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ロードバイクが上陸すべき新大陸 スペシャライズド・3 Icons試乗記 vol.1

スペシャライズドが誇るハイパフォーマンスロードバイク、ターマック、エートス、ルーベ。それら3モデルに自転車ジャーナリストの安井行生さんが改めて試乗し、この“3 Icons(3つのアイコン)”を再評価。さらに、開発スタッフへのインタビューを通して、スペシャライズドのロードバイク作りを深掘りする。vol.1は、ターマックとエートスについて。

今さらですか?

正直、今さらターマックとエートスとルーベの試乗ですか? とは思った。

スペシャライズドが3 Icons(3つの肖像)と銘打ったそれら3車種のメディア向け試乗イベントをやるらしい。エートスは2020年、ターマックとルーベは2023年に発表済みで、すでに各メディアに詳細な情報や試乗記事が載っている。筆者も長々とした文章を書いたし、読者の皆さまも「いやもう知ってます」だろう。

事情は理解できるのだ。

2002年にサーヴェロがエアロロードの始祖と言えるソロイストを発表し、2004年にスペシャライズドが世界初のエンデュランスロードともいえる初代ルーベを誕生させてから、多くのメーカーは軽量万能ロード、エアロロード、エンデュランスロードという3本柱でロードバイクカテゴリのビジネスを展開してきた。しかし昨今、万能ロードとエアロロードを統合させるメーカーが出現。スペシャライズドもエアロロードであるヴェンジを廃版とし、レーシングバイクはターマックへと一本化する。

それだけなら、レース=ターマック、長距離を快適に=ルーベ、という単純明快な図式となるのだが、ややこしいことにスペシャライズドには、超軽量ながら非レーシングモデルという難しい立ち位置のエートスもある。創立50周年となる今年に、改めてロードラインナップを整理してユーザーにその特徴を分かりやすく伝えたい、と考えても不思議ではない。

それに、評者としては嬉しい催事もある。本国の開発スタッフ数人にインタビューができるのだという。また、同条件で改めて3車を乗り比べると新たな発見もあるだろう。参加させていただくことにした。

会場は山中湖畔のロッジ、周辺のコースで3モデルを試乗し、一日目の夜と二日目の朝に本国とリモートで繋いでインタビュー、というスケジュールである。試乗車はすべてSワークスグレードだ。

日本メディアのインタビューに答えてくれるのは、

  • セバスチャン・セルベット氏(ターマックSL8とエートスの開発に関わったシニアエンジニアマネージャー)
  • ジョン・コルドバ氏(ルーベSL8の開発担当者であるシニアプロダクトマネージャー)
  • エレナ・エイカー氏(カラー・グラフィック担当)

の3人。

これを時系列でレポートすると話があっちこっちして訳が分からなくなるので、

  • vol.1:ターマックSL8&エートスの印象記/開発担当者インタビュー(本記事)
  • vol.2:ルーベSL8の印象記/開発担当者インタビュー、グラフィックデザイナーインタビュー(8 月5日公開予定)

という構成でお届けする。

また、「100万円を軽くオーバーするSワークスのことばっか書かれても……」という方々のために、

番外編:ターマック・エートス・ルーベ3車種のコンプグレード試乗記(8月15日公開予定)

も書かせていただいた。

ターマックSL8再評価

では、Sワークス ターマックSL8の概要と試乗印象から。もうさんざん既出だろうから、詳細を繰り返す愚は避け、さらりと触れるに留める。

ターマックSL8の車両コンセプトは前作ターマックSL7と同様、「万能レーシングバイク」。空力、軽さ、ライドクオリティ(ハンドリングや快適性)の3点を最適化し再設計した結果、空力性能はついにヴェンジと同等に。SL7比でフレーム重量は約15%軽くなり(SL7:800g→SL8:685g)、重量対剛性比が33%高くなり、快適性は6%向上したという。

歴代ターマックの乗り味を簡単に振り返ってみると、筆者が試乗の仕事を始めたSL2からSL4までは、なによりも剛性を重視したスパルタンな仕立てだった。実際、2011年に参加したターマックSL4のプレスローンチでは、担当エンジニアは「ヘッドからリヤエンドまでとにかく硬く作った」と言っていた。

しかし、ライダー・ファースト・エンジニアリングを取り入れたSL5でいきなり上質なバランス型に。SL6はSL5の方向性を堅持しつつ挙動が軽やかになった。しかし、前作のSL7はSL4以前に戻ったかのような剛性感となっていた。想定脚力が高く、踏めるときならいいが、中途半端な脚力だとフレームに跳ね返されてしまい、脚にダメージが残る。そのぶん凄まじく速かったが、競争に徹した作りだった。

SL8には、SL7のような刺々しさがなくなっている。反応は非常によく動力伝達性は間違いなくトップレベルにあるが、挙動は滑らか。ペダリング初期に強い反発を感じるため剛性が高いのかと錯覚するが、その後ペダルがスムーズに落ちていく。それによって、どんな速度域からでもよく伸びる。

あくまでレーシングバイクであり、スパルタンであることに変わりはないが、速さを維持したまま乗り味を上質にしたという印象。舗装路で競争をする自転車として、屈指の完成度に達している。

SPECIALIZED公式サイト ターマック

エートス再考

次はエートス。

スペシャライズドが2020年に発表した超軽量フレームで、ディスクブレーキ仕様ながら最軽量の塗装でサイズ56のフレーム重量が585gという、それまでの常識を覆すほどの軽さが話題を呼んだが、それ以上に驚きだったのは、その売り方だ。

ハイパフォーマンスロードバイク=レーシングという等式が常識だったロード界で、エートスを「レースをしない自転車」として売り出したのである。

近年ロードバイクの必須科目であるエアロは完全無視。ハンドル周りのケーブル類は外装。フォークコラムは真円で、シートポストは27.2mm径。近年のハイエンドモデルとは一線を画す普通な作り。カラーとグラフィックはまるで高級化粧品のよう。王道で勝負してきたスペシャライズドの、思わぬ冒険に驚いた。

その走りを一言で表現するなら、上質な軽快感。ちょっとした加速や緩斜面での中負荷以下でのダンシングではしなやかで、ペダリングしやすく気持ちいい。リムブレーキ車を含めても、ダンシングで坂を上るのがこれほど快感となるバイクは稀だ。

しかし、大トルクでのダッシュ、スプリント的な加速、激坂をよじ登るようなダンシングなど、高負荷になると一転、フレーム剛性が高くなるような印象を受ける。ここまで軽量なのに、どんなに踏みつけても顎を出さない。エートスは、気持ちよく走ろうと思えば気持ちよく、本気で速く走ろうと思えばは速く走ってくれるのである。

エアロロードや新世代万能ロード勢と比べると高速巡航性は明らかに不得手だが、高速域を除けば動力性能はトップクラス。特に登坂での軽快感はディスクロード史上最高だろう。扱いやすさは完成度の高いリムブレーキと同レベルに達している。下りでも危うさはない。文句なしの高性能軽量ロードである。

以上の印象を踏まえて、両車のプロダクトマネージャーを務めたセバスチャン氏にお話しを伺う。

SPECIALIZED公式サイト エートス

嘘つきペテル

今回は個別インタビューではなく、全メディア合同である。他メディアの質問を聞きながら切り込むタイミングを伺うが、先輩ライターの吉本さんが「エートスが発表されたとき、広報資料に『美しいしなり』という文言が出てきましたが、エートスの剛性・剛性感について詳しく教えてください」と質問。しまった、先を越された。

筆者が聞きたいのもまさにそこだ。

ここ数年のスペシャライズドロードバイクはペダリングフィールがいい。先に述べたとおり、エートスの一番の美点は軽やかな走行感だし、ターマックも従来モデルに比べSL8はレーシング性能を維持したままペダリングフィールが上質になっている。

セバスチャンさんは、「フレーム剛性は開発における重要ポイントですが、硬すぎても柔らかすぎてもよくありません。エートスは『柔らかい』と『硬い』のちょうど中間を狙いました」と前置きしたうえで、剛性&剛性感に関する興味深いエピソードをいくつか披露してくれた。

その内容が今後の自転車の進化の方向を示唆するものだったので、記事後半ではそこをメインに取り上げる(以下、「」内はすべてセバスチャンさんの発言)。

キャノンデール、スコット、ルック、THMなどのメーカーで働いてきたセバスチャン・セルベットさん。スペシャライズドには10年間ほど前に入社、現在はドイツのイノベーションセンターでロードエンジニアリングマネージャーを務める

「2014年にペテル・サガンがキャノンデールからティンコフ・サクソに移籍したとき、それまで乗っていたスーパーシックスエボとターマックSL5を比較してもらったんです。実際の剛性はターマックのほうが高かったにもかかわらず、『スーパーシックスのほうが硬い』という評価でした。ただし重量的にはスーパーシックスのほうが200gほど軽かったので、ターマックを軽量化した試作車に乗ってもらうと、『硬くなってよく進むようになった』というフィードバックでした」

「また、7~8年前にサガンに2本のフレームをテストしてもらいました。1本は軽量で剛性を落としたもの。もう1本は剛性を上げて重くしたもの。その結果、『軽量なほうが反応がよくて速く、剛性が高い・・・・・・・・』という評価だったんです」

ライダーのフィードバックは正確ではなく、ときとして実際の現象とは逆になることもあるということである。ここが自転車の難しさであり、面白さだ。後の検証で、サガンが言う<剛性が高い>とは、<反応がいい>という意味だったこと、<バイクの反応にはフレーム重量も影響を与えていること>が判明したという。

「構造としての剛性値ではなく、ペダルを踏んだときに『バイクがどう反応するか』で彼は剛性を感じていたんです。だから、単純に『剛性を上げればいい』『軽くすればいい』というものではないわけです。開発時に剛性や重量だけを見ていては、設計の目的地を見失ってしまいます」

誤認による逆評価

正直、そこには驚かなかった。試乗した台数だけはサガンより多いはずだから、実際のフレームの特性とライダーのフィードバックとの間に齟齬が生じることなど百も承知だ。

剛性が低いバイクを<剛性が高い>と誤認してしまうこと(またはその逆)は、我々の仕事である試乗時にもよく起きる。自転車に乗って剛性が高いだの柔らかいだのとネチネチ言うのが業務の一環なのだから、その誤認はまさに死活問題である。

誤認の出発点は、<加速がいい=剛性が高いはず>という思い込みだ。

剛性の高いフレームはペダリングに対してたわみが少ないため、ペダルが素直に落ちていかない→加速させるのにパワーが必要→なかなか加速しない→加速がよくない→ということは剛性が低いに違いない、と評価をしてしまうことがある。

逆もまたしかり。適度な剛性のフレームだとペダリングに対して適度にたわむため、ペダルが素直に落ちていく→スムーズに加速する→加速がいい→これは剛性が高いんだ、という認識になってしまう。いずれも実現象とは正反対だ。

ペダリング時に脚に返ってくる反力の様子と、車体の加速の良し悪しとを切り離して感じ取らないと、この誤認は防げない。

「ターマックSL8の開発時にも興味深いことが起きました。ライダーにターマックSL7とヴェンジを比較してもらったところ、各種データは明らかにターマックのほうが速いことを示しているのに、ライダーのフィードバックとしては『ヴェンジのほうが速い』『ヴェンジのほうがよく進む』だったんです。それに関して検証を重ねた結果、原因は垂直方向の剛性にあるのではないかと考えました。つまり、路面からの振動が激しいと、ライダーは『速く走っているに違いない』と錯覚するわけです」

悪者であるはずの“ドタバタ”が“速く感じさせる要因”となっていたのだからエンジニア達は思いっきりずっこけただろうが、人間の印象なんてそんなものである。

人間と機械との橋渡し

速いと感じる自転車が実際に速いとは限らないし、硬いと感じる自転車が実際に高剛性だとは限らない。ここを理解し、なぜその錯覚や誤解が生じるかを検証し、それを設計に折り込まないと、本当にいい自転車は作れない。

その事実に気付いているメーカーは多いかもしれないが、そこを真面目に検証しようとしているメーカーは少ないだろう。

「高剛性=速い、軽量=速いと思われている方が多いと思いますが、そんな単純な話ではないんです。部分的な剛性とか重量だけといった単純な要素に注目してもしょうがないんですね」

それを経験値・勘所・職人技としてフレームに落とし込んでいたのが凄腕のフレームビルダーであり、伝統ある旧来ヨーロッパ系メーカーだったのかもしれないが、スペシャライズドは基礎研究として、ライダーの印象とフレームの設計の関係を明確化させようとしている。

「だからスペシャライズドは、剛性、重量、路面からの振動、どこがどうしなるのか、それらがどう関係しあってライダーにライドフィールとして与えるのか……ということに注目しており、『ライダーのフィードバックの数値化』、『フレームの設計はライダーにどのようなライドフィールをもたらすか』、『ライダーが感じる速さと実際の速さの関係』をテーマに研究を続けています」

歴代ターマックの乗り味が世代によってバラバラなのは、乗り味におけるスペシャ開発陣の試行錯誤が形になった結果かもしれない。今回は時間に限りがあったため深くは切り込めなかったが、おそらくターマックSL8のペダリングフィールの質向上や、エートスの上質な軽快感は、これらの知見が反映された結果なのだろう。

この世でもっとも高度な乗り物へ

今回のインタビューは、個人的に大きな収穫だった。

自転車の愛好家として、そして自転車評論を生業とする者として、自動車やオートバイなどのエンジン付きの乗り物に対して、ずっとある種の引け目を感じていた。なにせあちらは四大力学をフル活用する複雑で高度な人類の英知の結集。お馬さん何百頭ぶんの内燃機関(もしくはモーター)を積み、投入される技術の総量はもちろん、速度域もかかる応力の大きさも価格も産業の規模も、なにもかもが自転車とは比べ物にならない。空力技術だって何年も先を行く。どこかで「俺らたかがチャリンコだし」という劣等意識がないとはいえなかった。

しかし今回の話を聞いて、それが吹き飛んだ。

技術開発の最前線にいる自転車エンジニア達は、人間というファジーな要素を設計に組み入れよう足掻いている。もちろん自動車だってオートバイだって人間を含めた開発をしているだろうが、動力そのものが人間なのは自転車だけだ。自転車、特に高負荷高速域で走ることを目的としたレーシングバイクは、「人間と機械のマッチングがより重要な乗り物」なのである。それは自転車にしかない難しさであり、自動車やオートバイとは違った設計の奥深さを必要とするだろう。

なぜなら、人間は機械と違ってあまりに曖昧だからだ。あまりにアバウトで、あまりに不確か。体形、筋力、柔軟性に動きの癖、ペダリングの個性、経験、先入観が折り重なってまさに十人十色、そこに体調や気分や感情や疲れがさらにフィルターをかける。どこにも唯一絶対の正解はない。従来の人間工学とは違う階層の考察が必要だ。

“人間を設計に織り込む”―― それはまるで霞を相手にダンスをするようなものだろう。

スペシャライズドのこの研究は発展途上であることがセバスチャンさんの話から伺えたが、これが実を結んだときに、本当の意味での「いい自転車」が誕生するのだと思う。機械と人間が融合したまさにそのとき、自転車はこの世でもっとも高度な乗り物の一つになる。

軽くなって空力もよくなって、快適になって変速もよくなってブレーキもよく効くようになって、ロードバイクは行きつくところまで行きついた、とよく言われるが、とんでもない。

確かに空力や重量面では頭打ちに近づいているのかもしれない。48km/h時の空気抵抗が1W減ったとしても、フレーム重量が2g削減されたとしても、我々一般サイクリストはもはや幸せにはならない。

ただし、速さを維持したままペダリングフィールがよくなって走るのが楽しくなれば、もっともっと自転車のことが好きになり、もっともっと走りに行きたくなる。この乗り物にずっと乗っていようと思うようになる。それによって得られるメリットは、わずかな軽量化や空気抵抗削減より100倍は大きい。

要するに、我々の前方に広がるロードバイク技術未踏の地は、果てしなく広大なのだ。ロードバイクはどこまでだって進化できる。楽しみで仕方ない。

ルーベの変化と色の秘密 スペシャライズド・3 Icons試乗記 vol.2
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PROFILE

安井行生

安井行生

大学卒業後、メッセンジャー生活を経て自転車ジャーナリストに。現在はさまざまな媒体で試乗記事、技術解説、自転車に関するエッセイなどを執筆する。今まで稼いだ原稿料の大半を自転車につぎ込んできた。

安井行生の記事一覧

大学卒業後、メッセンジャー生活を経て自転車ジャーナリストに。現在はさまざまな媒体で試乗記事、技術解説、自転車に関するエッセイなどを執筆する。今まで稼いだ原稿料の大半を自転車につぎ込んできた。

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