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南アルプス白峰三山縦走記

長い登りがある。さらに長い下りがある。でも、今回いっしょに登ったアイツは言った。「これはもう山行じゃなく、山幸だ」。初日後半から3日目前半まで、北岳・間ノ岳・農鳥岳が連なる3000m級の稜線を、ずーっと縦走できる雲上トレイルを謳歌!

文◉鈴木健太 Text by Kenta Suzuki
写真◉飯坂 大 Photo by Dai Iizaka
取材期間◉2019年9月28日~9月30日
出典◉PEAKS 2020年6月号 No.127

三者三様の想いを乗せて、同じ歩みで目指す頂。

鈴木健太(左)酒と山旅、カヤックを愛するアラフォーライター。前回の山行は広河原~北岳のピストンだったので、それ以南の山行に胸ワク! 舵社出版『カヌーワールド』で連載中。/阿部 静(中)編集者。小誌で『狩猟体験記』の連載を担当し、素潜りでの魚突きから3,000m 峰の縦走までこなす元気娘。この3人で体力はいちばんとのウワサも? 愛称はアベちゃん。/大垣柚月(右)小誌営業担当で今回のグループ最年少。学生時代は自然ガイドを目指し、ガイディングスクールに通っていた。前回山行は悪天により間ノ岳までしか行けず、いざリベンジ!

早朝6時20分、広河原に着いたバスを降り、空を見上げた。ひつじ雲の切れ間に青空も見え、池山吊尾根とおぼしき稜線も確認できた。

「天気良くなるといいね」

靴ひもを結びながら、いっしょに登るアベちゃんと大垣さんのほうを見る。今日から明後日までの北岳周辺の天気予報は曇りや小雨マークが点在し、直前まで予報が変わった。うろこ雲は雨の予兆かもしれない。快晴の山行を期待しつつ、不安も少しだけあった。

今回の縦走は、広河原を出て、北岳肩の小屋のテント場で一泊、農鳥小屋のテント場でもう一泊し、奈良田に下山するというルート。2泊3日で北岳・間ノ岳・農鳥岳という白峰三山のピークを踏む、南アルプスの人気ルートだ。奈良田ではなく広河原出発にした理由は3つ。広河原のほうが700mも高い標高からはじめられること、奈良田を下山口にするとバス移動を挟まずに駐車場に戻れるので縦走感が増すこと、そして最大の理由が北岳肩の小屋と農鳥小屋という稜線上の絶景テント場に無理のない行程でたどり着けること。

ただ、あえて逆回りする登山者も多い。そうすると、主(あるじ)のクセが強いとウワサの農鳥小屋泊を避けて縦走しやすいからだ。でも、アベちゃんは広河原を出発して早々、「農鳥の親父さんと仲良くなるのが目標!」と息巻いている。最初の大樺沢沿いの道は高低差がなく、3人の会話も弾んだ。アベちゃんはこのルート初挑戦、大垣さんは間ノ岳まで登ったことがあるが悪天で引き返したらしい。

「本当は農鳥岳まで行きたかった。今回はリベンジしますよ~」

うつろう景色と天候の3日間

僕は6年前に広河原~北岳のピストンをした以来。北岳より南の区間は初となる。三者三様の想いを胸に、みんなで歩を進めると樹林帯に突入。どこからか、カツラの木の甘い香りも漂ってきた。ここから少しずつ、斜度も増す。背中がじっとりと濡れ、シェルを脱いで歩くこと約2時間。ダケカンバの木が目立ちはじめるころ、白根御池小屋が見えた。小屋の水道には「美味しい南アルプスの天然水をどうぞ」の文字があり、清水をゴクゴクと飲む。濡らしたタオルで顔を拭くと気持ちがいい。

広河原山荘からしばらくは樹林帯。

「ここから等高線が狭い。急登ですね」とアベちゃん。行き先には草すべりと呼ばれる緑の斜面が見えた。空は全体的に白く、頬を撫でる風が湿り気を帯びている。

「稜線に出たら、天気好転してくれよ」と祈り、再スタート。九十九折りの道で徐々に高度を上げていく。振り返れば、丸い御池がもう500円玉みたいに小さい。その奥には屏風のような鳳凰三山。ときおりハシゴを登り、標高2500mぐらいまで来ると、八本歯のコルが南側に見えた。2600mほどで森林限界になり、太ももが張りはじめるが、植生保護区があるあたりから斜度も少し緩めに。

「あっ、小太郎尾根分岐の標柱!」

広河原から5時間、僕らはやっと稜線に踏み入れる。よっしゃ、ここからがご褒美の雲上トレイルだ! ちょうど小雨がポツポツ降ってきたけど、足取りは一気に軽くなる。とくに大垣さんの。

「わたし、足取りに気持ちが出ちゃうタイプなんです」

ハイマツが彩る稜線は、50m先も見えないほどガスが出てきたが、かわいい顔でこっちを覗くオコジョに出会ったり、ライチョウ親子を見かけたり(ライチョウが出るということは天候が……)。高山の住人たちに目を和ませながら、緩やかな尾根を登っていくと、正午すぎに肩の小屋に着いた。

「まずはテントを設営しますか」

小屋に支払いをし、三人とも第一テント場に幕を張る。ここのテン場は第一と第二があるが、空いてたら小屋に近い第一が断然いい。

小屋で簡単な昼めしを食べたら、早出のせいか、みんな幕内で仮眠モード。16時ごろ、目が覚め、フライのジッパーを開けると、お? おお! 北東に鳳凰三山の風景が広がってるよ! 6年前に幕営したときの、壮大な風景を思い出す。あのときは南側に富士山も――。テントから身を乗り出すが、南方面は依然とガスが濃い。

肩の小屋のテント場。ボリューミーな鳳凰三山から霊峰富士までを見渡せる最高の眺め。
北岳北側の稜線に出るまでは5時間近く登りっぱなし。ゆえに、肩ノ小屋で買ったビールが抜群にうまく感じるのだ、の笑顔。

ラグビー日本代表の奇跡の翌日、悪天予報の山行に奇跡が起きる。

女子陣も起きていたので、酒を飲みながら、ゆるく夕食へと移行することに。小屋へビールを買いに行くと宿泊客がテレビにかぶりついている。この日はラグビー日本代表のアイルランド戦らしい。我々はテン場に戻って酒をぐびり。大垣さん手製の鮭トバが、バーナーで温めたお湯割りと抜群に合う。ときおり、小屋のほうからは大きな歓声が。薄暮になると、いつの間にかガスが抜け、南側に円錐のシルエットが見えた。

「富士山、来ましたね~」とアベちゃんもニンマリ。シルエットが夜の闇と同化するころ「うお~」という、今日いちばんのどよめきが聞こえた。日本代表が勝ったらしい。なにやら、明日は晴れそうな気がする。

肩の小屋テン場で自炊。下界は暑くても夜の稜線は寒いので温まるものがおすすめ。ここから往復30分の場所に水場もある。

2日目は朝6時半起床と、遅い目覚め。この日のコースタイムは約4時間30分と短い。思ったより曇っているが、テントを撤収して歩きはじめると次第に青空も見えてきた。向かう先には、L字に曲がって北岳山頂へ続く山道が見える。僕らは、ハイマツと白砂と草紅葉というトリコロールの山道を上へ、上へ。岩場では、ホシガラスがなにかをついばんでいた。

「ハッ、ハッ」

山頂直下の急な岩稜に息が上がる。肩の小屋から55分、「北岳3193m」と書かれた木板が立つ、日本第二位の高峰に到達。

「富士山に登ったことないから、私的にいままでいちばん高い山!」とアベちゃん。南アルプス最高峰を下りはじめると、舞台の緞帳が開くようにガスが引き、視界が開けた。「あそこ、木曽駒の千畳敷カールじゃない?」

2日目の朝、北岳山頂を経て、間ノ岳へ向かう。鞍部からは裾野を延ばす富士山が見えた。本ルートの稜線上に厳しい岩場はなく、体力はいるが難易度は高くない。

八ヶ岳や富士山はもちろん、中央アルプスまでの展望に息を呑む。正面には、貫禄あるドシンとした山容の間ノ岳。天空を縫うように続くトレイル上に、人影はほとんど見えない。今回の行程は土~月曜の2泊3日で決行している。だから、土日で北岳ピストンをする登山者とはすれ違ったけど、ここから南の農鳥方面へ向かう人はまばら。大垣さんは「しばらく稜線貸し切り状態!」と笑顔満開だ。

北岳山荘までの下りは、ガレ場があり、足場がもろいところもあるので慎重に。山荘に着いたら、東側にある屋外ベンチに座り、購入したカレーで昼めしタイム。午前の光を受けたベンチは、陽だまりが心地よい。山荘からいただいた水は、天水ではなく稜線の下から汲み上げているのだそう。コーヒーを淹れたらおいしかった。

中白根直下の登りから、来た道を振り返る。神々しい北岳が象の鼻のようにトレイルを延ばす。トレイル上に小さく見えるのが北岳山荘、北岳の左奥には甲斐駒山頂の白い花崗岩を遠望できた。

2日目の中間地点、中白根山まで来て振り返ると、北岳の巨大なスケール感がよくわかった。その左奥に見える甲斐駒ヶ岳と、山頂の鋭さを競い合っているかのよう。中白根山からはガラガラとした岩場も増え、三点支持で登る状況もしばしばあった。

白峰三山の二番手、間ノ岳の広い山頂に着いたのは昼すぎ。あいにく景色は真っ白だが、快晴時は西農鳥岳や富士山を望む特等席となる。ひさびさに登山客と遭遇。

「子どもと奈良から来ました。今日は北岳山荘で一泊し、明日広河原に戻る予定です」

見ると、息子さんは10歳ぐらい。なかなかの体力である。山ヤとしての将来は明るいゾ。

山の上で出会ったヘミングウェイ。その叱咤激励に見送られ、次なる頂へ。

ドーム型の山頂からしばらくして急なガレ場となり、クネクネと下っていく。大垣さんはついに間ノ岳を突破でき、テンションも上がっていることだろう。途中には、錆びた鉄板に “ノウトリ” と書かれた、行き先表示が。我々が白峰三山の “ラスボス” と勝手に決め込んでいる、農鳥小屋の親父さんがこの先に待っているのだ。

「いよいよですね」

アベちゃんのひとことに、僕らも気合いが入る。ガスがふたたび引いてくると、奥に西農鳥岳、その手前の鞍部にエンジ色の屋根の小屋が見えた。小屋の近くまで来ると、ドラム缶の上に座っている人影が見える。あれが親父さん? 三国平への分岐をすぎ、農鳥小屋に着くと人影はない。トタンの壁に〝ウケツケ〞とある小屋へ向かうと、帽子をかぶった老人が立っていた。

「下るの遅いね!」

農鳥小屋の親父、深沢糾さんである。顎からモミアゲまで白髭が褐色の肌を覆っており、アーネスト・ヘミングウェイのよう。親父さんは、間ノ岳からの下山風景を双眼鏡で見ていたのだ!

「下ってくるの遅いね!」と開口いちばん、小屋の主の深沢さんからお叱り。親父さんは半世紀に渡り、ここで登山客を見守ってきた。

それぞれソロでテント泊したい旨を告げると「最近はソロのテント泊が多いから、テン場の場所を取って困るんだよ!」。いきなりの右ストレートによろめきそうになるが、なんとか持ちこたえてテン場へ。途中の売店で見た缶バッジのフレーズに、ふたたび戦慄が走る。

「『雷オヤジ天然記念物』だって」

「こっちの『あんたのコースタイムなんてしらねえ』も、相当パンチ効いてるわ」

2泊目のテン場がある農鳥小屋に到着。“ウケツケ”の文字の先に……。

テント設営後、ビールを買いに行くと親父さんから「小屋ン中で飲んでいくか?」と意外なひとこと。今日の宿泊客ひとりを交え、こたつ飲み会、というか親父さんの独演会がはじまった。

「ふだんは18~19時ごろに寝るよ。日付けが変わるくらいに起きて、ラジオで今日の天気予報を調べるんだ。雲のようすを見て、観天望気もする。いまの人たちはそんなのしないだろうけどな」

親父さんはたしかに口が悪い。けれど、山を畏れ敬い、50年近くもこの場所で登山者の安全に気を張っているから、語気も強くなるのだ。下山のようすを観察しているのもそうだし、先ほどのソロテントへの苦言もそう。聞くと、この年は10月14日で小屋じまいらしい。下山したら甲斐犬と日々猟に行き、また6月半ばに小屋へ戻ってくる。

「来年もここに来るし、再来年も来る。僕は山で死ぬんだろうな」

この日、農鳥小屋の宿泊客はひとり。テント泊の僕らも親父さんのご厚意で“こたつ飲み”に参加。舌鋒鋭い親父さんの語りが、酒のよいつまみとなる。

翌朝、テントを出ると甲府盆地を真っ赤に染める朝日と富士山という景色が広がっていた。3日間でいちばんの快晴。後ろを振り向くと、すでに起きていたカメラマンの飯坂さんが笑顔で親指をグッと立てた。出発は6時半となり「遅い! 早発ち早着が基本だよ」とまた叱られたが、それもまた正論。小屋を辞したら、圧倒的に濃い青空のもと、美しく弧を描く稜線へ。急登を登り、振り返ると親父さんが見送ってくれている。

「親父さん、達者でなあ!」

間ノ岳と西農鳥岳の鞍部にある農鳥小屋のテント場もまた、富士山ビュー。最高の日の出に、3日目の山行の快晴を確信。
中央に農鳥小屋。親父さんが最後まで見守ってくれた。「出発が遅い!」と叱られた我々が最後発で、テン場にテントはもう見えない。
西農鳥へ向かう斜面で、ハイマツのなか朝日と間ノ岳方面を振り返る。日を追うごとに天気は好転していった。西農鳥から農鳥岳は50分ほど。

南の、さらに南に飛び込めば原始的な山岳風景が待っていた。

西農鳥から、道標が見える農鳥岳へ。両山はほぼ同じ高さで稜線の登り下りは少ない。

登山道の幅は広くて歩きやすい。ここまで来るとさらに人影も少なく、ハイマツも広く繁っているせいか南アルプスの懐に入り込んだ気がする。西農鳥岳を経ると、尾根が細くなり、三点支持で岩場を登ったり下ったり。8時すぎにたどり着いたオオトリの農鳥岳には、この山行でいちばんの絶景が待っていた。西に塩見岳、御嶽、中央アルプスまで、東に鳳凰三山、八ヶ岳、南には富士山。北を振り返れば、雄大に稜線を広げる間ノ岳と、天を刺すように切り立つ北岳という対象的な山容が見える。ここまで来た縦走路を目でなぞり、感慨にふけってしまう。

ついに白峰三山のアンカー、農鳥岳山頂へ。北岳と間ノ岳の眺めに感無量。

「白峰三山はダイナミック。なんかイケメンな山域です」

「もう山行じゃない、山幸だよね」

女子たちはキャッキャッと登頂の喜びを分かちあいながら、農鳥小屋の手ぬぐいを広げて記念撮影。山頂を背にしたあとは、7時間近いハードな下りだったけど、3人とも口を揃えたのが「令和山行のMYベスト!」。とくに北岳から先は、北アルプスとはまた違う山の深さ、広さに圧倒された。土日に有休をくっつけてこの縦走路に行きたいと考えている人がいたら、登山者の少ない月曜に農鳥岳山域を歩いてほしい。山道が静かであればあるほど、人手の入っていないこの山域の奥深さを実感できるから。ただし、間ノ岳から農鳥小屋への下りは、テキパキ歩くことを強烈におすすめする!

>>>今回のルートの詳細はこちらから

南アルプス白峰三山縦走記 ルートガイド|広河原と奈良田温泉をつなぐ白峰三山縦走路

南アルプス白峰三山縦走記 ルートガイド|広河原と奈良田温泉をつなぐ白峰三山縦走路

2021年07月12日

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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