北信の豪雪地帯でスキー彷徨|新潟と長野を行ったり来たり
フィールドライフ 編集部
- 2021年03月21日
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信越トレイルの名で親しまれる関田山脈は、日本有数の豪雪地帯でもある。新潟と長野の県境をなすこの山脈を、スキーを履いて行ったり来たり。悪天候に翻弄された、2泊3日の旅の記録。
文◎伊藤俊明 Text by Toshiaki Ito
写真◎小橋 城 Photo by Joe Kobashi
フィールドライフ No.58 2017 冬号
ローカルガイドを頼りにバックカントリーに行こう
バックカントリースキーといえば限られた上級者の世界と思われるかもしれないが、そんなことはない。
そもそも「バックカントリー」とは、整備されたスキー場などのエリアに対して、その「裏(外)側の場所」を指す言葉だ。だから、アウトドアブランドの広告写真のようなエクストリームな山だけでなく、近所の優しい里山も、そこが人の手で管理されていなければ立派なバックカントリーである。
スキー場とバックカントリーではなにが違うのか。ひと言で言えば、安全性と利便性だ。
スキー場は、人が滑りやすいように整備されている。じゃまな木は切り倒してあり、多くの人が滑るメインのコースは毎日きれいに圧雪される。分岐にはわかりやすい標識があり、危険な場所は立ち入りが禁止される。
寒くなったり疲れたりしたら暖房が効いたレストランで休めばいい。そしてなにより、山上に向かうためのリフトやゴンドラがある。
一方のバックカントリーは、人の手が加わっていない自然の雪山だ。
滑るためには、まず登らなくてはいけない。雪崩のリスクもある。無事登っても、滑りやすい斜面が待っているとは限らない。樹林帯では木がじゃまするし、天気が変われば雪質も変わる。こう書くといいことがなさそうに見えるが、こうしたリスクを引き受けた先には、多くの人が虜になり、冬を、
雪を待ちわびるほどの大きな見返りが待っている。「Earn Your Turn」という言葉がある。自分がターンしたい分は、自分で稼がなければいけないという意味だ。ハイクアップは楽ではないが、雪景色は美しく、標高とともに滑走への期待が高まっていくのも悪くない。
斜面の状態や雪質によって思うように滑れない日もあるが、最高の雪が積もった極上の斜面に出会うこともある。一日の終わりに感じる満たされた気分は、ほかのだれでもなく自分で掴み取ったものだ。山に登ったり、アウトドアで遊ぶ人には、この感覚はよくわかると思う。
さて、バックカントリーは一部の上級者だけの世界ではないが、雪山を滑ったり、そこですごしたりするにはそれなりの経験と技術が必要になる。ただし、自分の力に自信が持てなくてもあきらめる必要はない。
ガイドの助けを借りればいいのだ。
雪に恵まれた日本にはレベルに応じて楽しめる場所がいくらでもあり、地域ごとに、そのエリアに精通したガイドがいる。ガイドは、雪崩などのリスクを避けて、ゲストのレベルに合わせた「いい場所」へと連れて行ってくれる。その山を思う存分楽しみたければ、ローカルガイドを頼るのがもっとも手っ取り早い。
という訳で、新潟県の妙高高原を拠点に活動するインフィールドの中野豊和さんを訪ねた。行き先は関田山脈。信越トレイルの名で知られ、新潟と長野の県境に横たわるこの山脈をスキーでさまようのだ。
新潟と長野を股にかけるスキーの旅
計画はこうだ。
初日は鍋倉山を滑り、長野県側のなべくら高原・森の家に宿泊する。
2日目は稜線を辿って新潟県側のキューピッドバレイスキー場を目指す。
3日目はふたたび稜線を超えて、長野側に滑り下りる。最後は千曲川沿いを走るJR飯山線で桑名川駅まで戻り、森の家に預けた車をピックアップする。泊まる場所は確保したが、途中の行動は天気や雪の状態を見て決める。県境を縫うように、新潟と長野を行ったり来たり。良さそうな斜面があれば滑ってみるつもりだ。
楽しい旅になりそうだった。
メンバーは4人。紅一点の「タムタム」こと田村若菜さんは、妙高でスキースクールのインストラクターをしている。アウトドア専門学校の講師も務める中野さんの元教え子で、旅の計画を話すと「行きたい」と手を挙げた。中野さんのガイドで関田山脈に出かけるなら、カメラマンは小橋城さんをおいて他にはいない。
鍋倉山をテーマに撮影を続けていて、来年には写真展も行なう予定だ。中野さんはスキーヤーとして、しばしばその作品に登場している。
雪が降るなか、シールを張って温井の集落をスタートした。青空を期待するのは難しそうだったが、予報では曇りに変わるはずで、そうなることを期待していた。
小橋さんの話を聞きながら登る。
鍋倉山にも一時期スキー場開発の話があったが、住民と当時の市長がその計画をストップしたのだそうだ。
雪を蓄え、水を育むブナの森を登る。
鍋倉山はブナの山だ。建材には向かないブナは木材としての利用価値は低いが、保水力が高く、大量の降雪を地面にとどめて麓を潤す。ここに暮らす人々は、経験的にその価値を知っていたのだろう。
「この山はそのころから変わらなくて、俺が死んだあともたぶん変わらない。ブナの木が倒れたりすることはあるかもしれないけど」
スキーがきっかけだったが、通い続けるうちにたくさんの人と出会い、いろいろなことを知ったと教えてくれた。ただ登ったり滑ったりするだけでなく、麓に住む人たちと山の関わりにまで深く踏み込んだ小橋さんの話はとても興味深かった。
山頂までもう少しだが、さっきからしつこいガスに包まれていた。これでは滑っても楽しくないし、なにより撮影ができない。風を避けられる場所を見つけて待機するも、回復する気配はなかった。
山頂はあきらめて、一瞬の隙をついて滑る。降雪と低い気温で、北斜面の雪は3月とは思えないコンディションだった。これで天気がよければいうことないんだけど……。
シールを張って登り返すと稜線に沿って雪庇が連なっていた。この山脈が衝立てのように大陸からの寒気を受け止めているのがわかる。雪庇を乗り越えると県境を跨ぐ。
「はい、新潟に入りました」
お約束のようにだれかがおどけた。
話のタネに新潟側も滑ってみたかったが、そろそろ時間切れ。ふたたび長野に引き返す。明日に期待だ。
朝から晴れて山もきれいに見えていたが、午後からまた雪になるという。予報が後ろにずれたようで3日間とも悪くなる可能性が出てきた。
3月は天気を読むのが本当に難しい。晴れれば春の陽気だが、ひとたび崩れると真冬に逆戻りする。海の向こうからやってくる寒気が最初に雪を降らせるこの山では、地上の予報はなおさらあてにならないようだった。嫌な予感を胸に、シールを張って森の家をあとにした。
雪に埋もれた田んぼを歩き始める。
歩き始めてみると、意外とスムーズに稜線に上がれそうだった。しかし、もう少しというところでふたたびガスに捕まった。がっかりというか、やっぱりというか。どうして悪い予報ばかり当たるんだろう。
今日は宇津ノ俣峠に登り、伏野峠を経て、新潟県側のキューピットバレイスキー場を目指す。
タムタムは頻繁に地図を見ていた。
神奈川県出身の彼女は地元の自然学校で働いていたが、山のことがもっと知りたいと妙高のアウトドア専門学校に入学した。卒業後も妙高に残り、冬はスキーのインストラクター、夏は宿の管理人をしている。
「この辺にブナの原生林があるみたいなんですが……」
伏野峠に向かう一帯には樹齢300年を超えるブナの大木が残っているようだったが、昨日よりも濃密なガスが、ベールのようにあたりを覆い隠している。晴れていればさぞかし、と思うと悔しくてならない。
滑ったり、登り返したりするつもりだったのでタフな一日を覚悟していたが、気持ちいいはずの斜面も泣く泣く諦めて先へと進む。滑らない分、足取りは順調(?)だった。
麓は晴れていても、稜線はいつもガス。県境に連なる山脈は、ぬか喜びさせるツンデレ山だった。
休憩がてら作戦会議。天気が悪いいまは先を急ぎ、ワンチャンスに賭けようということになる。勝負は新潟側に滑り下りる最後の斜面だ。
ここぞと思う場所に狙いを定め、ふたたび停滞。2日目ともなれば手慣れたもので、おのおの雪を掘って快適な椅子をつくる。中野さんと小橋さんは途中で見つけた斜面を話題にしている。また、新しい作品が生まれそうだった。タムタムはふたりの会話に耳を傾けている。僕は僕で、滑れなかった斜面を思い返していた。
今回は残念だったが、またいつか、できれば来シーズン(今シーズンのことだ!)リベンジしたい。
ギリギリまで待ったが、ガスは晴れなかった。視界が悪いなかスキー場へと滑り込む。冷え切った体に温泉の熱い湯が心地よかった。
最終日も快晴で迎えたが、スキー場のインフォメーションはリフトトップで25㎝の積雪を伝えていた。しかも、リフトを下りるとふたたび真っ白なガス、雪、そして暴風。迷わず撤収を決めた。
バスと電車を乗り継ぎ、森の家にクルマを取りに戻る。地元の人らしいバスの運転手は、この時期の山はずっと雲のなかだよと教えてくれた。
「今日は初めて、山に帰りなさいと言われているような気がしました」
とタムタムがつぶやいた。麓に下りるとふたたび晴れ間が見えた。
「どんだけツンデレなんだよ」
だれかが言って、4人で笑った。
「スキーの方が早かったね」「最後の最後にローカル線の旅とは」
中野豊和
インフィールド主宰。新潟県妙高高原を拠点に冬はスキーガイドとテレマークスキーの講習を行なう。日帰りからオーバーナイトまで、旅心あふれるツアーを得意とする。日本山岳ガイド協会認定スキーガイドステージII。www.in-field.com
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文◎伊藤俊明 Text by Toshiaki Ito
写真◎小橋 城 Photo by Joe Kobashi
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PROFILE
フィールドライフ 編集部
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。