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注目の新進ブランドのオーナーミーティング in 奥秩父

大小さまざまな個性派メーカーが誕生し、熱を帯びている日本のアウトドアシーン。今回、そのなかでもとくに目覚ましい活動を続ける3ブランドのオーナーに集まっていただき、山でのミーティングを開催。それぞれに抱いている信念、そして、苦悩とは? 道具がつなげた長い山物語がいま始まる!

注目の新進ブランドのオーナーが、いっしょに歩いて、泊まって、語らう

きっかけは、ウルトラライト・ハイキング(以下UL)だった。
2000年代、もともとMYOG(MakeYourOwn Gearの略。ULカルチャーにおけるギア自作のこと)文化が盛んだったアメリカのULシーンからは多くのガレージメーカーが現れ、その波は2010年代に日本にも広まった。

ハンドメイドに拘る個人メーカーから、もはや「ガレージ」と呼べない規模になった中堅まで、多種多様なブランドが次々と誕生し、その勢いはもはや本家アメリカを凌ぐかもしれないほどだ。

10月、秋の深まる奥秩父の山に、そんな日本の新世代ブランドを代表する存在であるローカスギアの吉田丈太郎さん、パーゴワークスの斎藤徹さん、山と道の夏目彰・由美子さん夫妻と出かけた。

足元は当然のように全員メッシュのトレランシューズ。

じつはこの三組は旧知の間柄であり、ライバルでもありながらも、大小さまざまなイベントや会合を通じて、ともにカルチャーを作っている仲間でもある。そして僕自身も、そんな彼らをずっとライターとして追い続けてきた身であり、数年前は知る人ぞ知る存在であった彼らが、いまや格段の影響力を持ってこうして集っていることに、ある種の感慨が湧くのを抑えることができなかった。

駐車場での挨拶もそこそこに、歩き慣れた4人は軽快なペースで林道を登っていく。夏目さんはおととい手に入れたばかりという超軽量のトレッキングポールをみんなに見せびらかし、丈太郎さんは最近訪れたコロラドをすっかり気に入ったようで、「ローカスギアUSAを作って引っ越したい」とまで言っている。自称「街の発明家」徹さんは、開発中というペグハンマーを見せてくれた。シンプルながらまったく斬新な構造で、「この人はいつもこんなことばかり考えているんだろうな」と思うと、感心するやら呆れるやら。

夏目さんが手に入れた新興ガレージメーカー「ランブラー」の新作ポールを持つ徹さん。「軽いね~!」。

自分が作ったものを山でテストしているときがいちばん楽しい

なだらかな林道を歩くうちに、あっという間に将監小屋に着いた。
陽差しは暖かく、まだ昼すぎで、一応「仕事」とはいえ、こんな日にこんな面子で山でのんびりとすごせるなんて、僕にはちょっとしたご褒美のようだった。徹さんがパーゴのニンジャタープを張る脇で、丈太郎さんがローカスギアのクフを張る。

三ノ瀬から将監小屋までは緩やかな林道を登っていく。「コロラド最高だよ! 住みたくなっちゃった」と丈太郎さん。

「自分が作ったものを山でテストしているときがいちばん楽しいよね」と丈太郎さん。
「パーゴはそれをするためのブランドだから(笑)」と徹さん。
そして陽が傾いたころ、長い長い対話が始まった。もの作りの楽しさ、メーカー経営の苦労と歓び、それぞれのこれまでとこれから。
あたりが暗闇に包まれても、話はいつまでも続いた。

山の中腹は紅葉の最盛期だった。美しき日本の秋。

この仕事で食べていけるかどうかもわからなかった

――僕は2011年にある雑誌で丈太郎さんにロングインタビューをさせていただいて、そのときはまだローカスも知る人ぞ知る存在だったし、雑誌でも初めての取材だったと思うんですが、当時は5年後のいまのローカスギアの姿は想像できましたか?

談会の舞台となった将監小屋。

吉田 まったく想像できなかった。志はあったけど、最初はこの仕事で食べていけるかどうかもわからなかったから。ところが、毎年倍、倍、倍って感じでオーダーが増えていって、自分たちが考えていたよりも、ペースが全然早かった。

それで人もミシンも増やしたんだけど、マーケットの需要はそれを遥かに上回っていて、いまでもピーク時は2カ月待ちになっちゃう。

ニンジャタープをテント型に張る徹さん。入り口を塞ぐアタッチメントを試作してきた。

ローカスギアのベースにあるULっていうカルチャーはニッチだけど、世界中に同好の志がいるから、広がるのも早かったんだよね。

うるめ鰯の干物をライターで炙って食べる夏目さん。日本の乾物や干物は行動食に使えるものが多いとか。

あと、きっかけとしてはやっぱり寺澤(英明)さんのブログ(山より道具)とか、土屋(智哉)さんがハイカーズデポを開店したことも大きかった。その周辺にシンパがたくさん集まって、「俺たちもやればなにかできるんじゃないの?」っていう空気があった。いままでのアウトドアとは違う、カウンターカルチャーっぽい雰囲気があってさ。

クフCTF3を張る丈太郎さん。さすがに美しい!

夏目 僕もULのカルチャー的な部分にやられましたね。徹さんはパーゴの前身でホーボーグレートワークスをお兄さんのホーボージュンさんとやられていましたけど、始めたのは何年でしたっけ?
斎藤 2003年ですね。

ヘッドランプにスタッフサックを被せ即席のランタンに。

吉田 だから徹ちゃんはこの世界の草分けだよね。
夏目 そのときは他にそういう人いました?
斎藤 全然いなかった。だからローカスギアが立ち上がったという噂を聞いて、その年の暮れのある忘年会で丈さんと初めて会ったんだけど、嬉しかったよね。夏目さんにも山と道が最初の展示会をやったとき、自分から会いに行ったし(笑)。

僕はDIYで山の道具を改造したり作ったりってことをずっと昔からやっていたんだけど、「なんでこんなにおもしろいことをみんなやらないんだろう?」って、いつも思っていた。ようは遊びながら、それを活かしたデザインができるわけで。だからようやく日本にもガレージメーカーが出てきて、「仲間が増えた!」って(笑)。

夜はやっぱり鍋! アルミ両手鍋は以外に軽く、使いやすい。「近所のホームセンターにもULアイテムはある!」と夏目さん。

――ホーボーグレートワークスは「ホーボージュンさんのブランド」というイメージがあって、当時はそれがウリでもあったと思うんですが、なぜパーゴワークスに変わったんですか?
斎藤 僕は’97年に独立して、それ以来外注でアウトドアのプロダクトデザインを請け負っていたんですけど、2003年に兄貴が病気になったんです。当時は治療法のない病気で、闘病しなくちゃいけないけど彼も僕もフリーランスなんで、どうやって兄貴を支えようかと。それでいっしょにブランドをやって、ホーボーって名前をつけることにしたんです。

秋の平日の将監小屋のキャンプサイトは貸し切り状態。洗ったような月が夜空に光っていた。

――じゃあパスファインダーも実際は徹さんが発案して設計したってことなんですか?
斎藤 あのチェストバッグは、兄貴が四国にお遍路旅に出かけたときのバッグが原型なんですよ。

「あれとこれを入れたいんだけど、そういうポーチ持ってない?」って電話がかかってきて、「じゃあ作って送るよ」と。マップケースの内側にポケットを付けたシンプルなポーチを送ったら思いのほか良かったんで、商品化したんです。

その後、兄貴の病気は無事完治して、アウトドアライターとしての活動を再開することができたんですけど。
――めちゃくちゃいい話じゃないですか!
斎藤 そこまではいい話なんだけど(笑)。「ホーボー」って名前を付けちゃったから苦労した部分も正直あったんです。僕はもっと暴れたくても、ホーボージュンの太鼓判がないと世に出せないわけで。

デザイナーとしては具現化したいアイデアがたくさんあるけど、ユーザーは「ホーボー印」を期待している。当時は本当にモヤモヤしてましたね。そんなとき、まさに青天の霹靂だったんですけど、ホーボーという名前が商標で訴えられて、すぐに和解はしたんですが、名前を変えることになったんです。

いままでのアウトドアとは違う、「俺たちもやればなにかできる」 という空気があった

でも、いま思えばそれはいいきっかけで、名前をパーゴに変えることでやっと自由になれたんです。それが2011年のことで。
吉田 ブランドの背後にある兄弟のヒストリー。すごい話だね。

執念があれば大抵のことはなんとかなる

――ローカスギアの立ち上げが2010年で、当時の夏目さんはバックパックの試作を繰り返して、山と道の立ち上げ準備していた時期だったと思うんですけど、ローカスギアが登場したときはどう思われましたか?

夏目 「わ、先を超された」って(笑)。
吉田 僕はなんでもやった者勝ちだし、つべこべいう間に実行した方が早いと思っているからさ(笑)。
夏目 僕もそう。ライブハウスとかで、評論家の人って壁際に立って踊らなかったりするじゃないですか? 「だれよりその音楽を目の前で受けて踊ってみろ!」って思うんですよ(笑)。みんなそれができた方が楽しいのにって。そのきっかけとしてのMYOGって、すごくいいことだと思うし。

 

――たしかにみなさん最前列で踊ってますね(笑)。

吉田 みんなMYOGで道具を作って、好きな人に売るところまでは行けるんだよ。でも、それをプロダクトに昇華してビジネスにする能力がなければ、ブランドとして確立することはできない。そこが夏目さんとか徹ちゃんとかウチと他との差なわけ。これってものすごい差だよ。それは片手間にやっていては絶対にできない。だから僕はMYOGの人たちにも「メーカーやるんだったらこれ一本で
やったほうがいい」って言ってるんだよ。

――以前MYOG出身でいま独立してメーカーをされている方にも、丈太郎さんにそう言われて独立を決意したと聞いたことがあります。
吉田 「片手間にやってたらユーザーに対するサポートもできないし、メーカーとしての責任も果たせないよ」ってことはいったかもしれないね。だって、俺たちは命がけでやってるんだから。

――徹さんがプロダクトデザイナーの仕事の延長線上でパーゴに至ったのは自然な流れだと思うのですが、夏目さんの場合は畑違いの仕事をされていて、そこから退路を断つような形でこの世界に入られましたよね。同じようなことをしたいと思ってもなかなか踏み切れない人も多いなかで、なぜそれができたんだと思いますか?

夏目 やっぱり山がおもしろいからですよ。暇さえあれば山に行きたいし、道具も知れば知るほど「ここをもっとこうした方がいいのにな」と考えるようになる。僕にとって山道具のおもしろさって、長所と短所が表裏一体で、「ここを足したらこっちが駄目になる」ってとこなんです。逆にそこが曖昧な道具ってカッコ悪いと思うし。で、おもしろい道具を持って行くともっと山がおもしろくなる。

吉田 純粋にそこだよね。
夏目 あと、もともと僕はデザインとかアートの世界で仕事をしていたんですけど、デザインやアートの視点からみても山ってすごく刺激的だった。
――たしかにアーティストとかクリエイターが山に来たら、刺激を受けるはずですよね。

夏目 すごく受ける。それともうひとつ、山と道を立ち上げる前後にヘンリー・D・ソローの「森の生活」にハマったんです。その影響で生活をもっとシンプルに再構築したいと思ったというのも大きいかな。家族って人間関係のなかでもいちばんシンプルな形だから、それを基盤に由美子とふたりで仕事をしながら暮らしていきたいなって。

――夏目さんからそういう決断を聞いたとき、由美子さんはどう思われたんですか?
夏目由美子(以下由美) やっぱり最初は「え?」ですよね(笑)。
吉田 そりゃウチのかみさんもそうだったよ(笑)。

――「俺も仕事辞めるからお前も辞めろ」って言われたんですよね(笑)?
由美 そう。私からすれば「なんで⁉」ですよね(笑)。
――当時の夏目さんは隣で見ていてどんな様子だったんですか?
由美 でも前職でも事業を軌道に乗せているのは見ていたんで、「ビジネスセンスはあるのかな?」って。

夏目 いきなりハマっちゃって、「見えた! これだ!」みたいな感じだったよね(笑)。でも、執念があったから。僕、執念があれば大抵のことはなんとかなるんじゃないかと思うんですよ。
吉田 なかにはネガティブなエナジーの人もいるけど、成功している人はみんなポジティブだよね。それが成功の秘訣なんだよ。

モノを通じてお客さんとコミュニケートする

斎藤 最近思うのが、創業から5~6年経ってくると、たとえば山を今年始めた人からすれば、ウチとオスプレーやグレゴリーも、同じ売り場にある限りは、同じ土俵なんですよ。下手したらパーゴが日本のブランドだって知らないお客さんもいるわけで。だからこそ売り場にプロダクトが並んだ状態で、大手のモノにも勝てるような機能性や魅力あるデザインを出していかなければいけないなって。

僕たちが大事にしているカルチャーを共有しながら、みんなで楽しんでいく。そのための道具

それは海外でウチのバックグラウンドを知らないお客さんを相手にするなら、もっと必要になってくるし。

唐松尾山あたりから見えた富士山。「これぞ日本!」という景色に一同思わずシャッターを切る。

夏目 たしかにプロダクトのみでも勝負したいけど、僕はそれ以上に、山と道としてこれがどんなプロダクトなのかってことを伝えていくことも、すごく重要だと思っているんです。山と道の道具の背景にどんなカルチャーがあるのかっていう情報を発信していきながら、お客さんとある意味でファンクラブみたいな関係を築いていきたい。僕たちが大事にしているカルチャーや道具の考え方があって、それを共有しながらみんなで楽しんでいく、そのための道具だっていうことを実感してもらいたいんです。逆にそれがわからないお客さんには手に取ってもらいたくないし、そういうお客さんにも、僕たちが大事にしているカルチャーを知ってもらう努力をしなければならないなって。

――たしかに、山と道の道具はそれを手にすることによって、なんらかのカルチャーやコミュニティの一員になっているという感覚を味あわせてくれるものですよね。

夏目 その価値観を共有できないお店にも売ってほしくないし。それがいまの課題で、ウチも徐々に拡大しているなかで、正直、「山と道」という名前だけでなんとなく買っていただいているお客さんも増えていると思うんですね。でも、そういうお客さんにもその背景にあるものを知ってもらいたいんです。

今回歩いた将監峠から笠取山近辺は、のんびり山歩きを楽しむには最高の場所。

吉田 それをウチは「プロダクト・コミュニケーション」って呼んでいるんだ。モノを売って終わりじゃなくて、そのモノを通じてお客さんとどういうコミュニケーションをとっていくか。夏目さんがいうように、そのプロダクトがどんなシーンでどんな使われ方を意図して作られたのかっていうことを明確に伝えて、背後にあるカルチャーを発信していく。

これからはそれができないメーカーは生き残っていけないと思うし、ユーザーの裾野が広がれば広がるほど大事になってくることだよね。

日本のガレージメーカーがいま、いちばんおもしろい

――今回のこの企画って、5年前だったら考えられない企画だったと思うんです。こういう企画が『PEAKS』のようなアウトドアのメインストリームの雑誌で「やろうよ」ってなること自体がすごいことだし、おもしろいことだと思って。

西御殿岩からは奥多摩、奥秩父から八ヶ岳や南北アルプスまで一望できる。けれどこの日は風が冷たくて早々と退散……。

斎藤 ほんとそうですね。
吉田 想像もつかなかったね(笑)。
――まさにいま、オルタナティブな新しいアウトドアシーンが形作られている気がして。

斎藤 僕らは直接売り上げとか、お客さんを奪い合っているわけじゃないけど、同じ方向を向いたライバルという関係性でやっていけたらいいよね。

徹さんに山と道の新作「スリー」の解説をする夏目さん。

吉田 その部分は大事だね。切磋琢磨しないとさ。だから僕はMYOGから派生したような人たちのメーカーが、かつてのアメリカのガレージシーンみたいにもっと活発に出て来た方がより我々の活動やマーケットも広がると思うんだ。
そうしないとマーケットが萎縮しちゃうから。どんどん出てきてほしい。
――ガレージシーンは世界的に見てもいま日本がいちばんおもしろいと思うんです。

吉田 たしかにアメリカのガレージシーンよりいまは日本の方がおもしろいかもしれない。ヨーロッパでメーカーやっている友達が、「日本が羨ましい」っていうんだ。ヨーロッパではマスプロダクトに押されてたり、経済的に立ち行かなくなっているメーカーがほとんどだって。時代や熱意が組み合わさっていまの情況があると思うんだけど、我々はすごくラッキーだよね。

話が止まらない一行。やっぱり仲間と歩く山は最高です。

夏目 いまの時代は悪い方向に向かっていることもあるけど、人が持っている可能性や個人にできることもどんどん増えていて、だから僕たちもこういうメーカーをやれていると思うんです。そのなかで、良いメーカーさんや良いお客さんと良いリレーションシップを持つことによって、「良い街作り」というか、より良い世の中をいっしょに目指していきたいなって。

徹さんが山と道のスリーを、夏目さんがパーゴワークスのラッシュ28を背負って歩く。もの作りをする者同士、おたがいのものを見る目も真剣そのもの。

たとえばアメリカのポートランドが輝いて見えるのだって、そこに住む人がそういうことを志しているからだと思うし。
――まさにそうですね。ここにいる人はみんな大きな会社を作りたいとか、お金持ちになりたいとか、そういうことを目指しているわけじゃないですし。

尾根の上はもう冬が始まっていた。「今度は自転車持って来たいな」と丈太郎さん。

夏目 でも、最近思うんだけど、たとえば会社と社員って、疑似家族のような関係を築ける場合もあるじゃない? お金を介した関係性ではあるけれど、仕事って赤の他人と濃密な時間や関係性を作るきっかけにもなるわけで、そういう輪を作ることによって僕たちの家族がもっと豊かになれたり、その家族を養えたりするわけで、会社がある程度大きくなるっていうことは、一概に悪いことじゃないのかなって。

笠取山直下の鞍部が気持ちよ過ぎて、思わず休憩タイム。

道具を作ることで広がった世界。そして、出会えた人々

吉田 それはすごく大事だね。年取るとさ、自分がどれだけ社会の役に立てるのかっていう方向に欲望が向いてくるんだよね。それが生きる糧になるんだよ。人をハッピーにする人はその人もハッピーじゃなくちゃならないし、それが自分の起こした企業でできればこんなに嬉しいことはないよね。

笠取小屋は森の中のかわいい小屋。パスファインダーを持ったユーザーさんに出会いさっそく話しかける徹さん。

斎藤 自分以外の家族を養うことって、すごく尊いことだよね。でも、みんなそれを恐れているというか、いまの日本って、そこまで余裕のない人が多いと思うんですよ。僕も別にお金持ちになりたいとは思わないけれど、自分の作ったプロダクトで、どれだけの人がハッピーになれるのかってことには興味がある。いまはまだそういうことを言えるレベルにはないけどね(笑)。

夏目 人を使い捨てにするような会社や社会は嫌ですよね。ウチのお客さんって、修理とか故障とかの問い合わせのメールがみんなすごく優しいんですよ。愛があるというか。それっていまの世の中わりと酷いことが多いなかで、僕らが愛情を込めてもの作りをしていることが伝わって、プロダクト以上のなにかを受け取ってくれているからなのかなって。だとしたらすごく嬉しいんだけど。

三ノ瀬でクルマを止めさせていただいた民宿「みはらし」さんにて、コーラを飲みつつ、しばし旅の余韻に浸る。

――良い道具って、まさに「プロダクト・コミュニケーション」というか、作った人の息づかいが感じられますからね。だからユーザーにもきっと、ここにいるみんなの顔が見えていると思いますよ。

夏目 だからこれからも、どれだけそのお客さんたちを裏切らないもの作りをしていけるかってことが本当に大事で。――そういうモノやメーカーや働き方が増えていけば、より良き世の中になりますね。

斎藤 アウトドアって、道具がきっかけで遊びが広がることがあるじゃないですか。ここでみなさんとこういう話ができるのも、いろんなお客さんやお店と知り合ったのも、自分の作った道具がきっかけなんですよね。それで広がった世界は、5年前ではまったく想像できなかった。

吉田 僕もそうだよ、徹ちゃん。道具を作ることで、本当に世界が広がったよね。

翌日もすばらしく晴れ渡り、一行は奥秩父の主稜縦走路を歩いていった。徹さんと夏目さんはおたがいのバックパックを交換して、背負い心地をチェックしている。
丈太郎さんはマウンテンバイクに最高のトレイルを発見して、もう次にここに来る機会を待ちきれないようだ。

笠取山からは急な下り。思わず駆け下りる。

「ものを作っていたからこそ、この場にいられて嬉しい」と徹さんは言った。やっぱり仲間と山を歩くのは最高に楽しいことだ。そしていまの日本を代表するインディペンデント・メーカーのオーナー同士が「仲間」で、こんなふうにいっしょに遊んでいるということは、とてもすばらしいことだ。

5年前、焚き火の前でホットワインを飲みながら丈太郎さんに初めて話を聞いたとき、こんな未来は想像もつかなかった。5年後は、いったいどんな未来が待ち受けているんだろう?

 

パーゴワークス

斎藤 徹さん

パーゴワークス立ち上げ以前から多くの山道具などのプロダクトデザインを手がけてきたギアマイスターであり、ラン、ハイク、自転車となんでもこなす本物のアウトドアーズマン!

 

ローカスギア

吉田丈太郎さん

まったくの独学から世界的にも類をみないほどのクオリティを持つシェルターを作り上げた、日本のガレージシーンのパイオニア。スピリットはずっとロックンロール!

 

山と道

夏目 彰さん

暇さえあれば山に入り、試作品のテストを繰り返している夏目さん。センスの良さばかりが注目されがちな山と道の製品は、じつはすべてそんな彼の経験から生み出されたもの。

 

山と道

夏目由美子さん

前職で衣装製作をしていたことから、縫製や試作で山と道を支える夏目さんの奥様。ふたりを知れば知るほど「由美子さんがいなければ山と道は成り立たない」と思わされる影の立役者。

アクセス

三ノ瀬・スタートー将監小屋ー将監峠ー西御殿岩ー唐松尾山・2109mー笠取山・1953mー笠取小屋ー三ノ瀬・ゴール

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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