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前穂ですごしたあの夜のこと|ケガの体験談

奥又池までA沢を下るだけとナメていたのがいけなかった。

ずいぶんと前の話になるが、秋に前穂の東壁を登りに行った。朝一番に上高地を出て、徳沢から新村橋で梓川を渡り、そこで初めてギザギザの、どれが頂上なのかよくわからない前穂の東面を仰いだ。まだ血気盛んなころで、奥又池まで駆け上がってテントを張ったらまず初日に一本ということで、曇り空だったが昼から壁に取り付いた。

当時は残置支点無視という、いまから考えると不思議なルールが流行っていて、あちこちにある先人たちが残したハーケンやリングボルトを使わずに登るが、ただ必然的に時間がかかり、小雨の降る前穂の頂上に着いたのは夕暮れ近かった。

下山は明神のコルから奥又池までA沢を下るだけとナメていたのがいけなかった。A沢から尾根を踏み変えるコルを見落としてどんどんガレ場を下ると、危うげな雪渓が引っかかった涸れ滝に行き着いた。

こんなはずはないんだがと、頼りないダケカンバにロープをかけて懸垂を始め、私が降りたまではよかったが、後続のパートナーが斜め懸垂のところでバランスを崩し、秋の固い雪渓に足を掛けたところにそれが倒れ落ちた。胸と足が涸れ滝の側壁に挟まれるようなかたちになり、数秒後には乗用車くらいある雪の塊が私の横を掠めて転がり落ちていった。

パートナーを介助しつつ避難してビバークとなった。

パートナーは涸れ滝の下にうずくまっていた。一瞬死んだかと思って世界が止まった。雪塊は同時に落石も起こしており、火打ち石を叩いたようなきな臭い匂いが漂った。パートナーが滝の下で少し動いたので我に帰り、ガレ場をかまわずかけ寄ったら真っ青になっていた。胸を強く挟まれたようで肋骨を痛がっており、下降器を離してしまった瞬間、短い距離だが滝下に墜落して足首を痛めていた。

この時点でほぼ日没。ヘッドランプとツエルトはあるが、水はわずかしかなく行動食の余りが少し。なんとか落石のこなさそうな岩棚にパートナーを介助しつつ避難してビバークとなった。いまならおそらくヘリ救助案件だが、当時はガラケーで、前穂の東面は電波が入るわけもなかった。そもそもふたりとも無所属で下山予定日は明日。だれかが心配してくれる要素はゼロだった。

秋の穂高の冷え込みは厳しく、ツエルトにくるまって震えながら残っていた菓子パンをかじった。眼下に見えるはずのテントには、豊富な食糧を置いてきていた。パートナーの足首は腫れ上がり、翌朝靴を履けるようには思えなかった。無理に強がりの冗談を言っても、肋骨の痛みで笑うのもつらそうだった。

結局まんじりともせず朝が来た。前穂の東面には周囲の山々のどこよりも先に、山頂に日が差すことを知った。逆光に常念や蝶が藍色になった。やがて待ちわびた極彩色のような朝日が、ツエルトから顔だけ出して覗いていた私たちを染めた。このとき私たちは初めてあたりが一面に黄葉していることに気がついた。紅葉はこの夜の冷たい雨で急かされて、奥又池まで降りていったかのようだった。

私がガレ場を右往左往して尾根の踏み変え点を上部に見つけ、パートナーは片足を引き摺りながら半ばずり這いのようにガレ場を登り、さらに下った。

ようやくの思いでテントに戻り食糧を貪っていたら、秋の澄んだ青空に、池にはくっきりと北尾根のスカイラインが映っていた。池の縁には薄い氷があった。

暗くなる寸前に徳沢にたどり着き、宿の方になんとか送迎を頼んだ。ひとり元気な私は、宿から星空の下にシルエットを映す穂高を見て、あの場所を登ったことも、昨晩はあの場所でつらい思いをしたこともすべて懐かしく思った。

あのときのことを思い出してかすかに胸が痛む。

パートナーのケガは上下とも骨折の手前だったが、とくに足首は、下山に酷使したのが災いして予後が悪かった。彼はその後に山から離れ、いまはなにをしているか、おたがいにわからない。この事故が、結果的には公にはならなかったが、彼を山から離れさせるきっかけになったのには違いなかった。私はその後も彼を山に誘ったが、彼がうなずくことはなかった。もしかしたら私が事故についてかけた言葉のどこかに、彼を傷つけるものがあったのかもしれない。若さは傷つきやすくもあり、また反対に傷つけやすくもあった。

いまでも徳沢から前穂を見上げるときにはあのときのことを思い出してかすかに胸が痛む。長い前穂の歴史のなかに、私とパートナーが震えながら、ひたすら朝を待ちわびてすごした一夜があったことが、私にはたしかにいまを生きる糧となっている。同じように彼が、あの夜のことを懐かしく思い出すときがあってほしいと、いまでもそう思っている。

成田賢二さん
山梨県北杜市在住。2016年、マウンテンワークスを立ち上げる。山岳映像製作や行方不明者捜索、山小屋の除雪作業、源流釣りガイドなど、さまざまなかたちで山に関わる。

※この記事はPEAKS[2021年3月号 No.136]からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっております。

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PEAKS 編集部

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装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。

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