFエデュケーション・イージーポスト)+11’04”
10 ジャイ・ヒンドレー(ボーラ・ハンスグローエ、オーストラリア)+12’01”
ポイント賞
マッズ・ピーダスン(トレック・セガフレード、デンマーク)
山岳賞
リチャル・カラパス(イネオス・グレナディアーズ、エクアドル)
ヤングライダー賞
レムコ・エヴェネプール(クイックステップ・アルファヴィニル、ベルギー)
チーム総合
UAEチームエミレーツ
トップ10の半数がヤングライダー対象。グランツール戦線は戦国時代に突入
第6ステージでマイヨロホに袖を通して以来、ライバルのアタックを抑えつつ、要所ではしっかり攻撃に転じてリードを広げていったエヴェネプール。キャリア2度目のグランツールで、経験の少なさや好不調の波があるなど厳しい見方もあったが、デビュー当時からの「いずれはグランツールレーサーに」との期待に違わない走りを披露。第2週の後半にはピンチこそあったが、タイムロストを最小限に食い止めて、再び調子を戻したあたりはもはや立派なグランツールレーサーと言って良いだろう。
ベルギー勢のブエルタ制覇は44年ぶり、22歳での制覇は史上4番目の若さ。そして意外や意外、クイックステップ・アルファヴィニルは2003年のチーム創設以来初めてのグランツールの総合タイトルである。
エヴェネプールのマイヨロホ戴冠にとどまらず、この大会そのものがロードレースの時代を反映したものになった。
その何よりの証拠が、個人総合トップ10選手の年齢に表れている。半数の5人がヤングライダー賞対象の25歳以下。30歳代の選手は、個人総合9位のウラン(35歳)ただひとりである。
とりわけ、個人総合3位に入ったアユソの19歳はブエルタ史上初めての10歳代選手の総合表彰台であり、全グランツールを見渡しても1904年以来だという。経験がモノを言うとされ、30歳前後でキャリアのピークに達すると見られてきたロードレースシーンが、この数年で劇的に変化していることを、改めて実証した3週間でもあった。
確かに、今大会では新型コロナウイルスがプロトンに蔓延し途中離脱する選手が多かったり、ログリッチのような思いがけない形でのリタイアなどもあったが、それが直接的な要因ではないだろう。
クリストファー・フルーム(イスラエル・プレミアテック、イギリス)は、「栄養面での指導やコーチングなど、それまでプロライダーのものとされてきた要素を15、16歳の頃から受けられるようになったことが大きいのではないか」と見解を述べ、ロードレース界の潮流が良い意味で劇的に変動していることを示唆している。
これまで、20歳代前半で活躍する選手たちをただただ“早熟”として見る向きが強かったが、彼らの能力が早くから引き出され、長く第一線で走り続けるとなれば、一層のレベルアップが世界のトップでは見られていくに違いない。もちろん、今回敗れたジロ王者のヒンドレーや3度目のブエルタ個人総合2位だったマスといった中堅世代だって黙ってはいないはず。このブエルタを通じて若き才能が幾人も力を示したことで、グランツール戦線は戦国時代へ。早くも、来シーズンの戦いが楽しみになってきた。
福光 俊介
サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。
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- TEXT:福光俊介 PHOTO:Unipublic / Charly López Unipublic / Sprint Cycling Agency
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PROFILE
サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。