筆とまなざし#269「新しい試み。冬の八ヶ岳バリエーションルートでスケッチ」
成瀬洋平
- 2022年03月09日
氷点下のなか水彩絵具で描く阿弥陀岳南稜。
阿弥陀岳南稜に行ってきました。八ヶ岳の冬季バリエーションの入門ルートでぼくも10年以上前に一度登っています。山麓からはるか彼方に見える阿弥陀岳の頂へと延びる長い尾根。下部は樹林帯の歩きだけれど、ハイライトとなる氷雪のルンゼがアクセントとなっています。1泊2日にすれば初日の行動時間は短いし、多少荷物が増えても苦にならない。そしてなにより尾根上からは阿弥陀岳の眺望がすばらしい。ただ登るだけではおもしろくない。今回は新しい試みとして、冬のバリエーションルートで絵を描くことにしました。
舟山十字路の駐車場へと続く林道にも雪がたっぷり積もり、妻の四駆が役に立ちました。しばらく林道を歩き、急な斜面をラッセルを交えて登って南稜に取り付きました。3月に入ると急に暖かくなり、日差しがとても心地よい。前日に降った雪が木々の枝に積もり、歩く度に頭上から落ちてきます。雪で濡れないようにハードシェルを被り、ストックで木々の雪を払いながら登っていきました。
立場山を越えると、急に視界が開けました。新雪で真っ白に雪化粧し直した阿弥陀岳が、真っ青な空を背景にそびえていました。行者小屋などから見るよりもずいぶん大きい。その堂々たる風格には圧倒されずにはいられません。これ以上進むと一旦コルに下るので、この最高のビューポイントにテントを張ることにしました。
テントを張り終え一息つくと、さっそくスケッチブックを取り出しました。風もなく本当に穏やかです。このくらいの行程と陽気だと余裕を持って絵を描けます。最近使い始めた新しい水彩紙は鉛筆での細かい描写がしにくい。岩場と雪面を簡単に描き分けるに留め、絵の具をメインに描くことにしました。するとどうでしょう。コバルトブルーで空を塗っていくと、スケッチブックの上がキラキラと虹色に輝きだしました。塗ったそばから、見る見る絵の具が凍っていくのでした。これだけ暖かければ大丈夫かと思っていたけれどさすがに冬山。気温はマイナスのようです。絵の具がうまくのらずに苦心しながらも、なんとか完成としました。ところどころに見られる濃い粒々は凍った絵の具の跡。思うように描けたかどうかはさておき、その粒々はこの場所で描いた証です。
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