スイスアルプストレラン紀行 Onとハイジのふるさとへー山岳大国の短い夏をひた走るー
大垣柚月
- 2022年10月12日
木造の小屋が立ち並ぶ里山から、標高3,000mを超える山々まで。目にした異国のアウトドア文化や絶景のなかでのトレイルランニングをレポートします。
一通のメールから始まった3年ぶりの海外旅
突如として地球全体に現れた得体の知れないウイルス。このウイルスは海外への精神的距離を遠ざけるという社会的な症状も持ち合わせていたのかも知れない。海外に行きたくても行くことができない月日は、カレンダーを何枚もめくり、気がつけば2年が経った。そんなある日の朝、一通のメールが届いた。
「大垣さん、今度スイスでトレランのツアーがあるのですが、よかったら行きませんか?……」ん!これは、いったい現実なのだろうか。寝ぼけ眼でスマホに開いたメールは夢だと思って、ひとまず二度寝した。しかし、その後しっかり起きてPCで見ると、やはり本当なのである。
海外に行けるということに驚きが隠せなかったのだが、なんといっても私は小学生のころに観て以来、「アルプスの少女ハイジ」が大好きで、学生時代はあのオープニング曲が吹けるようになりたい!とオーケストラ部でフレンチホルンをやっていた生粋のハイジ好き。その舞台となっている国でトレランができるだなんてこんな嬉しい話はない!すぐさま上司に相談をして、このツアーに参加することになったのだった。
しかし忙しさを理由に「スイスといえばハイジ」からなにも進歩がないまま出発日を迎えてしまった。マッターホルンなどはイメージがつくが、スイスでトレランをするといわれても、あのアニメ作品のなかで自分が走っている絵しか想像できなかったのである。それが覆されたのは飛行機の中でだった。成田からはスイス航空の直行便で14時間半。通常であれば12時間で着くのだが、ロシア情勢の影響で遠回りをする必要があった。
その時間をWi-Fi依存の私がネット環境なしにすごすのは至難の技(有料でWi-Fiを繋ぐことはできるが、断念……)。バッテリーが許す限りPC作業をし、本を2冊読んで、2、3度寝ても時間があったので、座席のモニターで映像を見ることにした。映画の気分でもないので、スイス観光局の観光ムービーを選ぶと、そこに映されたのは、とんでもなくきれいな景色だったのである。
氷河をまとった美しい山々の先には湖があり、道中では牛がカウベルを鳴らしながら草を食べ、可愛らしい木造の小屋が並ぶ里がある。こんなにきれいな場所にこれから行くのか。そしてその景色のなかを自分の足で走ることができるのか。こうしてスイスに着く2時間前にようやくそのうれしさが実感をともなって湧き出てきた。
スイス第一の都市、チューリッヒに降り立った。今回のメールの送り主は、クッション性のある特徴的なソールのシューズを筆頭に、ジャケットやパンツなどのアイテムを手掛けるスイス発祥のブランド、On(オン)からだった。これからスイス観光局とオンによる、トレイルランニングを楽しむツアーが始まる。旅のはじめにはオンの本社へ。
チューリッヒのメイン駅からトラムに揺られて10分ほどで到着したオフィスには、山や木、岩をあしらったオブジェがあるほか、屋上のテラスにはお花やハーブが植えられており、裏山の景色を楽しみながら仕事ができるそうだ。ここで今回の旅の相棒となるシューズやウエアを受け取った。この旅では、オンのアイテムの魅力についても紐解いていければと思う。
その後、ツアーの拠点となるサンモリッツへ電車で向かった。途中、車窓からはサイクリングを楽しんでいる人や、川や湖でSUPやカヤックをしている人が見えた。季節は夏。スイスは夏が短いそうで、貴重な季節をアウトドアアクティビティで楽しみ尽くそうとみな必死なのだという。車窓は街から山間部へと移動していく。牛がいる景色や渓谷沿いから見る山々は、まさにハイジの世界そのものだった。
Piz Nair ピッツ・ネイル
オンの創業のきっかけとなった街、サンモリッツはスイス南東部に位置するのどかな街で、ウィンタースポーツも盛ん。ついた初日は1周1㎞ほどのコースに、スラックラインや岩場のステップなど、トレランを楽しむための仕掛けが数多く用意されている「ラ・プントトレーニングパーク」で脚慣らしをした。
その翌朝向かったのが、標高3,056mの「ピッツ・ネイル」。街のハウスマウンテンと呼ばれており、ゴンドラで標高を上げて少し走った先にある「アルブ湖」は、周りの山々の美しさはもちろん、透きとおった水がきれいで、高地トレーニングをするランナーで賑わっていた。5~6周走ったのだが、あまりのきれいさに思わず泳いでしまったほど。ただ、やはり酸素が薄いので走ると息が上がる。
そこからさらに標高を上げると山頂に着くのだが、標高3,000mを超えたところまで、ゴンドラやロープウェイで行くことができ、当たり前のようにレストランがあることに驚かされた。さすが山岳観光の国、スイスである。もちろん山頂までトレイルがいくつも整備されているので、乗り物に乗らずとも行くことができる。
Maloja マローヤ
ピッツネイルを登った日の午後は電動のマウンテンバイクでサンモリッツの街を散策した。メインストリートのすぐ近くにトレイルが張りめぐらされており、トレランやハイキングはもちろん、マウンテンバイクや湖水浴、キャンプを楽しむ人々でに賑わっていた。次の日は、街の中心部から車で30分ほどの村、「マローヤ」へ。ハイマツがあたり一面を埋め尽くし、奥には湖が見える急勾配のアップダウンを超えた先に、美しい里が出迎えてくれた。
ダウンの標高差は耳に違和感を覚えるほどで、通った道を振り返って見ると、そのまま仰け反りかえりそうだった。日本では見たことがないような色の岩肌や景色の奥行き感もスイスならでは。途中には牧場もあり、トレイルには牛のフンも多数見られた。ゴール地点はまたしても湖。観光地のピッツネイルより穏やかな雰囲気で、まるでプライベートビーチのよう。ここでお昼ごはんのサンドイッチを食べたのだが、体を動かしたあとに絶景を見ながら食べるごはんは格別。帰り道には大きなダムがあったのだが、ダムの壁面をボルダリングの壁にしている発想もおもしろかった。
Muottas Muragl ムオタス・ムライユ
マローヤへ行った日の午後は街の中心部から10分ほどのところにあるムオタス・ムライユへ。リフトの終着駅からランニングスタート。山を越えていくコースもあったのが、私が選んだのは山を迂回するように作られたトラバースのコース。10㎞ほど走った先にある100年以上歴史のあるホテルがゴール地点だ。
氷河がきれいな山や遠くまでいくつも連なる湖がとても美しく、終始気持ちがよかった。勾配が少なく、走っても走っても絶景しか出てこないので、次の景色を見たいがために、ずっと走っていられた。途中、運よくマーモットの群れにも遭遇してほっとひと息。
到着したホテルでは、民族衣装を身にまとった老夫婦が絶景をバックにアルペンホルンの演奏をしていた。試しに吹かせてもらうと、自分でも驚くほどすんなり吹けてしまい、周りの観客から拍手をもらった。「スイス国籍を取ったほうがいいわよ!」そう言われて、学生時代のがんばりが10年の時を経て報われたような気がした。ホテルの廊下には建設当初の100年前のモノクロ写真が飾られており、日本との時代感の違いに驚きすぎて、呆然と立ち尽くしてしまった。
スイスの夏は昼夜の寒暖差が大きく、サンモリッツの夜の気温はわずか5℃、だが日中は28℃といった具合。サマータイム期間なので、朝は6時ごろから明るくなり、夜は20時になっても明るかった。今回のツアーでは1日に約20㎞を走った。走ることはそこそこ日課だが、海外でのランははじめてのこと。しかも、普段そんな距離を走ることのないゆるゆるランナーは、出国時に多くの人に不安を漏らしていた。
しかし現地に着くと、走れることへのよろこびや楽しみに心が入れ替わっていた。それもそのはずで、見渡す限り景色がとにかく美しいのだ。この美しさを乗り物のスピードで通りすごしてしまうのはもったいない。自分の足で大地をしっかりと踏みしめながら、次の景色を見に行きたい。そう切せつに感じ、オンのアイテムを身につけて山道を走った。
オンのシューズは〝クラウド〞の名がつくとおり、雲のように軽かった。そして、どんな岩場や斜面でも心強い安定感があった。それもそのはず。商品開発の際、テストされるのはもちろんこのヨーロッパアルプス。急峻な山々でテストを重ねたシューズだからこそ、どこへでも走っていけるのだろう。そんなことを思いながら、スイスの風を切って山を走ったこの経験は深く私の心に染み付いた。
アフターツアーで出合った美しい風景たち
グリンデルワルト
チューリッヒ
今回お世話になった商品をピックアップ「おすすめしたいオンのアイテム」
写真右、「パフォーマンスT」は薄くて軽く、さらっとした質感のランニング用Tシャツ。速乾性が高いので、夜のうちに洗濯をすれば、翌朝には乾いており、トレランが続いた今回のツアーでも毎日着ることができた。写真左のシューズは「クラウドベンチャーウォータープルーフ」。ソールのクッション性とグリップ力が高く、トレランにはうれしい防水仕様で、岩場や斜面、水たまりはもちろん、かなりの頻度で落ちていた牛のフンも軽快に交わすことができた。
- BRAND :
- フィールドライフ
- CREDIT :
-
文◎大垣柚月 Text by Yuzuki Ogaki 写真◎Filip Zuan, 大垣柚月 Photo by Filip Zuan & Yuzuki Ogaki
Special Thanks ◎On オン、Switzerland Tourism スイス政府観光局
SHARE