バックカントリーな1日in野沢温泉
フィールドライフ 編集部
- 2021年02月06日
レベルもスタイルも違う5人の滑り手が、野沢温泉スキー場へと集結。ワンデイバックカントリーツアーに、いざみんなでドロップイン!
写真◎杉村 航 Photo by Wataru Sugimura
文◎編集部 Text by Field Life
出典◎フィールドライフ No.54 2016 冬号
(左から)
有元崇浩
バックカントリーのガイドはもちろん、スキー場安全管理コンサルタントなどとしても多方面で活躍する。
吉野時男
千葉県習志野市にあるアウトドアショップ「ヨシキ&P2」スタッフ。テレマークスキーの腕前はプロ級。
新井春菜
コロンビアスポーツウェアジャパンの広報担当であり、春夏秋冬さまざまなフィールドに繰り出す。
上野岳光
テレマークスキーヤー。地元の野沢温泉をベースに広く活躍中。夏はマウンテンバイクのガイドも務める。
山口賢一
サーフィン&スノーボードを愛し、一年中日に焼けているヨコノリ男子。バックカントリーは数回経験あり。
レベルもスタイルも違う5人のスノーラバーが集結
長野の北端にあり、いまも昭和の雰囲気を感じさせる昔ながらの温泉街が残る野沢温泉村。この村が誇る野沢温泉スキー場には、冬になると多くのスキーヤー、スノーボーダーが押し寄せ、外国からのビジターも温泉街にあふれる。
毎冬、この野沢温泉スキー場で開催されているバックカントリー(以下BC)のツアーでは、日本を代表するテレマークスキーヤーの上野岳光さん、そして野沢温泉スキースクールBCプロデューサーの有元さんがガイディングを務めている。
「私、BCはほとんど初心者なんですけど、野沢温泉のBCツアーに参加しても大丈夫ですかね?」「ジョン・ミューア・トレイルを歩いた新井ちゃんだったらガッツもあるし、全然平気でしょ。しかも、マウンテンハードウェアがサポートしてるスーパーライダーの上野さんがガイドしてくれるんだから、行かなきゃもったいないよ!」
コロンビアスポーツウェアジャパンで広報として活躍する新井さんに、周りの人を外遊びに誘うことが得意な吉野時男さんは、いつもの調子でフィールドへといざないの言葉をかける。
「じゃあいっしょに行きましょう!早朝の新幹線予約しますね!」
「もうすぐで集合時間だけど、まだ来ないね。新井ちゃん大丈夫かな?」と、ツアーのプロデューサーとして、岳光さんといっしょにガイドしてくれる有元さん。
すると、そこに勢い良くやってくる人の気配が……。「ごめんなさい!!!」
全身で申し訳なさそうなオーラをまとった新井ちゃんが、時間ギリギリになって登場してきた。「大丈夫でしたか?」と話しかけたのは、黒く日に焼けた表情がトレードマークの山口。春から秋はサーフィン、冬はスノーボードと、ヨコノリ大学の模範的な生徒だ。
「じゃあ早速ですが準備しましょう。板はコレ、ブラストラックのいいやつだから、新井さんもバッチリ滑れると思いますよ。あとビーコンとプローブとショベルはこっちで、あとは……」。手際よく岳光さんが説明する。
今日体験するのは、若干のハイクアップはあるものの、あとはそこから滑ってゲレンデへと戻ってくる入門的なBCツアー。バリバリのテレマークスキーヤーである時男さんには物足りないかもしれないけれど、BCの経験が少ない新井ちゃん、ヨコノリ山口にはピッタリの内容だ。
スキーヤーとテレマーカーふたりずつ、スノーボーダーひとりを乗せたゴンドラリフトが動き出した。
スキーハイクで斜面を登っていく
「じゃあ、ここをくぐってくださいね」と管理区域境界線のロープを持ち上げる岳光さん。もちろん通常のゲレンデ利用では管理区域外へ出てはいけないが、今回はガイドツアーということで、〝裏山〞への一歩を踏み出した。
「じゃあまずはビーコンのチェックをします。ひとりずつ来てください」と岳光さん。圧雪されたゲレンデを外れて裏山に出る以上は、雪崩をはじめとしたリスクへの対策が必要となる。そのために必要な道具の使い方、さらには行動についてもツアーでは体験していく。
ビーコンチェックが終わり、岳光さんと有元さんが今日のルートを再確認。どうやら少し下って、そこからハイクアップ、そして、ゲレンデにまた戻るというプランに落ち着いたようだ。「じゃあこのままちょっと下っていきましょう」
しばらく下って、少し開けた場所に到着。4人のスキーチームはバックパックからシールを取り出す。まだシール貼りに慣れていない新井ちゃんを有元さんと岳光さんさんがサポート。時男さんは素早く貼り終え、ヨコノリ山口はスノーシューを履いたまま少し時間を持て余しているようすだ。
「ではここから登っていきます。僕が先頭を歩くので付いてきてくださいね」
慣れないシール歩行のはずが、新井ちゃんは岳光さんから離れずぐんぐん登っていく。やっぱり海外のロングトレイルで培った体力は半端ではない。新井ちゃんをBCへ誘うための口車かと思われた時男さんの言葉に嘘はなかった。
「今日は天気もいいし、歩くのも気持ちいいですね」と新井ちゃん。
高度を上げるとどんどん視界が開けていき、野沢温泉村の街並みや、名前を知らない近くの山々が目に飛び込んでくる。〝ハイクアップ〞というと、息を切らしてがんばって登っていくというイメージが思い浮かんでしまうが、景色を見ながら歩くという行為、これはスキーハイクという言葉のほうがしっくりとくるかもしれない。
ゲレンデとは違った滑りの楽しみがある
「じゃあちょっと休んだらシールを剥がして、滑っていきましょう」
疲れるほどでもないスキーハイクを終えたら、いよいよ道具も心も滑走モードへと切り替える。変わらぬ表情の岳光さんと有元さん、表情がキリッとし始めた時男さんとヨコノリ山口、対して、新井ちゃんは少し不安そうな表情を浮かべている。
「じゃあまずは僕が滑るので、あとからひとりずつ滑ってきてくださいね」。そう言い残し、谷側へとスキーを向けた岳光さん。そのままの勢いで左右にきれいなテレマークターンを描きながらスピードに乗って斜面を下っていく。
「おー、やっぱりスゴいね!」と純粋に感嘆するヨコノリ山口に対し、新井ちゃんは「やっぱりきれいに滑りますね〜」と返すが、どこかまだ浮かないようす。ゲレンデは難なく滑るものの、BCの経験はまだほとんどない新井ちゃんは、滑ることに不安が残っているようだった。
「じゃあだれから行きます? 新井ちゃん行こうか?」と最後尾から有元さん。「大丈夫、大丈夫、そんなにこの斜面は急じゃないし、ゆっくりターンしながら滑っていけば平気だから」と時男さんも続ける。
「……はい。じゃあ行きますね」と、スっと板を谷に向け、岳光さんの方へ滑りだした新井ちゃん。スピードが出過ぎないように左右にターンを繰り返しながら、慎重に滑る。
「大丈夫、その調子!」とだれかが上からアドバイス。少しだけぎこちないようすだったものの、無事に岳光さんのところへ到着した。「じゃあ次は時男さん行く?」「そうですね〜。じゃあ行きますよ」
新井ちゃんのまったりした滑りとは一転、岳光さんと同じくらいか、もしかしたらそれ以上にダイナミックなテレマークターンで時男さんが滑っていく。さすが日本代表になっただけのテレマークスキーヤー。完全に今日の参加者の平均レベルからはひとり逸脱している。
続くヨコノリ山口も、「待ってました!」とばかりにスピードに乗ってターンを決めていく。黒い肌から白い歯が浮かび上がり、とっても気持ちよさそうな表情。 BCでは滑っている時間は短いけれど、木の位置や地形などを考えながら、一本一本を大事に滑っていく。
ゲレンデでリフトを回して滑走するのもいいけれど、BCにはそれとはまた違った類の楽しみがある。
雪のダイニングでしばしの休息
「この辺がいいかな。じゃあみんなここでお昼にしましょう。バックパックを下ろしたら、ショベルを取り出してくださいね」
岳光さんの号令に従い、ショベルを手に持つ一同。「雪を掘り出して、テーブルとイスを作りましょう。みんなこの辺りを掘っていきましょうね」
岳光さんの動きを見ながら、みんな横に広がって雪を掘り始める。数分後にはアッという間に雪上のダイニングスペースが完成。さらに岳光さんと有元さんは持ってきたエアマットを膨らませ、雪でお尻が冷えないようにイスの部分に敷いてくれた。
みんなスキー場で受け取ったサンドイッチを取り出すと、エアマットに座って一斉に食べ始める。「新井ちゃん、どう忙しい? 入ったばっかりだから大変でしょ?」と、会話の口火を切る有元さん。「そうですね。まだ慣れないことも多いから大変ですけど、周りはみんないい人ですし、楽しんで仕事してますよ」
そのようすを見ながら横でにこやかな表情を浮かべる時男さん。ショップがベースの時男さんは、積極的に話すときは話し、でも人が話しているペースは決して乱さない。アウトドアの世界では珍しいくらい緩急自在な人で、だからこそ、今回の新井ちゃんのように時男さんを信用し、その奥で待つアウトドアの世界に飛び込むのだろう。
「そういえば、今日はデザートも持ってきたんです。よかったらみんなで食べてください!」と保存容器に入れた色鮮やかなフルーツを取り出す新井ちゃん。暖かな気候のなか、まるでピクニックをしているかのような気分になってくる。
厳冬期はこうはいかないけれど、春が近いこの時期なら、こうやってぜいたくな時間を過ごすことだってできる。
BCという言葉通り、今日はまさに裏山に遊びに行くというような感覚で、歩いて、滑って、話をして、雪の上の時間をみんなで共有し、山を楽しんでいる。
自然の中にいる。ただそれだけで十分
サンドイッチを食べてみんなまったりし始めたころ、有元さんからこんな提案が。「時間もあるし、せっかくだからプローブを使う練習をしようか。使ったことないでしょ?」。かくして午後のプローブの講習が始まった。
今日はガイドという役割だが、有元さんは雪山での安全管理に関するエキスパート。スキー雑誌などでもよく執筆を行っている。
「まず、プローブを出すときは空中に放り出すように。そうしたら手前の輪を引っ張って。そしたらもう組立て完了。体で覚えられるように、ちょっと練習してみてね」
プローブを組み立てる練習、そして、雪面に突き刺して雪の深さを図るなど、一通りのレクチャーが終わったら、また滑れるように準備して、雪面をゆっくり移動していく。適度な斜度のある斜面に出たら、「じゃあひとりずつ!」を何度か繰り返し、平らな雪の道に出た。
「ここから少し歩いたら、もうスキー場ですよ。あとはゆっくり歩いて帰りましょう」と岳光さんがみんなに話す。バックカントリーはほぼここで終了。あとはゲレンデへ戻るだけだ。
少し歩き始めたところで、時男さんがふいに立ち止まって、これまで滑ってきた山肌を見つめている。なにか落としたのだろうか?
「新井ちゃん。やっぱり山にいるのって気持ちいいよね。なんにもしなくたってこうしているだけでいいんだよね」「そうですね。思い通りには滑れなかったけど、すごく楽しかったです」
今日のコースは、参加者のレベルに合わせたこともあり、ダイナミックに滑走できるところはあまりなかったし、急斜面もなかった。どんな難コースだって滑ってしまいそうな時男さんにとっては、物足りなかったのではないかと、他のみんなは思っていただろう。でも時男さんにとっては、それはそんなに重要なことではなかった。
移り変わる景色を眺めながら、空気を吸い、山を移動する。それは登山であり、スキーだってやっぱり登山と同じ楽しみがあるんだと、改めて感じさせられた1日になった。
気持ちのいいパウダーを滑るだけじゃない、BCの魅力。それを時男さんはもともと知っていたし、新井ちゃんも身をもって感じたはず。ついでに、ヨコノリ山口も。
スキー、テレマーク、スノーボードとスタイルが違ったって、滑りの経験値やレベルがまったく違ったって、みんな同じ楽しみを感じることができる。やっぱり山や自然はみんなに平等な喜びを与えてくれるのだ。
「あー、駅まで行くバスが着ちゃうんで、私はここで失礼します! 本当にありがとうございました!!」
野沢温泉に来たのに、ゆっくり温泉にも入れず、急いで東京へと戻っていた新井ちゃん。
でも、歩いて、滑って、休んで、学んで、自然を感じて……。1日でやれることを存分にやり尽くした新井ちゃんの表情は、朝、到着した時の恐縮しきった顔からは180度違う、キリッとした表情へと生まれ変わっていた。
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写真◎杉村 航 Photo by Wataru Sugimura
文◎編集部 Text by Field Life
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PROFILE
フィールドライフ 編集部
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。