静寂の北竜湖でチルアウトSUP
フィールドライフ 編集部
- 2020年07月10日
ここは長野県の最北部、豪雪が豊かな森を育てる山懐。クマが棲むブナの森から流れる天水は、SUPを浮かべ、ぼくらを冷やし、焚き火を映す。ああ、なんて気持ちいい夏。
湖畔をベースにキャンプ&パドル、ときどきハイク
湖面に歓喜の声が湧き、山に当たってこだまする。
「やべー、これ楽しい!」
「風に流されちゃうよー」
キャンプ場にテントを張るやいなや、湖上へいそいそ出かけた大人たち。湖面に立つ彼らの足元にあるのはSUP(スタンドアップパドルボード)。ロングボードのうえに立って長いシングルパドルで漕ぐ、ウインドサーフィンから派生した新しいスポーツだ。
SUPはキャンプを楽しくする起爆剤である。不安定な乗り物だけにハラハラドキドキ。水に落ちる恐怖でアドレナリンがどばどば。
湖面からキャンプ場のテントを見上げれば非日常の世界へまっしぐら。そして、深い眠りを得て、翌日は体幹がバキバキに。
ここは長野県飯山市にある北竜湖。三方を山に囲まれたくぼみに、雪解け水や雨水が貯まった天然湖だ。麓の水田を潤す水瓶としても機能し、湖の東に浮かぶ弁天島には七福神が祀られる。
SUP初体験の3人は、出艇から10分もしないうちにデッキに立って、自由に漕ぎ始めた。自称運動音痴の西條優香さんもスイスイ湖面を進む。SUPは一見難しいように見えるが、ちょっと慣れればだれもが楽しめる乗り物だ。
「ボードの縁に沿って、パドルを縦に漕ぐと曲がりにくいですよ」
湖面で的確なアドバイスを送るのは、ガイドの河野健児さん。自身でSUPのブランド「PEAKS5」を立ち上げ、千曲川や北竜湖、野尻湖など長野県北部をベースにSUP体験ツアーを主催している。また地元の野沢温泉村で自作のツリーハウスを併設したキャンプベースを整備し、アウトドアですごすことの楽しみを提案する。
これまで湖面のキャンプと組み合わせる水遊びといえば、カヌーやカヤックが主流であった。しかし、リジットタイプだと持ち運びに難があり、インフレーダブルだと組み立て&撤収に時間がかかって「よっしゃー」と気合いをいれないとなかなか持ち出せない高い壁があった。
しかし、4、5年前から空気を入れるだけでスイスイ漕げる重さ10㎏ほどのインフレータブル式SUPが普及したおかげで、ずいぶんと水遊びが身近なものになりつつある。公共交通機関で移動するのも苦にならず、収納場所に困らない。荷物もいっぱい載せられる。
目新しく、なんかカッコいい。いまや学生を対象にした自然体験学習では、ラフティングやカヤックよりもSUPが1番人気らしい。
湖面を流れる風って、こんなに気持ちよかったんだ。
SUPが多くの人に支持される一番の魅力は水に近いことだ。カヤックやカヌーで一度水面へ漕ぎ出せば、じゃぼんと落ちることはできない。いや物理的にはできるが、コックピットに水が入ると復帰が困難になって危険が伴う。SUPはだれもがじゃぼんと飛び込んで、デッキによじ登って復帰できる。なんならビート板のように抱えて泳いだっていい。水と戯れるための自由な乗り物といえるだろう。夏の水遊びは、こうでなければつまらない。移動できるうえに、これほど親水性が高い乗り物はこれまでなかったのだ。
北竜湖の湖面に人間が4人立っている光景は不思議だ。湖面が大地のように見えてくる。
バランスを崩した溝田宏祐さんが、じゃぼんと湖面へ落ちると静寂の湖に歓声があがった。大きな波紋が4人を包み、岸へ向かう。当の本人はというと、今日一番の笑顔(この笑顔が2日間で一番のビッグスマイルだった)。
「いやー、きもちいいーー!!」
彼の職業は本誌などを手掛ける出版社のデザイナーだ。徹夜続きで覇気を失っていた青白い顔が、血色を帯びてピカピカと輝いているではないか。
その横では、パドルを使って水かけ合戦がはじまった。子どものころに戻ったようなはしゃぎっぷりで、なかなかテントへ戻らないみなさん。
太陽が妙高山に近づくと健児さんが焚き火をおこした。待ってましたとばかりに着替え終えた溝田さんが火を抱える。
この湿った清々しい疲労感。夏休みのプール以来だ。
パチパチと爆ぜる薪と湖面を赤く染める夕日。そして、小学校の夏休みにプールから帰ってきたときのような、ほどよい湿った疲労感。「お母さん、今日のごはんなーに?」と聞きたいところだが、キャンプメシは自分たちで作る。野外で生きるために衣食住のすべてを自分たちの手でやる。それがキャンプの核心であり、魅力だ。
ところが最近巷では、他人が用意した衣食住に依存するグランピングなるものが、流行っているようだが、あれはなにをしているのか。一切合切の責任をすべて背負い、自分で判断した一挙手一投足がすべて自分に跳ね返ってくるからアウトドアはおもしろいのであって、それを他人に押し付けては、もうなにが楽しいのかさっぱりわからない。知らない赤の他人が用意したテントに寝て、飯を食い、なにを得られるというのだろう。
健児さんの指示に従い、野菜を切り、炭に火を移す。体を動かさない人は、メシにありつけない。
鶏一羽をまるごとダッチオーブンに入れ、上下から炭で熱する。
ビールをごくごくやりながら、おしゃべりしてごちそうを待つ。いい時間だ。
全国隅々に道の駅が続々とオープンしている。あちこちのキャンプ場に泊まるキャンパーにとって道の駅はだいぶありがたい存在だ。
地元の食材を教えてくれて、その場で安く新鮮なものをゲットでき、近隣の情報収集もできる。ここ北竜湖がある飯山市にも「道の駅千曲川」があり連日大盛況だ。飯山市名産のアスパラと、雪下にんじんを茹で、そのまま齧る。うまい。塩もマヨネーズもいらない。
ビールがどんどんすすむ。道の駅バンザイ。
焚き火を囲んでSUPトーク。
健児さんは、今夏、日本百名山槍ヶ岳を源流とする犀川を仲間と下る計画を練っている。キャンプ道具一式と食料を積んでツーリングという楽しみ方もSUPにはある。
「なんか、まだ足がふわふわしてるー」
成田小百合さんが膝に手を当てて笑う。体の奥の筋肉がまだSUPの上でバランスをとろうとしているらしい。きっと明日はもっとうまく乗れるはず。
2日間、遊んでもらったこの水を遡って森へ行こう。
飯山市に酒蔵をもつ日本酒「北光」をチビチビやっていたら、てっぺんを回っていた。楽しい焚き火の宴は、寝たら終わり。寝るにはもったいない。でも早朝SUPは万全の体調で挑みたい。寝たほうがいいのに、体も眠いのに、寝たくない。キャンプの夜は、いつもこの葛藤がつきまとう。
翌朝、湖畔にひんやりとした空気が空から下りてきて、テントとSUPを夜露でしっとり濡らしていた。息が日本酒くさい。雪は湖となり、米を育て、その米は酒となり、昨晩ぼくらの中に入ってきた。そして、ぼくらはその湖へ出る。ぼけーっとした頭のなかで、水がひとつの輪を描いた。
ホットサンドとコーヒーで朝食を取り、湖にぷかぷか浮かぶ。水の上は、じつにまぶしい。もっとも陽の傾きを感じられる環境だ。
水面で浴びる朝の光は美しい。強すぎず、濁りなく、ききりと冷たく、意思があるように柔らかい。
2日間遊んでもらったこの水の生みの親であるブナ林を見たいと思った。岸にあがり、裏山の散策路を歩いてみることにした。小菅山へと続く、踏み跡を登っていく。想像していたよりもハードな急登だ。日本酒が抜けていく。
地面が枯葉でふかふかになると、そこは立派なブナ林だった。雨や雪はこの地にゆっくりゆっくりしみ込んで、何年も地中を旅して、北竜湖へ流れ込む。
オーバーナイトで、朝昼夜とフィールドにどっぷり浸かると、いろいろな発見がある。いずれも日帰りでは気づかないことだ。朝と昼と夕の湖の色、それぞれの匂い。
朝、湖に響く野鳥や動物たちの声。
眠っていた筋肉が覚醒した2日目のパフォーマンス。自然に身をおいた時間と、自然とつながるパイプの太さは比例するものなのだ。
ブナの幹にクマの爪痕をいくつも見かけた。実を食べるために登ったのだろう。クマの呼吸を森のなかに感じながらすごせるなんて、とてつもなく贅沢な時間だ。
森で汗をかいたら、またSUPに乗りたくなった。
「いまならじゃぼんと躊躇なく湖に飛び込めるよね」
「今度は奥の入江へ行こう」
こうして3人は、2日間でSUPを自分のものにした。これからはSUPと水辺があれば、自由に水辺を旅することができる。これは人類としての進歩である。
「このまえは3世代でSUPを楽しむ家族がいらっしゃいました」
ガイドの健児さんがいうように湖でのSUPは老若男女だれもが楽しめる遊びだ。そこにキャンプがプラスされると、さらに楽しみ方は幾重にも広がり、深く濃く、末長く続いていく。キャンプとSUPはすこぶる相性がいい。
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文◉森山伸也 Text by Shinya Moriyama
写真◉後藤武久 Photo by Takehisa Goto
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PROFILE
フィールドライフ 編集部
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。