東北縦走ツーリング|青森から八甲田、十和田湖、八幡平、盛岡へ。
フィールドライフ 編集部
- 2020年11月07日
文・写真◎佐藤拓郎 Text & Photo by Takuro Sato
出典◎フィールドライフ No.61 2018 秋号
「十和田湖あたりもまだまだアップダウンあるよ。とにかく気ぃつけてな」
十和田湖を見下ろすつづら折りの坂を必死に登りながら、八甲田山荘でのアドバイスが頭のなかでリピートされていた。「これか……」。僕はツーリング用の地図を持ってないことを少し後悔していた。
一睡もせずに早朝の上野駅から乗り込んだ新幹線は、睡魔に襲われた僕をあっという間に青森まで運んだ。まだ新しい新青森駅のトイレで着替えを済ませ、輪行袋から自転車を取り出す。まずは書店で地図を探そうと、青森市中心部に向かって走り出した。
青森県庁を通りすぎると、八甲田方面への標識が国道103号線へ右折するよう指示している。「ま、いっか」
唯一寄り道したショッピングモール内の書店では、ツーリング用の地図をみつけられていなかったが、面倒くさがりの僕は、通りすぎてしまった市街地に戻って、ウロウロする気にはなれなかった。
八甲田山はデカイ。雪のない季節にここへ来て、初めてそう思った。冬はめったに全体像を現すことのない八甲田山。その裾野は青森市街地の近くまで広がっていたのだ。
八甲田山荘のあるロープウェイ乗り場までの約20㎞を延々と登っていく。距離があるぶん、斜度10%を超えるような急坂はほとんどなく、寝不足の体でもなんとかサドルから降りることなくペダルを回し続けられた。「こんちはー。佐藤で〜す」
薄暗く静まりかえった山荘に入ると、奥の食堂でまどろむ料理長が見えた。「あれ!? どうしたんすか?」。リビングでくつろいでいた山荘スタッフが僕の顔を見て、不思議そうに椅子から立ち上がった。
「青森からチャリで上ってきたんですけど、これから十和田湖の方へ行こうと思って」「十和田湖? この時間から!?」。確かに。すでに14時半である。「とりあえず、十和田湖まで50㎞くらいですよね?」
心配を打ち消すように強がってはみたものの、地図を持ってない僕は、その言葉の本当の意味を理解できていなかった。裾野が広い八甲田は、山のてっぺんに近づくほど斜度が増す。冬はスノーモンスターを横目にハイスピードで滑り、樹林帯に入ったら静かでメローなツリーラン。両極端なのに最高なこの組み合わせが冬の八甲田の魅力なのだ。つまりひと山で二度おいしい。
城ヶ倉温泉あたりから道の傾斜が増し、平日とは思えない酸ヶ湯温泉のにぎわいと、八甲田の盟主である大岳を横目に無心で重いペダルを踏み続けると、ピークの傘松峠が見えてきた。
アオモリトドマツなどの針葉樹から、ブナやミズナラの広葉樹が道を覆うようになると、奥入瀬渓流に入った。夏に逆戻りしたような太陽に照らされてすっかり火照った肌に、一帯に漂うひんやりミスティな空気が最高に気持ちいい。
奥入瀬川に沿って走りながら、滝や切り立った岩壁、苔むした岩など、個性豊かな表情が次々と現れ、楽しませてくれる。十和田湖までゆるやかに登り続ける約15㎞もの間、これが続くのだからすごい。今日最後の登りだと思えば、不思議と脚もよく動いた。
翌朝6時、僕は十和田湖の南に位置する秋田県大湯温泉の宿で、風呂に浸かっていた。十和田湖からの想定外のつづら折りの坂にやられ、昨晩は風呂も入らず21時には寝てしまったのだった。ただ泥のように眠ったおかげで、体はすっかりリフレッシュされていた。
もうすぐ稲刈りが始まりそうな田んぼと畑、周りを山に囲まれた日本の原風景のなかを、南へ南へと自転車を走らせる。初めての土地はなにもかもが新鮮だ。秋田県鹿角市の〝鹿角〞を〝かづの〞と読むことがわかっただけでも、ずっと解けなかった謎の答が見つかったようでうれしくなる。
そこを旅することで知り得たリアルな情報で、僕のなかの平面だった地図は立体的に膨らみ、魅力的な地図が作られていく。
八幡平頂上に続くアスピーテラインに入ると、脚を休める平坦な場所のない継続した坂で、いかにもヒルクライムらしい道となった。木漏れ日と少しひんやりした空気のなかであれば、苦手な登りも悪くない。滴り落ちる汗も、いつもより幾分か気持ちいいものだ。
アスピーテとは火山関係用語で、八幡平は複数の火山から作られた火山性高原。そして火山があれば必ず温泉が存在する。ここらはいたるところで噴気や噴湯が見られる温泉天国だ。温泉好きがそんな天国をスルーするわけもなく、中腹の後生掛温泉でいったん自転車を降り、湯治客といっしょに名物の箱蒸風呂と泥風呂に体を沈めた。
アスピーテラインは着実に標高を上げていき、標高に比例して空が大きく広がってきた。決して登りが得意ではないのに、温泉効果も手伝ってか、体が意外と動く。さあ、そろそろだと思った途端、見覚えのある山と道路最高地点の見返り峠が目に飛び込んできた。
「来たな〜」。懐かしい場所に帰ってきたような、そんな感覚だ。標高1541m。最高地点の標高を見て驚いた。八甲田の傘松峠と同じくらいだとなんとなく記憶していたその標高は、実際はそれより500mほど高いものだったのだ。
中学生のころ、地図さえ持たず初めて出掛けた自転車旅行のことを思い出していた。途中で何度も道に迷い、人に助けられ、見たこともなかった川の河口の大きさに驚き、宿の公衆電話から家にいる親にそのことを伝えたことを。その一つひとつのできごとや見たものが次々と鮮明に思い出された。
必要最低限の情報だけで旅をする。そのなかで出会う景色や人、予想もできないことにこそ魅力が詰まっているはずだ。
旅の目的は答え合わせじゃない。つづら折の坂とそこから見た夕陽に染まった十和田湖の景色。ふとしたときに、初めてそれを見たあのときと同じように思い出せるに違いない。あえて地図を持たない旅もいいものだ。そう思えた東北の旅だった。
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文・写真◎佐藤拓郎 Text & Photo by Takuro Sato
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PROFILE
フィールドライフ 編集部
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。