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2泊3日、くじゅう連山ひとり旅

「人みな花に酔う時も 残雪恋し山に入り 涙を流す山男」(『坊がる賛歌』より)浮き足立つ世間に背を向け、ひとり山へと向かうその感じ、ずっと憧れていました。 九州のへそに位置する大いなる山々、くじゅう連山へ!

「雨には雨のよさがある……」強がりを捻りだす余裕あふるる、ひとり旅。

写真は「山と高原地図」だけど、くじゅうの旅では東海図版が出している縮尺1/2 5000の「くじゅう山系登山ガイドマップ」が便利(tokaizuhan.sakura.ne.jp)。

登山口の牧ノ戸峠は、冷たい霧に包まれている。ぼくは、道中、白いカーテンから浮かびあがるように見えた「やまなみハイウェイ」の文字に、後ろ髪を引かれ続けていた。開いたものの頭に入らない地図を手に、ぼんやりと記憶をたどっていく。

霧の向こうに現れたのは、同様に白くけぶった雄冬岬……。北海道を歩いて旅した大学1年の夏、すれ違ったライダーから、いつか九州に訪れることがあればと教えられたのが、この「やまなみハイウェイ」だった。彼のいう絶景は、この空の下のどこかに広がっているのだろう。

九州本土最高峰の中岳から天狗ヶ城へ。黎明の静 けさはどこへやら、日が昇るとともに、強い風が 吹きつける。

霧はますます濃くなり、雨を孕(はら)んでゆく。けれど、こんな状況が嫌いではない。まったく教科書的ではないのだが、ぼくは最初の登りは無理めの、できるなら限界に近い速度で歩くのが好きだ。心を無にし、ひたすらにスピードをあげ、めいっぱい汗をかく。そうすることで、日常で溜めた澱やもつれた感情を吐き出せるような気分になれるから。

レインウエアもあるし着替えもある。つまらない日常のあれこれは最初の登りで絞り出し、ひと汗かいてからペースダウンすることで、少しだけ気持ちを整えて山に向かえるような気がしていた。

くじゅうの春は意外と遅い。霧が晴れると、冬と春のあわいが織りなす錦絵が広がっていた。フードを叩く雨粒を忘れるころ、体は山になじむのか。

そんな気持ちを確認し、歩き出そうとすると、レストハウスの軒下でスマホをいじり続ける登山者の声を聞きつけてしまう。「2時間後に雨が弱くなるので、少し待ちましょう」

町を、日常を離れたときくらい、情報に振りまわされたくない。とはいえ、そんな話を耳にしながら、平然と己の道を歩けるほど強くもなく……はたして2時間後、小降りになった空を見届けてから出発。霧が少し晴れると、三俣山がうっすら姿を現した。

右肩のコルには草地が広がっている。あそこにテントを張ることができたら?初めての山を眺めながら、いつものひとり遊び。

久住山避難小屋でひと休み。

歩きはじめて30分ほどで沓掛山(くつかけやま)へ。行く手には幾重にも連なる山々がぼんやり見え隠れ。「くじゅう」という地名については、麓の寺院や万葉集、神話に由来するなど諸説があるようだけど、霧のなか、どこまでも続いていくような山波を前にすると、「九重」がすとんと誇に落ちる。

地球が生まれたころ……。みたいな 世界が広がる、北千里ヶ浜。奥の硫黄 山は噴煙をあげる活火山。

ここから尾根はなだらかな裾を引いていた。冬枯れの斜面にぽつぽつと現れる新緑。霞の向こうにうっすらと広がる風景は、はっきりと見えないぶん、もどかしいような甘さがある。

視界が効かないので、星生山(ほっしょうさん)をパスして久住山避難小屋へ。真っ直ぐ進むと、九州本土の最高峰である中岳(1791m)をはじめとした山々がピークを連ねているのだけど、明日にまわし、久住分れから北千里ケ浜へ。

最大で1,500ものテントが咲き乱れるという坊がつるのキャンプサイト もご覧のとおり。ぽつんとひとりもいいけれど、熱き血潮滾る九州山男 と酒を酌み交わしたかったかも……。

まろやかな弧を描いていた山々のむこうは一転、活火山である硫黄山がもうもうたる煙を吐き、草木のない、地球創生期のような光景。尾根を挟んだ斜面の左右に、まったく別の世界が広がっている。

凍えるような寒さのなかで、星生山から生まれたばかりの金星を見上げる。歩みを進めるごとに夜の魔法が解け、暁が風をはらみはじめる。貴い山の朝。

法華院温泉山荘へ着くころには、雨足はさらに強くなっていた。なにはともあれ、軒下に荷を下ろし、ビールと地鶏。それから温泉に入ったりビールを飲んだり温泉に入ったり……。

一瞬だけ晴れた、2 日目の久住山。

夕方には上がるはずの雨は止まず、しとしと降るなか、10分ほど下って高層湿原の坊がつるへ。ここは、九州の山男山女に愛される一大キャンプサイトと聞いていたが、降り続く雨のせいか、平日のせいか、広大な草原には入っ子ひとりいない。

「地鶏500円」「鴨600 円」に心を鷲づかみにされる。法華院温泉山荘は、お湯よし、肴よしの別天地。

テントを張り終え、するめを啜りつつ焼酎をすする。ひと眠りして目を覚ますと、深夜の2時過ぎ。テントの外は相変わらず霧模様。ごそごそラジオを取り出して天気予報を聞く。2日目もそれほど晴れそうにないことを確認したところで、あらっと思う。

九重ヒュッテのミサエさんと一献。冬は国道までの除雪に3時間もかかるそう。「しんしんしんしんと雪が降り積もる……それもまたいいものだけどね」。

スマホの天気予報には違和感を覚えるのに、ラジオを受け入れるのは滑稽だ。頭は柔らかくしておきたいと思う一方で、違和感は違和感として受け止め、その根っこに目を凝らさねば……と思いつつ酒に手を伸ばし、いつもの「ラジオ深夜便」。

家族みんなで摘むというゼンマイ。

読みかけの本を手に取りながら、「え~っとさっきはなにに引っかかってたんだっけ」とわやわやになりつつ、さらに杯を重ねていると、ようやく「ひとり」の気分が出てきた。

とろける鹿刺し。解体・精肉はお嬢さんの仕事だそう。

ヘマをしても体が臭くなってもたとえ泣いたとしてもひとりだから大丈夫。

初めてテントでひとり眠ったのは大学1年生の夏、探検部の合宿で釧路川を下りきり、河口で皆と別れたその夜だった。それまで数回の合宿で、ぼくは自分の醜さを痛感していた。それは仲間の前で虚勢を張り、優位性を誇示しようとする一方で、集団でいることに安心感を覚え、判断をゆだねてしまうこと。

ぼくは楽しい旅をするために探検部に入ったわけではない。自然を旅することで、少しだけ強くなり、自信の欠片をもてたらと、その門を叩いたはず。それなのに、釧路川でも人一倍はしゃぎ、そのくせなんの役にも立たず、げらげら笑っているばかり。

味わい深い、久住山避難小屋。

ひとりにならなくては。
ようやくそこに気づいたぼくは、あてもなく国道272号線をひたすらに北へと歩いていった。駆けるように足を遠めるのだけれど、恥ずかしさと情けなさはどこまでもついてくる。腹が減ったと時計を見ると、とうに0時を過ぎていた。無計画に飛び出したので、食料はない。仕方なく、小さな川に架かる橋の下にテントを張った。

くじゅうについて調べるうちに出会った、藤井叔子さんの『山庭の四季』(海鳥社)。坊がつるで読むことができてよかった一冊。

異変に気づいたのは何時間後だったろう。テントの外に巨大な生き物の気配があった。息をこらして寝袋をかぶる。北海道に棲む大型獣……考えたくないけど、こたえはひとつしか思い当たらない。

しばらくすると、あろうことかそいつはテントを舐めはじめた。このまま食い破られるくらいならと蛮勇を奮い、釣り竿で舌を突いてみる。するとからりという鈴の音と覚えのある抜けた声。おそるおそる開けたフライの先に、大きな牛が立っていた。

山菜やきのこがあれば炊きこみごはんにできるので、ひとりのときは生米をもっていく。この日の朝食は焼き鮭と野菜の味噌汁。

そのせいではないだろうが、山では深く眠ることができない。ひとりのテント泊はもちろん、仲間がいても同じこと。変化はないかと警戒し、木でも揺れようあらん限りの意識を集中し、全身を耳に。そうして全霊を傾け、テントを中心に意識の根を周囲に張りめぐらせる。

ほのかな夜明けのはころびを感じると、倒れるように眠りこむ――そうしてくたびれ果てる夜にも、いまではすっかり慣れていた。あふれるほどの道具や情報に囲まれたところで、人間はちっぽけな動物にすぎない。

凍りついた登山道には盛大な霜柱が。それもあちこちにあるので、ざくざく踏むのに忙しい。

張り詰めた夜がほどけてゆく。そんな魔法をひとりで味わうぜいたく。

翌朝、雨は上がっていたものの、前日よりも霧が深かった。ダウンを着こんでコーヒーを淹れ、テントは張ったまま、もそもそ歩き出す。白口岳、中岳、久住山。いずれの山頂もミルクのような霧のなか。地図を確認すると、正面には 阿蘇山とそれをぐるりと支える大地が広がっているらしい。

ようやく出会えた太陽のもと、久住山を目指す。

そんなことを考えていると、初めて雲ノ平を訪れたときのことを思い出していた。その縦走旅はある写真家といっしょだった。立山から歩き出し、ようやくたどり着いた 雲ノ平はやっぱりこの日のような霧のなか。少なからず残念だったが、同行の写真家はぼくより数倍がっかりしていた。

下山後、写真家が雲ノ平をテーマのひとつにしていることを知った。彼は大切な世界をぼくに分けてくれるつもりだったらしい。翌夏、ひとり訪れた雲ノ平で、想像以上の光景に息を飲んだ。

真っ暗な牧ノ戸峠から歩きはじめ、ようやく空が白みはじめる。ほっとするとともに、なにか大切な時間が終わってしまうような気分に。

今回、くじゅうへやって来たのは、取材を通じて出会ったある山人のすすめから。静かだけれど思いのこもった言葉に動かされた。 きっとまた、ここに来るのだろう――そんな予感を胸に山を下りる。

山頂を離れると、少しずつ光が差し、坊がつるに戻ると、キツツキのドラミングがこだましている。湿原は春の陽気に包まれていた。
その晩は、やはり彼女がすすめてくれた九重ヒュッテに宿をとっていた。下山するのが名残惜しい……そんな山の余韻に浸りたいときに泊まる小屋だという。こんにちはとドアを開けると、ぷんと漂うと懐かしい匂い。どうぞとすすめられた居間では、主人の山口幸三さんが薪ストーブを焚いてくれていた。

中岳から坊がつるを見下ろすと……あっ、テントが増えてるっ!

九州というと無条件に温かいように感じるけれど、標高1130mのこのあたりは、12月半ばから2月いっぱいは根雪がつき、今年の最低気温はマイナス20℃に達したという。山口さんは家族とともにここに暮らし、この小屋を守っている。山口さんには亡くなった山の師匠がおり、受け継いだ知恵はお嬢さんに託しているそうだ。

「山のこと、山菜のこと、獣のこと。3割もわかっていないから、もう一度生まれ変わっても、とうてい知り尽くせないよ」。テーブルには山菜と鹿肉、猪肉が並べられていく。心づくしのごちそうは、すべてこの山からいただいたものばかり。これまた手作りのゆず朝権が、料理を引き立ててくれる。

「これだけ冷えるところをみると、明日は晴れるね」。女将さんの言葉に思わずため息をつく。2日間、晴れなかったことを話すと、明日は何時の飛行機かとたずねられた。
「だったら明日の朝、牧ノ戸峠まで送るから。4時に出発だよ!」。凍りついた牧ノ戸峠でヘッドライトを灯す。

山のてっぺんでいただいた、九重ヒュッテのお弁当。おにぎりにこめられたウドの葉の佃煮がおいしくておいしくて……もう一度触れたい山の味

満天の星が、天の川が見守ってくれるなか、ふたたび歩きはじめる。気温はどのくらいだろうか。盛大な霜を踏むのが楽しくて、いたずら小僧のような気分になる。少しずつ風が強まるなか、汗をかかないようゆっくりゆっくり。沓掛山まで登ってゆくと、生まれたばかりの金星が星生山の左肩で瞬いていた。

歩くほどに、張り詰めた夜がほどけてゆく。久住山避難小屋を見下ろす高台に立つと、久住山が朝日を浴び、見る見る赤く染まっていった。

だれかと山へ向かう前に ひとりですませておくべきことが あるのかもしれない。

久住山から中岳へ。あたりには、冬には凍るという御池があり、稲星山があり、白口岳がある。もう一度たずねたい山々。

20年以上、ふらふら歩き続けてきたけれど、覚悟の甘い半端者ゆえ、思うような旅人にはなれなかった。楽しかったことも多少はあったはずだが、心に残るのは、熊に怯える夜や、情けなくて、冷たくて、やるせない思いばかり。惨めで悲惨で侘しいけれど、何年か 経つと、あれはあれで悪くないと うっすら肯定できる隠れ遊び……いつしか、ひとり旅をそんなふう にとらえていた。

町の、毎日の生活が充実していれば、もとよりリスクの多い山や海へゆくことはない。自然の懐に入るにしても、仲間とともに技術を高め、1+1が3になり4になり10 になることでようやく切り抜けられるような登山ができたら、それは生涯の宝になるだろう。

だけど……だけど、だ。仲間はいないし技術もない、それらを培う人徳も根性もない。そんな子羊にこそ、ひとり、旅に出るという手段があるということを、声を潜めて伝えたい。高い山や険しい海じゃなくてもいいから、できるだけ長く、できるだけ遠くへ。

自己嫌悪はどこまでも追いかけてくるけれど、長い旅のどこかで、きっと自分の判断を、ひいては己を信じなければ、一歩も進めない場面に出くわすから。そんな経験が、きっと青い心をも磨いてくれるから――。

ぼくが、人として、書き手として、もうちょっとどうにかしていれば、もう少し胸を張ってすすめられるのだけど……勇気と期待をこめて、いってらっしゃい。

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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