
できるだけ生身の自分の体だけを使って、自分ひとりで建てる小屋作り|筆とまなざし#418

成瀬洋平
- 2025年04月24日
フリークライミングや「鮭の大助」から学んだこと
15年ほど前に東京からUターンし、雑木林のなかにアトリエ小屋を自作した。その場所は駐車場から30mほど森のなかに入ったところにあって、かつて使われていた農作業道の面影が微かにわかる程度に残されている。小屋作りの際、最初はほぞを刻んだ木材をガソリン動力の運搬車で運んでいた。運搬車は親戚のおじさんから借りたもので、キャタピラーが付いていて悪路でもなんのその、木材をまとめて運ぶことができた。しかし、作業を進めるうちに、ちょっとした疑問を感じるようになった。ガソリン動力を使って小屋を建てることはいかがなものか、と。
小屋を建てる場所には重機を使わなくても良い比較的平らな場所を選んだ。そもそも、自分には重機を扱うことはできないし、重機で整地することは自分の力以上の力を借りてしまうことだと思った。その土地は近所のおじさんから借りていた。いつか土地を返却することを考えてコンクリートで基礎打ちしないことが条件だった。土台は山から一面が平らな岩を探してきて束石とし、その上に束を乗せるだけ。古来から日本建築に見られる様式と同じにした。
できるだけ生身の自分の体だけを使って自分ひとりで建てること。小屋作りをしながら、自然とそのことがルールとなった。丸鋸など電動工具は使わない。使って良いのは電動ドリルだけにして(電動ドリルを使わないのは大変すぎる)、ほぞは手鋸とノミを使って一つひとつ加工し、ほぞ穴はドリルで穴を開けてからノミで刻んだ。おかげで、使っていたノミは途中でひん曲がってしまって使い物にならなくなってしまったが、いまも記念にアトリエで保管している。
小屋は開け放して置けるように引き戸を多用し、小屋の外と内との境界が曖昧なものにした。小屋には虫はもちろん野ネズミが巣を作るし、梁にはシジュウカラが苔で巣を作った。だれの住処かわからない、けれどそれで良いと思った。
生身の自分の力以上のものをできるだけ使わず、自然との折り合いの付け方を模索する。自分の力などたかが知れている。必然的にその折り合い点は自然のほうへと寄っていく。アトリエ小屋は、その折り合い点に、文字どおり建つものにしたいと思った。
それはフリークライミングから学んだことであり、鮭の大助が教えてくれたことである。
著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平
1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。
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