津軽にそびえ立つ赤い山を登頂せよ! 青森・浅虫温泉「鶴亀屋食堂」
buono 編集部
- 2020年11月20日
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日本海と太平洋、津軽海峡、陸奥湾と4つの海を持つ青森県は、言わずとしれた日本有数の海産地帯。中でも大間をはじめとした本鮪は、いまや世界に誇るブランドだ。その地にある浅虫温泉は平安時代から続く温泉地として名高いが、近年は「鮪の山脈」を目指す人が多いという。その味を確かめに、陸奥湾沿いの食堂に訪れた。
各地から人が訪れる陸奥湾岸沿いの食堂
青森市の中心部から4号線を北上していると陸奥湾沖に湯ノ島が姿を現す。この辺り一帯の浅虫温泉は古くから知られている温泉地だ。その歴史は平安時代に始まり、発見された当時は織物用の麻を蒸すためだけに使われていた。平安時代末期にこの地を訪れた円光大師が、傷ついた鹿が湯治するのを見て村人に入浴を勧め、以来、人々に利用されるようになったという。
その歴史深い温泉だけでなく、周辺には茫洋と広がる陸奥湾、浅虫の街並みからオーシャンブルーまで一望できる谷地山など佳景が望める観光地としても人気が高い。その一翼を担っているのが『鶴亀屋食堂』だ。
駐車場に車を停め、外に出ると10月初旬とは思えない冷たい潮風が肌を刺す。建物は、知らなければ見逃しそうな鄙びたドライブイン。平日の昼前なのに次々と吸い込まれる県外ナンバーの車が人気を物語っている。
中に入って驚いた。だだっ広い簡素な空間の、壁という壁、天井にまで夥しい数のステッカーが貼られている。「風合瀬港 日本海本マグロ」「勝本 一本釣まぐろ」「龍飛鮪 津軽海峡一本釣」「大間沖 海峡マグロ 奥戸」。金銀、原色で彩られたステッカーに必ず入っているのが「鮪」「まぐろ」「マグロ」の文字。そして、観光と思しき客のテーブルには“赤い山脈”がそびえ立っている。
「30キロ以上の鮪はステッカーがついてくるから」
穏やかな店主、佐藤氏が人懐っこい笑顔で教えてくれた。
店は創業70年以上で、佐藤氏は生まれも育ちも浅虫。海釣りが好きで若い頃はレストランや湯ノ島で働きながら知り合いの船に乗り、大謀網で鰯や平目、真鯛や鮟鱇、スルメイカ等を釣っていた。自身でも15フィートの船に馬力の船外機を付け、一人で“海の暴走族”に明け暮れていたという。その後、親類の寿司屋で調理技術を学び、店に戻ったのは24年前。以前は普通の食堂だったが、不漁が続いたある年、市場で鮪に出合った。
「市場が終わる頃に行ったら色が出ていない鮪が余ってて。味はしっかりしているのにもったいない」
安く仕入れられたこともあり、丼にして店で出した。山のような盛りは「次の日も仕入れるから、使わないといけない」という単純な思いつきだったが、その豪快なビジュアルと抜群の鮮度が評判を呼び、今では温泉ではなく、鮪の山脈を目指して浅虫に訪れる人が増えた。
艶めく名峰“レッドマウンテン”
使用する鮪はその時季に良いもの。春夏は黄肌や目鉢、インドネシアやニュージーランド、ケープタウン等のミナミマグロ。秋から冬にかけては大間や三厩、龍飛に深浦、小泊といった地元の津軽海峡産から沖縄、銚子等、日本全国から天然ものを厳選し、一本買いで仕入れ、店で熟成させる。
「仕入れる時に状態を見てから。本鮪は活きが良すぎたら酸味が強すぎて酸っぱいのさ。大間の30kg台なら丸で4日寝かせて、柵で2日。それくらい経つと旨味に変わる」
その大間産の本マグロ丼を注文した。まず目を奪われたのは赤身とトロの艶やかなグラデーション。そして痛快な切り身の大きさ。中腹から山頂にかけて重ねられた大トロの“はらんぼ”には霜降り和牛のような脂が繊細に刻まれ、ひと口食べると、何も付けなくてもねっとり濃厚な甘みが舌に広がる。裾野に広がる赤身は程良い酸味でさっぱり。その味わいのコントラストを堪能しながら、食べれども食べれども白米にはたどり着かないが、卓上の淡口醤油と大間昆布醤油で飽きることはない。
煌めくエッジと官能的な旨味。“ひがしもの”の凄味
名峰登山さながら一心不乱にかきこんでいると、佐藤氏が教えてくれた。
「この時期ならもっと旨い“ひがしもの”があるよ」
それは宮城県塩竈港で水揚げされる、知る人ぞ知る日本一の目鉢鮪だという。
宮城県の塩釜港は世界三大漁場のひとつである三陸沖漁場を抱え、古くより国内随一の鮪の水揚げ港として栄えてきた漁港。その一帯の千島海流と日本海流がぶつかり合う三陸東沖漁場で、鮪延縄船によって漁獲される目鉢鮪が“ひがしもの”だ。秋刀魚や鰯等の豊富な餌を捕食し、秋口から冬場にかけて塩竈市魚市場で水揚げされ、鮮度や色艶、脂ののり、旨味において良質であり、冷凍保存をほどこさないものだけが認定されるブランドだという。
佐藤氏曰く、地元の宮城人も知らない人が多く、青森県で食べられるのは『鶴亀屋食堂』だけとのことだが、仕入れるきっかけは「ステッカーが欲しかったから」というから面白い。実際使ってみると、津軽海峡産の本鮪とはまた違った旨味があり、9月下旬から12月いっぱいまではまぐろ丼のメインとして提供している。
その“ひがしもの”の赤身がうず高く積み上げられた「レッドマウンテン」が運ばれてきた。エッジの立った切り身は瑞々しく、鮮やかな色は眺めているだけで食欲を刺激する。鼻に抜ける上品な香りと官能的なまでに深い旨味は、到底、目鉢鮪とは思えない。いま時季の旬は本鮪より値が張り、1本で大間が2本買えるというのも納得のクオリティだ。
「義理人情と愛情が大事なのさ」
年々高騰し続けている鮪の中でも上質なものを、原価度外視で提供できるのは、佐藤氏が仲買人と古くから付き合いがあるからこそだ。「昔からよく知っているからウチ用にいいのをとっといてくれて、安く卸してくれる。それで、向こうが売れなくて余っている魚があったら、四の五の言わず全部送ってもらって買う。そういう持ちつ持たれつの義理人情でやっているから」
50を前にして、そこに遠いところからまぐろ丼を楽しみにわざわざ来てくれる人への「愛情」 が加わったと微笑む。
その思いはどのメニューにも込められている。旬の時期には、下北半島の風間浦産の極上の無添加生海胆を敷き詰めた生うに丼、天然の淡味が存分に味わえる外ヶ浜町平舘産ヒラメ丼等、とにかく惜しまない。
「お客さんが旨いものを食べて喜んでいる顔を見るのが一番楽しいんよ」
湾岸沿いに佇む食堂に は津軽海峡の旨味と愛にあふれていた。
【DATA】
鶴亀屋食堂(つるかめやしょくどう)
住所/青森県青森市浅虫蛍谷293-14
TEL/017-752-3385
営業/9:00〜17:30(L.O.) ※11〜3月は〜16:30(L.O.)
休み/なし
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PROFILE
buono 編集部
使う道具や食材にこだわり、一歩進んだ料理で誰かをよろこばせたい。そんな料理ギークな男性に向けた、斬新な視点で食の楽しさを提案するフードエンターテイメントマガジン。
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