パウダースノーの野辺山でプロに教わる雪山ライドの楽しみ
フィールドライフ 編集部
- 2021年01月23日
雪の上でこそ真価を発揮する自転車、それがファットバイク。美しい自然と上質の雪原が広がる野辺山高原で、新たな自転車ライドの楽しみを体感してきた。
文・写真◎蟹 由香 Text & Photo by Yuka Kani
取材協力◎シーナック・キャビン
出典◎フィールドライフ No.54 2016 冬号
雪上ライドはアドベンチャー感覚!
事の始まりは、小誌編集長のなに気ない一言だった。「冬の間の自転車の遊びってないよね」と。たしかに冬をオフシーズンと決めているサイクリストは多いけれど、冬だからこそ楽しい自転車というのがあるのだ。それがここ数年で人気のファットバイク。雪上ライドという新しくて楽しい世界だ。
ファットバイクはアメリカのフィールドで開発された、極太のタイヤを履かせた雪道用自転車。極寒地の氷点下での使用を想定しているので、フレームの構造はシンプル。レース向けというよりはアドベンチャーライドのための自転車として生まれた。
タイヤの太さは標準的なMTBで5㎝ほどのところ、ファットバイクは9〜12㎝と一見オートバイと見紛うルックス。しかしこの極太のタイヤの広い接地面積が、不安定な路面でも抜群の安定した走行性能をもたらしてくれる。そのため初心者でも雪上ライドを楽しむことが可能となっている。しかもこの雪上ライドを存分に楽しめる宿が、長野県の野辺山高原にあるのだ。
野辺山高原は東に八ヶ岳、西を秩父山地に囲まれた、長野県南佐久郡南牧村にある高原地帯。そんな野辺山高原には自転車乗りにとって〝スペシャル〞なペンション、「シーナック・キャビン」がある。
宿の主人は中込辰吾さんと由香里さん夫妻。なんと夫妻はMTBの全日本チャンピオン同士。しかも由香里さんはアテネオリンピックのMTB日本代表でもあり、いまだ現役のトップ選手でもある。
そんなふたりが経営するペンションには、ふたりを慕う自転車選手たちもトレーニングに訪れるほどだ。標高1300mの高地トレーニングに加え、トップアスリートのアドバイスがもらえるとあって、絶大な信頼を得ている。
ほかにも、ペンションの宿泊客を連れてのガイドツアーも行うなど、ビギナーからプロレーサーまで幅広い人たちが楽しめる宿である。
もともと神奈川県在住だった中込さん夫妻。どこか田舎で暮らしたいといろいろ調べているうちに、野辺山の豊かな自然と素晴らしい環境に魅せられて2001年にこの地に移住してきたそうだ。
野辺山を遊び尽くしたふたりのガイド付き雪山ライドなんて贅沢すぎる。そんな思いを抱きながら、「シーナック・キャビン」を訪れた。
雪上MTBはその年の雪の状態にもよるが、12月後半から3月上旬まで楽しめるそうだ。準備するものは、防寒性の高い服と靴、グローブにヘルメット。服はアウトドアのものがあれば十分で、靴は長靴でもよいとのこと。ほかに特殊なものは必要なし。今回は「シーナック・キャビン」のレンタルバイクを利用した。
体験する円ちゃんは登山、杏菜ちゃんはロードバイクが趣味のアクティブ女子同士。ふたりとも雪上ライドは初めてとあって、ちょっと緊張気味だ。それでも一面の銀世界で体験する新しいアクティビティを前に、持ち前の好奇心が騒ぎ出した。
野辺山ではペンションを出てすぐがもう遊びのフィールド。夏には一面のレタスやキャベツ畑が広がっているが、冬は一面の銀世界。極上のフィールドへと変貌しているのだ。
ここには「ヤマナシの木」と呼ばれている地元のシンボルツリーがあり、春には真白な花を咲かせるため、撮影スポットとしても人気である。
まずはこのヤマナシの木のまわりで乗り降りの練習。雪道では乗車時に負荷をかけすぎるとタイヤが空転してしまうため、なるべくソフトなペダリングが必要となる。そして一番の問題は、自分自身の心との戦い。
なんといっても雪の上。〝滑って、転ぶ〞という恐怖心が、ペダルを漕ぎだすまでの高いハードルとなる。でも今回は大丈夫。なにより隣で中込さんがていねいにサポートしてくれるからだ。
ふたりは「きゃ〜」とか「わぁ〜」とか叫びながら、なんとか乗りこなそうと一生懸命。「もっと膝を使って」などアドバイスをもらいつつ、ともかく雪上での感覚を掴むことに集中。コツが掴めて、だいぶ乗れるようになってくると、ふたりとも普段から体を動かしているせいか、すんなり走れるように。
じつはこの雪上でバランスをとることは、かなり体幹を使い、見た目以上にハードなのだ。
ファットバイクの乗り心地は、言うならばダンプ! その極太のタイヤでちょっとした雪道のデコボコもなんなく乗り越えていく。「MTBでの雪上ライドだとテクニックがないとちょっと難しいところがあるのですが、このファットバイクは初心者でも最初から雪上ライドが楽しめるんですよ」と中込さん。
ゴゴゴー、とふわふわの雪の上を自転車で進む感覚は新鮮で、ヤミツキになったふたり。飽きることなく乗り続けていた。
夜は由香里さん手作りの、栄養バランス満点でボリュームたっぷりの晩御飯をみんなでいっしょにいただいた。自転車のことやアウトドアのことで一晩中話が盛り上がったのは言うまでもない。
朝日が輝き、最高のライド日和!
翌朝は、由香里さんの案内で日の出の見えるポイントへ向かった。といってもやっぱりペンションのすぐそば。
日の出のちょっと前に部屋を出て、てくてく歩くこと10分ほどの小高い丘のような場所に向かう。ときに狐などの小動物と出会えることもあるそうだ。朝日が昇ると、日の出前の青一色の風景が一転、太陽の金色が満ちていく。美しい日の出に本当に野辺山高原の素晴らしい環境を改めて実感した。
シーナックに戻って朝食をとりながら、今日のライドの打ち合わせ。ワイワイ盛り上がる一階のリビングには、見たことのないトレーニンググッズがいくつも設置されている。興味を示したふたりが試してみると、数回試しただけで、「え〜、キツい!」と叫び声。「キツすぎて笑っちゃう」という境地に。
和やかな中込さん夫婦だが、トレーニング客として訪れた場合はどんな対応が待っているのか、気になってしまうところだ。出発の前、ペンションに設置されたハンモックを楽しむふたり。ペンションの周りがすべて遊び道具に見えてきたようだ。
2日目は雪にも慣れてきたのでペンションから6㎞ほど離れた飯盛山まで雪上ライド。JR最高標高にある野辺山駅の前を通り、野辺山宇宙電波観測所をすぎると、まったく除雪されていない山道に。勾配のある雪道はよりタイヤが空転しやすく難しいのだが、ふたりは悪戦苦闘しながらも楽しんでいた。
途中でアイゼンをつけたトレッキングの人たちに、「クマと出会うより驚いた」などと言われたりも。たしかに普通の人からすれば、こんな雪道で自転車が走れるなんて、想像もつかないはず。
平沢峠展望台まではわずかな距離だが、まったく除雪車の入っていない道は雪が深すぎる部分もあって、手強い相手。ふたりはときどき深い雪溜まりにハマってしまい、転ぶこともあったが、フカフカの雪だからのダメージは少ない。
さすがの中込さん夫妻は、そういった初心者には難しい場所をいち早く見抜いて適切
なルートを選んで走り、アドバイスをくれた。
平沢峠展望台では積雪を利用してテーブルを作り、その中央に穴を掘ってバーナーをイン! 由香里さんの用意してくれた食材を広げて、ラグジュアリーな雪上チーズフォンデュパーティに。冷えた体にはなによりのご馳走。さっき朝ごはんを食べたばかりなのに、ロケーションの素晴らしさも相まって、ぺろりと食べきってしまった。
じつはペンションを出るときに、牛乳と小豆を混ぜたものをジプロックに入れ、ホイールの間に挟んできた。理論上はこれで食後のアイスクリームができるはずだったのだが、こちらはあえなく撃沈。
凍らせることができなかったので、きれいな雪の上にかけ、小豆ミルクかき氷として楽しんだ。なんでもないことでも〝雪の上〞という環境が、すべてを特別なことにしてくれるのだ。
「じつはこんなものも用意してあるんだよ」と中込さんがバックパックから取り出したのは、プラスチック製のそり。「雪が深いからこれでも楽しいよ」と、平沢峠展望台からさらにトレッキングコースを分け入っていく。
300mほど入ったところに自転車を置いて、ここからはそり遊びの時間。初めはどれくらいスピードが出るのかわからなくておっかなびっくりだったふたりも、だんだんコツがつかめてきたのか、爽快に滑りだした。
無邪気に楽しんだあとは、中込さんによる急勾配でのお手本ダウンヒル! 間近でテクニックを見ることができるなんて、本当にスペシャルな体験だ。帰りの下り道では、由香里さんが「そろそろだれか大ゴケするかな〜」と、優しいお言葉。緩んでいたふたりの気持ちにピリリとした緊張感が戻ってきた。
中込さん夫妻は、ふたりとも子どものように無邪気!(もちろん褒め言葉) 普段から野辺山で遊び倒しているから、そのときどきでベストなロケーションを案内してくれる。なにかで遊ぼうと思ったら、その道のプロに教えを請うのが、一番の近道かもしれない。ファットバイクと雪を遊び倒した2日間となった。
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文・写真◎蟹 由香 Text & Photo by Yuka Kani
取材協力◎シーナック・キャビン
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PROFILE
フィールドライフ 編集部
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。