ユーコンで力こぶ アラスカ4泊5日のハイキング
フィールドライフ 編集部
- 2020年09月27日
カナダの北、ユーコン準州での生活から見えてくる季節折々の日常をご紹介。 今回のテーマは「ゴールド・ラッシュの夢が残る町へ」。
文◎熊谷芳江 Text by Yoshie Kumagai
出典◎フィールドライフ No.56 2017 夏号
約2時間で行けるアラスカの港町
夏といえば海。しかし、ユーコンには北極海まで行かないと海岸線がない。したがってユーコンの人々は、海辺で時間をすごすため、シーカヤックで旅をするため、またはサーモンやハリバット(オヒョウ)といった魚を釣るために、夏、アラスカによく遊びに行く。
私もそのひとりで、ユーコンの亜寒帯のシンプルでどこか乾いた印象の森、湖、川、そして山の風景を愛しつつも、やはりときどき海や、東南アラスカのみずみずしいレインフォレストのなかでも時間をすごしたいと思うのだ。
ユーコン準州のホワイトホース市から一番近いアラスカの町はスキャグウェイという港町だ。アラスカハイウェイからサウスクロンダイクハイウェイを南西に向けて約175㎞、時間にして車で約2時間半の距離にあるので、日が長い夏には日帰りでも十分行ける距離である。
学生時代に初めてアラスカの自然に出会い、そして再訪を夢見ていたころは、自分が日々の暮らしのなかで「ちょっとそこまで」という感じでアラスカに行くことができるようになるとは考えてもいなかった。
このサウスクロンダイクハイウェイは、途中にエメラルドレイクやカナダとアメリカの国境を結ぶホワイトパスなどの絶景が見られ、また世界一小さな砂漠や、カークロスという先住民の村もあり、私にとってユーコンでお気に入りのハイウェイのひとつである。
人口1000人前後のこの小さな町、スキャグウェイは、夏と冬で表情が大きく異なる。5月下旬、アラスカクルーズが寄港する季節になると、この町は毎日大勢の観光客で賑わう。
町のメインストリートにはお土産物の店がギッシリと並び、レストランやバーもフル回転している。アラスカクルーズでは、ツアー中に船の上ですごす人々が、町に到着すると船から降りて買い物したり、マウンテンバイクツアーやラフトツアー、ウォーキングツアーなどに参加するからだ。
しかし、こうして賑わう町も、秋になり、クルーズの季節が終わるとともに、店やレストランが店じまいをし、閑散とした空気が流れ始める。ユーコンの人々も、冬にスキャグウェイに行くことはほとんどなく、そこを取り囲む自然の美しさは同じでも、夏と冬で町の雰囲気はガラリと変わってしまうのだ。
アメリカとの国境をまたぐハイキングトレイル
このスキャグウェイへはドライブで気軽に出かけるのも楽しいが、アメリカとカナダ国境をまたぐハイキングトレイルを歩くという目的がプラスされると、アウトドア感はさらに増す。
もともとスキャグウェイとユーコンは、ゴールドラッシュの歴史で深くつながっている。1896年にユーコンのドーソンシティ近郊を流れるクロンダイク川で金が発見されると、アメリカのサンフランシスコやシアトルから一攫千金を夢見る人々が船でこのスキャグウェイの港に押し寄せたのが始まり。
当時は、ここからユーコンをつなぐ道路がなかったので、カナダ国境を越えるために、人々はチルクートトレイルと呼ばれる山道を歩き、その終点にあるベネットレイクから手作りの筏でユーコン川を下ってドーソンシティを目指したのだ。
当時、カナダの政府が「人里離れた」ユーコンで人々が飢えることを防ぐため、カナダの国境を越える際には1年分の食糧や必需品を持参することを義務付けていた。
彼らの食糧だけでもひとり当たり500㎏ほどだったといわれており、それに衣類や金の採掘のための道具など加えると、じつに1000㎏もの荷物となった。そのため、人々は、片道50㎞ほどのチルクートトレイルで荷物を運ぶために何度も、何度も往復することになり、合計で1600㎞ほど歩いた人もいたそうだ。
このチルクートトレイルは現在国立公園になっており、夏は多くのハイカーが訪れる。距離は50㎞と短いが、山あり、岩場ありのため、起点となるダイーから終点のベネットレイクまでゆっくり歩くと平均して3泊から4泊の行程となる。
その間はテント泊で、食糧、キャンプ道具などすべて担いでいく必要がある。また、パーミット制で、入場は1日あたり50人限定とされている。それだけ人気があり、トレイルの保護も徹底されているのだ。
このトレイルのもうひとつの魅力は、トレイル上でアメリカとカナダの国境を越えることだろう(パスポートなどの提示、登録はハイキング前にあらかじめ必要となる)。公園の管理も、カナダとアメリカ両方の国立公園でなされている。まさにインターナショナル・トレイルなのだ。
昨年の夏には、友人のステファニーがこのトレイルを家族で歩いている。75歳になるお父さんが、昔からクロンダイク・ゴールドラッッシュの本をたくさん読み、いつかこのトレイルを旅したいと思っていたそうで、娘のマヤが9歳になったときに家族みんなで歩くことを思いついたという。
「4泊5日、毎日のように雨で大変だったけど、マヤは最後まで笑顔で歩ききったの」とうれしそうだ。「このトレイルは、とにかく景観に変化があるし、ハイカー同士もキャンプ地でずっと顔を合わせながら旅するから仲良くなるし、距離もそこまで長くはないし、家族での冒険にはもってこいだったわ」。
そして彼らは、来年の夏もまたいっしょにチルクートを歩く計画を立てているらしい。
アラスカとユーコンを結ぶ鉄道
1898年にはスキャグウェイとユーコンの間を走る鉄道、White Pass & Yukon Routeの建設も始まった。
海岸線に続く山々に囲まれたこの場所に鉄道を敷くのは不可能ともいわれ、また断崖絶壁での工事のために多くの人が命を落としたと聞いたが、それでもおどろくようなスピードで建設は続き、1900年にスキャグウェイからユーコンのカークロス、そしてホワイトホースを結ぶ鉄道が完成した。
この鉄道はやがてユーコンでの鉱業の衰退から廃線となるけれど、いまでは夏の間のみ、観光用にこの鉄道がスキャグウェイとカークロス間で走っており、かつて金鉱を目指して人々が旅した風景を楽しむことができる。
重い荷物を担いで山道を歩く人々、困難な鉄道の建設に挑む人々……。さまざまな苦労があったであろうにも関わらず、アメリカやカナダでのゴールドラッシュのイメージは、どこか明るい。それはやはり、そこに人々の一攫千金への夢があったからであろう。
今日、クルーズ船で世界中からスキャグウェイに押し寄せる観光客のうち、どれだけの人がこうした歴史を知っているかは分からないけれど、それでもこの町では当時の面影を残す建物やトレイルが、それらの人々を明るく迎え入れているのである。
熊谷芳江(くまがえ・よしえ)
カナダ・ユーコン準州ホワイトホース在住。SweetRiverEnterprises代表カヌーガイド。北に憧れ、この地に住み始めて22年。カナダでのアウトドアライフを楽しみつつ、相変わらず世界各地も旅して回っている。語学留学やカヌーツアーで当地を訪れる日本人から「屈強な姉さん」と呼ばれながら、ユーコンの魅力を伝えている。
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文◎熊谷芳江 Text by Yoshie Kumagai
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PROFILE
フィールドライフ 編集部
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。