ユーコンカワイの至高の珈琲をめぐる妄想
ユーコンカワイ
- 2021年07月22日
INDEX
道具を選ぶ、豆を挽く、抽出するという、ごく単純な作業。荷物も増えるだけなのに、なぜ人は山でコーヒーを淹れずにいられないのか。多くの人を魅了してやまない “山でコーヒー” という行ないをダンディの伝道師ことユーコンカワイ氏による珈琲小説で読み解こうという企画。いざ、至高の一杯を目指してあの山へ。
写真◉山口晋一
出典◉PEAKS 2020年8月号 No.129
第一章 山の珈琲
「好きではある。しかし深追いはしない」
それがその男の “山珈琲” というものに対する考え方だった。
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木漏れ日のなか、男は静かな足取りで登山道を登っていく。晴れやかな天気とは裏腹に、その表情はどこか憂いを帯びている。
「山で自分で淹れた珈琲を優雅にすする。その行為には一抹の憧れはある。しかし実際のところ、風のある稜線上ではそんな余裕はないはず。珈琲だってあっという間に冷めてしまうではないか」
男には理解ができなかった。山で本格的な珈琲を淹れるという行為が、どうしても非効率的な作業に思えてならなかったからだ。しかし、そんな男がいま、“山のなかで珈琲と向き合う” ということだけを目的に山を登っている。珈琲豆、ミル、ドリッパーなどの嵩張る荷物を背負いながら。
「何事も自ら経験してみないことにはわからない、ってのがレイコの口癖だったからな……」
男はヤレヤレといった表情でそう呟き、歩くペースを上げた。レイコとは、男の死別した女房のことだ。山で飲む珈琲をこよなく愛していた彼女は、生前はよく「あなたとまた山で美味しい珈琲を飲んでみたいわ」と言っていた。
*
男は自問する。
「そもそもそんな手の込んだ本格珈琲が私にもできるのだろうか? そんな珈琲、ヒゲでメガネの雰囲気イケメンか、ボーダーTのふんわりネイチャー女子しか飲んではいけないのではないか?」
酷い偏見だが、大した珈琲の知識もない無骨な男が、おいそれと気軽に向き合っていいテーマに思えなかったのだ。
やがて、優しい風が吹き抜ける静かな木陰に到着した。決して景色が良いわけではない場所だが、なぜかレイコはこの場所がお気に入りだった。男は一番大きな木の根元にシートを広げ、いよいよ本格珈琲と向き合う準備をはじめたのである。
第二章 豆を選ぶ
「レイコ……、なぜヒロシじゃなくて俺を選んだんだ?」
男は数種類の豆を手に取って選びながら、思わずそう呟いていた。
*
ヒロシは大学山岳部時代からのザイルパートナーで、明るい性格の男だった。同じ山岳部だったレイコとヒロシと男はいつも行動を共にする仲良しだった。男は密かにレイコに恋心を抱いていたが、山馬鹿で無骨な自分より、明るいヒロシのほうがお似合いだと思っていた。しかしレイコが選んだのは男のほうだった。
「そのままのあなたがいいのよ。飾らない、あるがままのあなたが」
男は再び豆選びに意識を戻した。そこでなにげなく目についたのは「Let it be BLEND」の文字。
「Let it be……、そのままで……あるがままに……か」
珈琲豆の知識なんて必要なかった。無骨な男は、感覚でその豆を選んだ。その日の気分や、直感。それに勝るものはないと感じたのだ。
第三章 豆を挽く
お湯を沸かすために男が選んだのはアルコールストーブだった。静寂のままお湯を沸かし、ゆっくりとした時間のなかで珈琲と向き合うためだ。着火と共にポワッとたちのぼる静かな炎。その優しげな暖かさは、どこかレイコのイメージと重なった。ケトルを火にかけ、男はミルを手にした。そこに二杯分の豆を入れ、静かにハンドルを回す。静寂の森のなかに、ゴリゴリと心地いい音が溶けていく。目を閉じれば、いままで気づかなかった鳥の声。そしてほのかに薫ってくる珈琲の香り。そして肌に感じる涼やかな風。そのとき、なぜかレイコの長い髪の毛がフワッと頬を撫でていったような感覚があった。
少し目を開ける。豆を挽くという行為そのものが、山を五感で感じるための大事な儀式だったのだ。
「悪くないでしょ?」
そうレイコが言っているような気がした。男はなにも口にはしなかったが、その口元には微かな笑みをたたえていた。
第四章 抽出する
カップの上にドリッパーをセットし、ペーパーのなかに挽きたての珈琲を入れる。
それと同時に、ケトルの蓋がコトコトと沸騰を知らせてくる。そのときふとヒロシの顔が浮かんだ。
「お前はせっかちだからよ。焦るなよ。愛ってのはな、じっくり抽出して深みを出していくもんなんだぜ。そう、珈琲みたいにな」
男はヒロシのアドバイスどおりに、大学卒業後にレイコと付き合うことになった。
*
男は「わかったよ、ヒロシ」と呟きながら、ケトルを火から離し、珈琲のなかに焦らずまずは少量のお湯を注いだ。挽いた豆がフワッとお湯を受け入れ、じっくり蒸らされていく。
十分に蒸らされたのを確認すると、また少しづつお湯を注いでいく。黒艶の雫が抽出され、ポトポトと落ちていくのを静かに眺めた。
*
「うれしい……、とてもうれしいわ……」
彼女は雫のような涙を流してくれた。初めてふたりで行った北アルプス。常念岳から登るご来光を見ながら珈琲を飲んでいるとき、男が静かにプロポーズしたのだ。朝日に照らされ、ピンクがかったレイコの顔はとても美しくて直視できなかった。男はただただ彼女の手元のククサを眺めることしかできなかった。
「ヒロシめ、余計なことを思い出させやがって……」
男は自分のカップだけじゃなく、レイコが愛用していたククサにも珈琲を抽出した。
第五章 あじわう
豊潤な香りが森のなかに漂う。その中心には、淹れたての珈琲が入った無骨なチタンマグと、優しげなククサ。男は軽くふたつの杯を合わせ、静かにカップを口元に運ぶ。まず鼻先でその香りを楽しみ、そしてゆっくりと口に珈琲を含ませる。濃厚な苦味が口のなかに広がり、それでいてすっきりとした後味だ。
「うまい」
自分でも情けなくなるような感嘆の言葉しか出なかった。しかしそれでいい。珈琲は決して高尚なものではない。
*
「うふふふ」
「なんだよ」
「別にぃ。変わってないんだね」
「うるさいよ」
Let it beーーあるがままに。
そこにはただただ優しい時間が流れていた。
山で味わう珈琲の時間がこんなに豊かなものだと初めて知った。そこには単純に珈琲を飲むというだけじゃない世界が存在していた。男は珈琲と向き合いつつ、山とも向き合い、そして自分とも向き合った。
「好きではある。しかし深追いはしない」
そう言いながら道具を片付け、男は静かに山を降りていった。その言葉は珈琲への思いなのか、それともレイコへの想いなのか。その想いはブレンドされて、静かに山に溶けていったのである。(完)
ってな感じの妄想してみたけどさ。本音言うとね、個人的にはなんだかんだと山はスティックコーヒーで十分だと思ってるわけですよ。軽いし簡単だし熱々で飲めるし。
あ~、うまい。
てことで至高の珈琲の結論は「人それぞれ、好き好きじゃね?」ってことです。ぜひ自分のスタイルに合った山珈琲を楽しんでおくんなせえ! てかレイコってだれだよ。ウチの嫁生きてるし、こんな優しくねえよ……。
ユーコンカワイ
ポスト北方謙三との呼び声高いダンディスト。自伝「罪な男~色気の夜光虫~」はベストセラーに。「女は落とすものじゃない。勝手に落ちるものだ」は流行語にもなった。
- BRAND :
- PEAKS
- CREDIT :
- 写真◉山口晋一 Photo by Shinichi Yamaguchi
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PROFILE
PEAKS / ライター・イラストレーター
ユーコンカワイ
旅とロマンを愛するフリーランスライター&イラストレーター&遊び人。最近では岐阜県山県市で地域おこし活動をしつつ、本質的な遊び方や生き方を模索している。個人ブログ「股旅ベース」で様々な情報を発信中。http://yukonkawai.com/
旅とロマンを愛するフリーランスライター&イラストレーター&遊び人。最近では岐阜県山県市で地域おこし活動をしつつ、本質的な遊び方や生き方を模索している。個人ブログ「股旅ベース」で様々な情報を発信中。http://yukonkawai.com/