筆とまなざし#242「ある日曜日、木曽駒ケ岳へ1泊2日のスケッチ山行へ(前編)」
成瀬洋平
- 2021年09月08日
ガスのなかに浮かび上がる「天空の山小屋」。
ふと思い立ち、天気がもってくれそうな日に木曽駒ヶ岳へ絵を描きに行ってきました。梅雨明けから山へ行く機会を狙っていたのだけれど、天気が悪かったりスケジュールが合わなかったりでなかなか行くことができませんでした。1泊2日と短いし近場だけれども、アルプスの稜線を描きたいと出かけたのです。
ロープウェイで千畳敷まで登れてしまう木曽駒は日帰りの山だと思っていました。主稜線は一本で北アルプスのような景色の広がりもあまりない。けれども、結果的にとても充実した時間をすごし、筆も冴えてたくさんの絵を描くことができました。
ロープウェイを使うのもどうかと思ったけれど、おかげで9時半には駒ヶ岳頂上山荘のテント場に到着。「疲れていては絵など描けない。極力絵を描く体力を温存すべし!」というのは吉田博先生の教えです。テントを設営してからバックパックに画材と行動食を入れて歩き始めました。
日曜日ということもあり、頂上へ登る登山道は多くのハイカーで賑わっていました。しかし、一歩別の道に足を踏み入れるとその喧騒が嘘のように静かな山の時間が広がっていました。宝剣や木曽駒あたりには、硬くて白いみごとな花崗岩が林立しています。
絵の具で遊んで描いてみようと、岩のシルエットを絵の具の滲みで描いてみました。絵の具が乾くのを待ちながら周りの風景を眺めていると、斜面をトラバースした先のガスのなかにときおり浮かび上がる山小屋が見えました。白いガス、緑の斜面、山小屋の赤い屋根。ときおり見える空の青さとのコントラストがすばらしい。小屋の屋根に石が載っている風情が素朴で、しばらくその風景を眺めていると、描きたいという感興が湧き起こってきました。それは対象との接点を感じられた瞬間で、いつもそのようにして鉛筆を手に取るのです。
ときどき差し込む太陽の光が明るく照らし、そうかと思えばすぐにガスに巻かれて見えなくなる風景。真っ白にかき消されるからこそ、そこには魅力的ななにかが隠されているように感じるのでした。見えなくなったらじっと待ち、それでも晴れなければ頭上の雲を描く。
そしてまた視界が開けたらまら描き始める。最後に右上に小さく青空を描いて完成させたその絵のタイトルは「天空の山小屋」としました。いささか仰々しいけれど、ガスのなかに浮かび上がる姿を描いていたとき、ふとそんな名前が思い浮かんだのでした。(つづく)
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