ファウスト・ピナレロ氏インタビュー 「ピナレロがピナレロである理由」
安井行生
- 2024年07月07日
ロードバイク界における最重要モデルの1台、ピナレロのドグマ。そのモデルチェンジに際し、同社の代表であるファウスト・ピナレロ氏が来日し、インタビューに応えてくれた。かつてロードバイクシーンの先頭集団を形成していたのはイタリアンブランドだったが、それらの存在感が徐々に薄くなり、イタリアの黄金時代は過去のものとなった。そんななか、ピナレロだけはトップブランドとして変わらず君臨している。その理由とは? 自転車ジャーナリスト安井行生が聞いた。
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他社のことは関係ない
羽田空港内にある展示ホールで、11代目となるピナレロ・ドグマFが発表された。北米勢の勢いが止まらないロードバイクシーンの中で気を吐いている数少ないイタリアンブランドであり、グランツール常勝といわれるほどレースシーンでも存在感を放つピナレロ。同社の代表を務めるファウスト・ピナレロ氏は、間違いなく自転車界屈指のセレブリティだが、イタリア人というイメージを覆し、約束の時間のなんと2分前、12時58分に会場に姿を現した。
「どこで話す?ここか?別の場所?よし、いこう。撮影もするんだよな?」
相変わらずパワフルだ。60歳を超えているとは思えない。こっちも負けじと気合いを入れてインタビューを開始する。
安井:スペシャライズド(ターマック)やトレック(マドン)など、エアロロードと軽量万能ロードの統合が進んでいますが、ピナレロはエアロロードと万能ロードを作り分けることはせず、最初からドグマ一本でしたね。結局、ピナレロのやり方が正解だったという結果にも見えますが、他社の「レーシングバイクの一本化」という動きを見てどう思われますか?
ファウスト:1994年にピナレロはミゲル・インデュラインのためにカーボンモノコックフレームのエスパーダというTTバイクを作ったんですが、そのときに「空力だけでも、軽さだけでも、快適性だけでもだめ。全ての性能が融合していて、どんな状況でも速く走れるバイクが真のレーシングバイクなんだ」という知見が得られたんです。それからずっと、ピナレロは「1台であらゆる状況を速く走れるバイク」を開発することに注力してきました。他のメーカーもそれに気付いたのか分かりませんが、ピナレロの流れに追随してきましたね。まぁ、他社がどうしようが私にとってはあまり関係ありませんが。
安井:(笑)
ファウスト:それに、「スプリントステージも山岳ステージも同じバイクで走りたい」というのはチームの要望でもあるんです。選手たちは、バイクを変えることで微妙なポジションやフィーリングが変わってしまうことを嫌います。ステージ毎にバイクを変えて乗り方やポジションを変えるのは、ライダーにとっても負担になるんですね。バイクを供給しているチームとの密接な関わりがあり、彼らの声を製品づくりに反映した結果、ピナレロ独自のスタイルが確立されたのだと思います。
テーラーでありたい
安井:今回フルモデルチェンジとなったドグマFですが、マグネシウムのドグマ→ドグマ60.1のときや、ドグマ65.1→ドグマF8のときのような激変はしなくなりました。だんだん変化が小さくなってきた印象ですが、ロードバイクの進化は頭打ちになってきているのでしょうか?
ファウスト:新型のドグマFは先代と見た目は大きく変わっていないように見えるかもしれませんが、中身は大きく変化しているんです。素材も変えていますし、ヘッドチューブやBB周りなど、形状を大きく変えている部分もたくさんあります。タイヤクリアランスも変えました。ハンドルも完全専用の新設計とし、形状も「もっともいいハンドルとは何か?」を考え、安全性と空力を重視して設計しました。細かい部分を含め、多くのところを変えましたが、ライダーにとって非常に重要なジオメトリだけは変えていません。
安井:今まで同様、新型もたくさんのフレームサイズがあり、専用ハンドルのサイズバリエーションも多く用意されています。空力のためにハンドル幅は360mm一択というようなメーカーも増えていますが、フレームとハンドルのサイズバリエーションにこだわる理由は?
ファウスト:スチールフレームの時代は、バイクメーカーはテーラー(仕立て屋)のようなものだと言われたんです。しかし現在は金型が必要なカーボンフレームが主流となり、ジオメトリ―の調整がしにくくなりましたね。それでもできるだけテーラーであるために、11種類ものフレームサイズを設け、ハンドルバーにもたくさんのサイズを用意しているんです。カーボン時代になった今でも、ピナレロは「乗り手にとってのテーラー」でありたいと思っているんです。下位グレードでも10サイズほどを揃えているメーカーはピナレロくらいでしょう。
安井:カラーが豊富であることも特徴ですね。
ファウスト:そう。ジオメトリだけでなく、見た目においてもテーラーであるために、カラーを多く設定していますし、「マイウェイ」というカラーオーダーシステムも用意しています。マイウェイの人気がすごくてお客さんをお待たせしてしまっていましたが、現在イタリア本社の敷地内に新しい塗装工場を建設しているところです。これで供給が安定するでしょう。塗装も職人技が必要なので、海外の塗装工場に丸投げというわけにはいかないんですよ。
性能だけでは満足できない
安井:ピナレロのようなブランドのトップモデルは、ただ高性能なだけでなく、見た目も美しく魅力的であることが求められています。開発をするうえで、バイクの見た目はどのように意識していますか?
ファウスト:その通り。ロードバイクに必要な要素は性能だけではありません。見た目も大切です。ピナレロというロゴがなくても、人目でピナレロだと分かるようなバイクを作りたいと常に思っています。プロ選手の要望、エンジニアのアイディアや技術、魅力的なルックス。その3つの要素を上手く組み合わせて1台のバイクに仕上げるのが私の使命。かつてはシンプルなスチールチューブを溶接するだけだったので比較的容易でしたが、今はシミュレーション、風洞実験、カーボンファイバーなどの新しい技術が出てきたので、完璧に融合させるのはなかなか難しいですけどね。
安井:では、エンジニアが「こうしたほうが性能がよくなる」というアイディアをもってきたとして、でもルックス的にそれがあなたの御眼鏡にかなわなかったとき、どうするんですか?
ファウスト:一方的に否定したり、無条件に受け入れたりすることはありません。話し合いをして、「なぜその技術を採用する必要があるのか」「なぜ今のままではいけないのか」と、対立ではなく議論をしながら進めます。わが社には昔から働いてくれているエンジニアも多いので、彼らがピナレロのDNAを理解してくれていることも大きいですね。
安井:なるほど。そういうところが、北米系が強い現在のロードバイク界にあって、ピナレロが存在感を維持できている理由であるように思います。さて、昨年ピナレロはLVMH傘下から離れ、現在は新たなオーナーのもとで事業を継続していますね。資本が再び変わったことで、ピナレロの方針に影響はありますか?
ファウスト:新しいパートナーは自転車好きなんです。自転車に対して情熱がある人物で、ハイエンドサイクルウエアメーカーのオーナーでもあります。ブランドを買って成長させて売却して儲けることが目的ではなく、ピナレロというブランドとともに自分も成長したいと思ってくれているんです。彼のその方針のおかげで、私はより開発に専念できるようになりました。
安井:それはよかったです。では、この新型ドグマは、どんな人に乗って欲しいですか?
ファウスト:もちろん全員です(笑)。私の夢は、世界中の人が自転車を楽しむようになること。それがピナレロならよりいいですね(笑)。新しいドグマFは本当にファンタスティックな仕上がりです。早く乗ってみてください。
安井:試乗が楽しみです。ありがとうございました。
Fausto Pinarello
ファウスト・ピナレロ
イタリアを代表するレーシングバイクブランド、ピナレロの2代目社長。創業者であり父であるジョバンニ・ピナレロ氏はプロ選手としても活躍した人物。ファウスト氏は学業終了後、家業であるピナレロ社の業務を手伝い始め、父からバトンを渡されたあと、世界的なブランドへと成長させた。業務内容は、フレームの設計をはじめ、グラフィックとカラーの検討、スポンサーや自転車関連団体とのやりとり、手ストラーダ―など多岐にわたる。60歳を過ぎた今でもグランフォンドなどに積極的に参加する健脚の持ち主。
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