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筆とまなざし#262「『Arts and Climbs』な旅に沖縄へ。〜その3・佐喜眞美術館へ~」

『沖縄戦の図』を観に佐喜眞美術館へ。そこで見た凄まじい絵の力、沖縄の海の色。

「佐喜眞美術館はマスト。『沖縄戦の図』がまた全部見られるのはいつになるかわからないから」

沖縄在住の知人にそう勧められ、辺戸岬の岩場に向かう道すがら佐喜眞美術館を訪れたのは閉館間際でした。

丸木位里・俊夫妻は戦争を描き続けた画家として知られています。ヒロシマを描いた『原爆の図』は別の美術館で見たことがありました。その丸木夫妻が沖縄に滞在し、生存者からの証言を聞きながら6年の歳月をかけて描いた連作が『沖縄戦の図』です。

展示室に入ると、その巨大さに圧倒されるとともに、言葉にできない重圧が押し寄せてきました。全14部のうちもっとも大きな作品『沖縄戦の図』は縦400、横850cmに及ぶ超大作です。細部に目を凝らし、そこに漂う雰囲気が自分のなかに入ってくると気分が悪くなるほどで、絵との距離を意識的に保つことによって平常心を取り戻すことができました。たしかに、この絵には凄まじい力が宿っているのだと思いました。

美術館の建つ場所は、館長である佐喜眞道夫さんが代々祖先から受け継いだ土地なのだと解説にありました。しかし戦争を経てその土地は米軍基地になってしまいました。佐喜眞さんは土地の一部返還を要望。「沖縄戦の図」を展示し、沖縄戦を伝える美術館を開館したのは1994年のことでした。

数年前に放映された『日曜美術館』に美術館が特集されたそうで、別室で視聴させてもらいました。ビデオが終わると、閉館時間をとうにすぎていました。

「大丈夫ですよ、ぜひ屋上に上がってみてください」

そう声をかけてくださったのは佐喜眞館長その人でした。

玄関を出て右手に回り込むと白い階段がありました。階段は6月23日の慰霊の日の太陽の日没線に合わせて作られたのだと言います。階段は空へと続き、茜色に染まった雲が白い空間に色彩を滲ませていました。最上部まで登り詰めると、大きな空の下に宜野湾の街並みと海、そして普天間飛行場が見下ろせました。

その日のうちに辺戸岬まで行くことは諦め、途中のビーチでキャンプすることにしました。夜が明けると、目の前には白い砂浜とエメラルドグリーンの海が広がっていました。海は空の青さを映し、日が差し始めると鮮やかさを増して輝きました。これまでたくさんの場所でキャンプをしたけれど、こんなにすばらしいキャンプ地は記憶にありません。パッキングを済ませてから、どうしても絵を描きたくなりスケッチブックを広げました。こんな色の海を描くのは初めてでした。旅をすることで新しい色を手に入れる。その海の青さは、沖縄の海がくれた青でした。

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PROFILE

成瀬洋平

PEAKS / ライター・絵描き

成瀬洋平

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

成瀬洋平の記事一覧

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

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