波乱万丈 白馬岳温泉旅物語 〜私たちがテントを担いだ4日間・前編〜
阿部静
- 2021年07月23日
INDEX
2泊以上の縦走登山もテント泊も初めての彼女たちを誘って、女4人で温泉to温泉トリップへ向かった2019年8月。極楽な温泉地から始まった旅は土砂降りの雨、絶景稜線、ナイトハイク……初めてのテント泊には濃厚すぎるぐらい波乱万丈な旅模様。それでも目指す先に温泉が待っていれば、きっとだれもがハッピーエンド!
編集◉PEAKS
文◉阿部 静
写真◉鈴木千花
撮影協力◉モンベル
取材期間◉2019年8月10日〜8月13日
※白馬鑓温泉小屋は2021年度は営業を行ないません。 営業再開は2022年度からの見通しです。
出典◉PEAKS 2021年8月号 No.141
今回旅をしたのはこの3人
小誌編集部 阿部 静(左)
温泉×登山に情熱を注ぐ、自称編集部イチの温泉好き。わりとアクシデントを起こしがちだが体力とポジティブシンキングでカバーするのが得意技。大の魚突き好き。
タレント 吉野七宝実(中央)
“干物グラビア” で世界をバズらせ一躍ときの人となったグラドルアングラー。セクシーボディとは裏腹に、やんちゃで勇ましい姿も秘めている。大の釣り好き女子。
イラストレーター 藤田有紀(右)
小誌でもたびたびお世話になっている山好きイラストレーター。ふだんはおっとりした雰囲気だが、いざというときにはガッツを発揮できるド根性女子。大の爬虫類好き。
うっすらと白んだ景色のなかに見え隠れするあこがれの温泉地。
2年前の8月。私たちは白馬鑓温泉を目指して歩き出した。
今回の旅は少々挑戦的だったと思う。まず、カメラマン含めメンバー4人が全員女性で、かつ、うちふたりが初めての2泊以上の縦走登山、初めてのテント泊だった。タレントの “しほみん” こと吉野七宝実ちゃんと、イラストレーターの藤田有紀ちゃんだ。ふたりの体力は未知数だが、初めてのテント泊縦走には少々ハードめなロングルートを歩こうと考えていた。猿倉から入山し、1泊目は白馬鑓温泉小屋、2泊目は白馬岳頂上宿舎、3泊目は祖母谷温泉、そして欅平へ抜ける。総距離およそ28.5km。イチ温泉好き登山者としては、温泉から温泉をつなぐ旅をどうしてもやってみたかった。つまり、私の温泉欲に付き合わせることになるのかもしれないが、最高の山の湯と縦走登山を堪能できるに違いないし、彼女たちのフォローについてもちゃんと考えていた。
装備は少しでもひとりの負担が軽くなるように、テントと調理道具、食材を共同装備にすることにした。テントは2人用のものを2張り、クッカーは大鍋で全員分の調理計画を立てる。できるだけ私が重いものを持つように調整し、もしものときには追加で荷物を背負う心構えもしていた。不安はなくはなかったが、なによりも彼女たちのガッツにかけてみたかった。持論ではあるが、ここぞというときこそ女子は強いのだ。
*
空にはガスがかかり、景色はうっすら白んでいた。温泉からの眺めが少し気がかりではあったけれど、水気を含んだ森は瑞々しく美しい。緑濃い森に鮮やかな色味を挿す夏の花々や、小さな生きものたち。見つけるたびに立ち止まり、きゃっきゃと撮影する私たち。
眼前に、ふわりと蝶が現れた。アサギマダラだ。名前のとおり、浅葱色の羽が美しい。渡り鳥ならぬ “渡り蝶” として知られるが、夏は北方の高山帯まで北上し、秋には九州、沖縄、さらには台湾などの南方の島へと海を越え、この小さな羽で1000km以上もの広大な旅をする。蝶は長旅を終えてゆっくり休息するかのように私の指先に止まった。この地で静かに世代交代をするのだろうか。
5時間も歩かないうちに、辺りに硫黄の匂いが立ち込みはじめ、期待が徐々に膨らむ。前方を見上げれば、湯気を纏った温泉が泉のように湧いている。奥には建物がうっすらと姿を現した。ここは桃源郷? 幻想的な風景に、つい自分の意識を疑ってしまう。
小屋の敷地内に突入すると、テント場の真上に裸の人たちが見える。そこには石造りの大きな露天風呂。あんなところに温泉を作ってしまうなんて。ああ早く、あそこからの景色を眺めてみたい——。早まる気持ちを抑えつつ、まずはみんなで寝床をこしらえなければならない。湯上りにはぐでぐでに気持ちよくなってしまって、すぐさま缶ビールに手が伸びてしまうことが目に見えているのだから。
しほみんと有紀ちゃんにとっては初めてのテント設営。テント泊歴でいえばセンパイの私が率先して、張り方やテントの中のレイアウトをレクチャーしながら立てていく。ふたりとも興味津々という眼差しで、初めてのテント泊にウキウキしているようす。彼女たちにとって楽しい初体験となるように、しっかりアテンドしなければ。ちょっぴり責任重大だ。
嗚呼、愛しの白馬鑓温泉よ。
設営が完了すれば、目指す先は眼前の温泉。私たちはすぐさま水着になり、露天風呂に直行する。裸のオジサンたちに紛れながら(しほみんのナイスバディなビキニ姿に、オジサンたちの視線を釘づけにしながらも)、私たちは目 の前の温泉に歓喜の声を上げていた。湯船の先には広大な景色。遮るものはなにもなく、眼下に広がるテント場から、私たちが歩いてきた道すじ、そして遥か遠くの山々までもが雲の切れ間から見渡せる。ずっと訪れてみたかった山の温泉好きあこがれの地、白馬鑓温泉。しみじみと感慨にふけりな がら温泉の心地よさに浸っていると、薄曇りだった空に淡い光が射しはじめた。雲の流れが早くなり、徐々に空が開け、山々の全貌がついに明かされる。刻一刻と空のようすが変化していくドラマチックな情景を、ただひたすらに魅入ってしまう。心地よいお湯とこの景色。嗚呼、愛しの白馬鑓温泉よ!
*
旅の翌日
翌朝は重たい曇り空。テントの撤収を始めるころ、ぽつりぽつりと降り出してきてしまった。歩き出してからしばらくすると、ついに本降り。雨に呼ばれるように、小さな子どもたちを引き連れたライチョウファミリーにも遭遇し、雨のなかでもパシャリパシャリ。可愛らしい姿に和まされる。
しかし、雨はいっこうに止まない。それどころかどんどん強くなる。この日もテント泊を予定していたが急遽変更、途中の電波が入るところで白馬岳頂上宿舎に連絡し、小屋泊まりしたい旨を伝える。白馬鑓ヶ岳から白馬岳頂上宿舎までの稜線は、横殴りの雨風に叩かれながら、真っ白な景色のなか、とにかく前進するしかなかった。頭のてっぺんから足のつま先までびしょ濡れで、パンツの中まで大洪水。長時間、雨風に晒されて、徐々に体から熱が奪われていくのを感じる。震えが止まらない。有紀ちゃんの唇が真っ青だった。強風の音によってだれとも口もきけず、ひたすら前へ進むことしかできない辛抱の時間。ふたりはもっと辛かっただろう。初めてのテント泊でこんな目に遭うなんて。晴れていたら最高の稜線歩きだったはずなのに。それをふたりに見せられなかったことも本当に悔しい。どうか、山を嫌いにならないでくれますように……。
※この記事はPEAKS[2021年8月号 No.141]からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっております。
>>>後編・ルート詳細につづく
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文◉阿部 静 Text by Shizuka Abe
写真◉鈴木千花 Photo by Chica Suzuki
撮影協力◉モンベル
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