花と雪と緑の山旅・後編 〜後立山連峰の名山・白馬岳から雪倉岳、朝日岳へ〜
PEAKS 編集部
- 2021年08月24日
人気の白馬岳をさらに北へ。静かな山を求めて雪倉岳、そして朝日岳へと縦走する2泊3日の旅の後編。2日目は、白馬岳山頂から三国境の分岐へ下り、雪倉岳を目指す。
>>>前編はこちら
文◉高橋庄太郎 Text by Shotaro Takahashi
写真◉加戸昭太郎 Photo by Shotaro Kato
出典◉PEAKS 2020年6月号 No.127
取材期間:2019年8月4日~6日
さっきは雲の上、いまは雲の下。歩けば歩くだけ風景が変わっていく。
人影が格段に少なくなった稜線を北へ。岩峰が立ち並ぶほかの北アルプス山域は「縦」にそびえるイメージだが、このあたりは「横」へ広がる開放感がすばらしく、どことなく北海道や東北の山々を思い出させる。これから自分が歩いていくルートをずっと先まで見通すことができ、その規模に圧倒されそうになってしまう。
ときどき雪渓を横断しながら、なだらかな砂礫の登山道はただただ続いていく。気持ちはのんびりして、実際ゆっくり歩いているつもりなのに、難所もないのでスピードは速い。雪倉岳避難小屋からの登り坂を終えると、思いのほか早く雪倉岳の山頂へ到着した。
麓から上がってきた白いガスで周囲の景色は眺めにくいが、眼下に雲が漂う風景も悪くはない。だが少しすると視界が少しずつ開けてきて、今日の朝までいた白馬岳の山頂が確認できた。
あそこからここまでよく歩いてきたものだ。反対側には朝日岳がそびえている。ここは今日の中間地点である。まだ先は長い。
雪倉岳から北に向かって下り始めて数十分。そろそろよいかと僕は頃合いを見て後ろを振り返った。
そこには当然、雪倉岳がある。この山はどっしりと大きく、惚れ惚れするような存在感をもっているが、それがよくわかるのはこんな北側から眺め。僕はこの雄大な風景を楽しみにしていたのだ。
これで日本200名山か。個人的には日本百名山のなかには雪倉岳よりも魅力に乏しい山がある気がしないでもない。百名山に負けない雪倉岳のよさももっと多くの人に知ってほしいものだ。
そこからさらに歩き続けると、今度は日本300名山の朝日岳が近付いてくる。その手前で樹林帯に入り、分岐点で山頂への直登ルートと “水平道” と名付けられた朝日小屋へ向かう巻き道に分かれる。このとき、普通であれば巻き道を使ったほうがラクかのように思われる。また、今回の計画では朝日岳には明日も登る予定だ。
しかし、僕は巻き道を使わず、山頂を経由して朝日小屋へ向かうことにした。じつは “水平” とは名ばかりで、この道は細かなアップダウンが多く、非常に疲れる。なにしろ分岐から山頂までは標高差が250m以上で距離も長くなるというのに、朝日小屋までのコースタイムは1.2倍くらいにしかならないのだ。それならば、森林限界を越えた場所からの風景をいま一度楽しめる山頂経由でもいい。また、白馬岳のときと同じく、翌朝は悪天の可能性もあり、山頂にはさっさと立っておいたほうがあとで後悔がない。
だが朝日岳の山頂は薄曇りであった。まあ仕方ない。ここからの景色は明日の朝のお楽しみとして、僕は朝日小屋へと下っていった。
小屋前のテント場は比較的空いていた。平日といっても8月上旬のいちばん混みあう時期なのに、静かな夜をすごせそうだ。
夜には雨が降り始めた。幸いなことに、天気予報によれば雨が降るのは夜のひとときだけで、明日はまた晴れる。ただ、僕はこのテント場に泊まるとき、数分歩いた木道の上から富山の街並みの夜景や漁火を眺めるのを楽しみにしているのだが、それは諦めなければならない。少々残念だった。
最終日の3日目、早くも下山の日を迎えた。この日は再び朝日岳に登ったあと、吹上のコルから五輪尾根で蓮華温泉へ向かう。ルートの前半は湧水が多く、飲み水には困らないが、雨で増水すると面倒だ。それに木道が長く、雨で濡れると滑りやすいのである。
だが、雨は予報どおりに夜のみ。朝からはまた青空が広がった。
登山道は稜線から尾根へ。まだまだ山中ですごしたいが次第に麓が近付いてくる。
吹上のコルと蓮華温泉を結ぶ道は、眺望という意味では、北アルプスでも屈指の好ルートだ。木道は草原や湿地の間を緩やかに延び、谷を挟んだ向こうには雪倉岳を中心とした凛々しい山々が控えている。人工物を見ることはほとんどなく、かなり先に進むとやっと白馬岳蓮華温泉ロッジの屋根が見えてくる程度だ。晴れていれば天国のような場所にすら感じる、まさに深山中の深山なのである。
ただし距離は長い。朝日岳から蓮華温泉までの標高差は950mほどだが、谷を横断してからの登り返しもあり、なかなかハードだ。
僕はいつもこの区間をのんびり歩きたいと思っている。だが、帰宅のためのバス便へ確実に間に合わせたいし、できれば最後に温泉で体を洗いたいなどとも考えてしまい、今回も知らないうちに足早に進んでしまった。
それでもいくつもの思い出が鮮明に脳裏へ焼き付いた。
休憩中に食べたリンゴやマス寿司はじつにうまかった。五輪尾根で何度も喉を潤した沢からの天然水は、ボトルに入れて持ち帰りたくなるようなおいしさだった。
そして、だんだん遠ざかっていく雪倉岳の姿。そこから離れていくことに、強い寂しさを覚えた。
山行が充実しているほど、楽しさといっしょに、帰宅しなければならないことへの名残惜しさが生じてくる。言い方を変えれば、ただ楽しい記憶が残るだけではなく、帰り際に少し寂しくなるくらいのほうが、むしろよい山行だったということだ。僕はこれまで、そんな山旅を何度できていただろう?
バスの時刻よりもかなり早く蓮華温泉に到着し、最後にひと風呂。これで今回の旅は終わりである。
この年の夏、僕は最後に寂しくなるような山行経験をひとつ、自分の人生にプラスできた。きっと死ぬまで忘れない。今年は新型コロナの問題で先が見えないが、できればさらにひとつ、良い旅の記憶が加わることを願っている。
>>>ルートガイドはこちら
高橋庄太郎
山岳/アウトドアライター。長距離縦走を愛し、北アルプスはホーム山域。著書に『トレッキング実践学 改訂版』『北アルプス テントを背中に山の旅へ』(エイ出版社刊)など。
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文◉高橋庄太郎 Text by Shotaro Takahashi
写真◉加戸昭太郎 Photo by Shotaro Kato
取材期間:2019年8月4日~6日
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PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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