北アルプスのさいはて、雲ノ平まで
フィールドライフ 編集部
- 2021年07月03日
INDEX
長い、長い、道のりだった。歩いて、歩いて、進み続けた。山小屋に泊まりながら、新穂高温泉~折立を縦走する3泊4日。忘れられない、夏の終わりの山旅。
文◎山畑理絵 Text by Rie Yamahata
写真◎後藤武久 Photo by Takehisa Goto
出典◎フィールドライフ 2019年夏号 No.64
山小屋をつないで3泊4日
ルート
- DAY1:新穂高温泉-<1時間20分>-わさび平小屋
- DAY2:わさび平小屋-<4時間10分>-鏡平山荘-<2時間10分>-双六小屋-<1時間10分>-双六岳-<1時間5分>-三俣蓮華岳-<45分>-三俣山荘
- DAY3:三俣山荘-<1時間30分>-鷲羽岳-<1時間>-岩苔乗越-<2時間40分>-高天原山荘-<1時間30分>-高天原峠-<2時間>-雲ノ平山荘
- DAY4:雲ノ平山荘-<2時間40分>-薬師沢小屋-<2時間45分>-太郎平小屋-<3時間10分>-折立
アクセス
行き:バスタ新宿から高速バスで新穂高温泉まで約5時間10分。
帰り:折立からJR富山駅まで直通バスで約2時間(季節運行)
マップ
10年越し、憧れの “さいはて” を目指して
「雲ノ平で逢いましょう」
これは2009年秋に発行された本誌『フィールドライフ』に掲載された特集のタイトルである。山岳専門誌『PEAKS』、女性のためのアウトドア誌『ランドネ』の3誌合同企画として、3チームが異なるルートで雲ノ平を目指し、落ち合って宴を楽しむという企画だった。
当時、私は音楽プロダクションを辞めてアウトドアショップに転職。山にどハマリしはじめたころで、お店に納品されたこのフィールドライフを手に取り、食い入るように読んだのをいまでも覚えている。日本にこんな場所があるなんて……。やっと奥武蔵や奥多摩の低山を登れるようになった私にとって、雲ノ平への道のりはとても衝撃的な光景だった。
あれから10年。すくすくと山女子に育った私は、ますます山歩きにのめり込み、日本各地の山へ出かけるようになった。あるときは高い山のてっぺんを目指し、またあるときは山小屋のおいしいごはんを楽しみに。ときにはテントを背負って長い距離をのんびりと歩いたり、早起きをして近所の里山の山頂でコーヒーを飲んでから仕事に出勤したり。山歩きは生活の一部になっていった。
「今年は私の山歩き10周年。さて、どこへ行こう?」
そう考えたとき、真っ先に浮かんだのが雲ノ平だった。いつか歩いてみたい。それを叶えるのは、まさにいまだと思ったのだ。
そうと決まれば、地図とにらめっこ。どこから入ろう? 経由地はどうする?
雲ノ平への最短ルートは、富山県側からアプローチする折立登山口のピストン。車で向かえば帰りも楽ちん。魅力的だ。でも、今回は “アニバーサリー登山” なわけだし、時間はかかってもドラマチックなルートを辿ってみようかな。
こうして、北アルプスのさいはてを目指す山旅が幕を開けたのだった。
1日目は、新穂高温泉から1時間20分のところにあるわさび平小屋まで歩く。なんせ今回の行程は3泊4日。長旅になるから、まずは足慣らしが必要でしょ。というのは建前で、本当はひさしぶりのロングルートに弱腰気味だった。
「そういえば、2泊以上の山行ってしたことないや」
アニーは、グイグイ歩ける健脚型。けれど、意外にも3泊は初めてとのこと。これから先、いったいどんな心境と景色が私たちを待っているのだろうか。
*
翌朝、4時にぱっちり目が覚めた。今日は三俣山荘まで約10時間のロングハイク。いつも朝は少食だけれど、今日ばかりはしっかり食べて、気合いを入れる。空は次第に明るくなり、出発するころには見事なまでの青空が広がった。
「いまから双六岳に登るの? あなたたちはラッキーね。山小屋の人に聞いたんだけど、今日は3週間ぶりの晴れ間らしいのよ」
道中すれ違ったご夫婦がそう教えてくれた。なんでも、そのご夫婦は1週間かけて北アルプス界隈を歩いていたそうで、下山する今日になって、ようやく「はじめて太陽を見た」んだとか。よしよし、幸先のいいスタートだ。
今日は3週間ぶりの晴れ間だなんて、私たちツイてる!
大絶景の広がる鏡平と双六小屋で足を休めたのち、稜線ルートで双六岳の山頂を目指す。今回のルート上で踏む、最初のピークだ。
「なんでこんなにずっと景色がいいんだろ」
鏡平山荘から先は、とにかく眺望のいいトレイルが続いている。今日は景色も天気も申し分なし。だれもがうらやむ登山日和だろう。足取りはこの日の爽やかな風のように軽やかだ。
双六岳を過ぎ、三俣蓮華岳へ向かう稜線を歩いていると、アニーがあることに気が付く。
「ねえ、あの赤い屋根ってまさか」
「雲ノ平山荘?」
顔を見合わせて地図をのぞき込む。あぁ、間違いない。いま見えているあの赤い屋根は、雲ノ平山荘だ。
「明日のいまごろ、あの場所にいるのかぁ」
ここから眺める限り、まだまだ道のりは遠い。けれど、あの場所にみんなが天国とか楽園だと称賛する場所が存在しているはずだ。
「さて、今日のゴールまでもうひと歩き!」
「夜ごはん楽しみ~」
「今日の山小屋はジビエシチューが名物らしいよ」
「ワーイ! ますますやる気出た」
私とアニーは三俣山荘を目指し、再び歩き出した。10 時間にも及ぶ長い行程に戦々恐々としていた今朝の記憶は、いつの間にかどこかへ吹っ飛んでいた。
山は深まり、電波とサヨナラ。この先にだれもが憧れる“さいはて”がある
小屋での夕食後、部屋に戻りゴロゴロしていると、なぜか周囲が騒がしい。みんな小屋の外へ出るので、私とアニーもそのあとを追う。
「おぉー! まっかっか!」
夕日が鷲羽岳の斜面を照らし、昼間とは違った光景を織りなしていた。うっとりするくらい、美しいアーベントロート。山に泊まらないとお目にかかれない、至極のご褒美。
「いよいよ明日だね」
新穂高温泉を出発して丸2日。それまで3週間ものあいだ、雨が降り続いていたとは思えないくらい晴天に恵まれている。
雲ノ平まであと少し。明日もいい日になることを願い、私たちは早めに布団に潜りこんだ。
いよいよ秘境の核心部へ
迎えた3日目の朝。今日はとあるところを経由してから雲ノ平山荘を目指すことにした。山のオアシス、高天原温泉だ。
その前に、まずは目の前にそびえる鷲羽岳へ。本当は登らなくても高天原へ行けるけれど、空に延びる稜線を目前にしたら、なんだか登らずにはいられなかった。
「ふぅーっ」
振り返ると、さっきまでいた三俣山荘がどんどん小さくなっていく。こうして改めて周囲を見渡すと、本当に山深いところまでやってきたんだな、という実感が湧いてくる。電波はほとんど届かなくなり、スマホを触るのは写真を撮るときだけ。下界では片時も離せなかったはずなのに、山へ来るといとも簡単にデジタルデトックスができる。
1時間半かけて登った鷲羽岳を、1時間かけて下り、岩苔乗越へ。
そこからさらに3時間ほど下ると高天原温泉が待っている。
「あ~、さっぱりした!」
3日間分の汗を流し、高天原山荘でお昼休憩。すると、外のベンチで小屋番のお兄さんが木を掘ってなにかを工作している。今日も日差しはジリジリと暑いほど注いでいる。ひさしぶりに続いている貴重な晴れ間を、めいっぱい味わっているんだろうな。
再びトレイルに戻り、歩くこと3時間半。ついに雲ノ平山荘が見えた。昨日はものすごく遠くに感じた山荘も、いまは目と鼻の先だ。
「やっと着いたー!」
思わずアニーとハイタッチ。天候が味方してくれたこともあり、ここへ来るまでの3日間、足の疲労を感じることはあっても、辛い時間はまったくなかった。こんな縦走ははじめてかもしれない。
食堂でコーヒーを頼み、テラスでひと息。双六小屋や三俣山荘ほどの派手な景色ではないものの、優しい山容に囲まれたこの空間はとても静かで、心が和む。
毎日が旅のハイライト。ずーっと気持ちよくて、ずーっと心地いい
3泊4日、歩行時間にして時27間以上に及ぶロングな山旅も、雲ノ平に到着したということは終盤を意味する。たどり着いてうれしい反面、「明日終わっちゃうのか……」という寂しさが込み上げる。どうやらアニーもおなじ気持ちだったようで、「もっと歩ける気がしてる。何泊でもできそう」と、ポツリ。
夕食前、周辺の木道を散策することにした。このハイマツ帯には雷鳥が棲んでいて、歩いていると側で5、6羽顔を出してくれた。
穏やかで静寂な日没。いま、山旅最後の夜を迎えようとしている。私たちは木道に立って、北アルプスの “さいはて” に流れるスロウな時間に身を任せた。
この3日間を振り返ると、ずーっと気持ちよくて、ずーっと心地よかった。毎日が旅のハイライトだったと思う。
ここへ来て、ひとつ変わったことがある。雲ノ平には、この10年間「一度は行ってみたい」と、ずっと思ってきた。けれど、実際に来てみたら、「何度でも来たい」そう強く思う場所に、私のなかで変わっていた。
1st Day 山小屋 <わさび平小屋>
わさび平小屋
標高:1,400m
収容人数:60名
営業期間:6月10日~ 10月20日
宿泊料金:1泊2食¥9,000
TEL.0577-34-6268(9:00 ~ 18:00)、
現地電話/ 090-8074-7778
2nd Day 山小屋 <三俣山荘>
三俣山荘
標高:2550m 収容人数:80名
営業期間:7月1日~ 10月15日
宿泊料金:1泊2食¥10,000
TEL.0263-83-5735、
現地衛星電話/ 090-4672-8108
3rd Day 山小屋 <雲ノ平山荘>
雲ノ平山荘
標高:2,600m
収容人数:70名
営業期間:7月10日~10月10日
宿泊料金:1泊2食¥10,000
TEL.046-876-6001、
現地衛星電話/ 070-3937-3980
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- CREDIT :
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文◎山畑理絵 Text by Rie Yamahata
写真◎後藤武久 Photo by Takehisa Goto
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PROFILE
フィールドライフ 編集部
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。
2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。