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川崎吉蔵 【山岳スーパースター列伝】#22

文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2015年3月号 No.64

 

山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
日本に登山雑誌というものを根付かせたこの人物を紹介したい。

 

川崎吉蔵? だれそれ?

――という読者がほとんどなのではないかと思う。しかしこの人物が日本の登山メディア界一の巨人であることは間違いない。国内初の商業登山雑誌『山と溪谷』を創刊した男なのだから。

『山と溪谷』といえばPEAKSの競合誌。その創業者をここでスーパースターと持ち上げるのもなんだが、川崎吉蔵を語ることは日本の登山雑誌の歴史を語ることに等しい。なにしろ日本初の登山雑誌である。

創刊は1930年。厳密にいえば、それ以前にも登山雑誌はいくつかあったが、それはどれも会報誌レベルのもので、しかも短命に終わっている。本格的な商業誌として刊行されたのは『山と溪谷』が初で、その後も日本の登山の大衆化を牽引し続けた。

つまり川崎吉蔵は、NHKの朝ドラ「マッサン」のようなものなのだ。ニッカウヰスキーの創業者のストーリーすなわち日本のウイスキーの歴史であるように。

じつは私は以前、『山と溪谷』の版元である山と溪谷社に勤めていたことがあり、川崎吉蔵は大先輩にあたる。とはいえ私が入社したときにはすでに亡くなって久しく、社内で川崎の話を聞く機会もほとんどなかった。

だから社歴上は確かに大先輩だが、とくに思い入れはなく、「昔、ヤマケイを作った人」程度の認識しか持っていなかった。山と溪谷社という会社は、よく言えば上品、悪く言えば覇気がないところがあり、そこから創業者もなんとなく薄味の人物像を勝手にイメージしていた。

しかし会社を辞めた2007年、一冊の本を読んで、私は認識を大いにあらためることになる。『山ありて人あり』(井ノ部康之著・山と溪谷社刊/非売品)という本がそれで、この本には川崎吉蔵の生涯がかなり詳細に描かれている。

川崎が山と溪谷社を創業し、『山と溪谷』を創刊したのは22歳のとき。大学を卒業したばかりの川崎は、たったひとりで新雑誌を創刊した。学生時代から山登りにはかなり入れ込んでいたが、雑誌作りの経験などまったくなく、編集や印刷、製本の知識ゼロからの出発だったという。取次(本の流通を担う問屋)の存在すら、雑誌完成後に初めて知ったというのだから驚く。

自ら広告営業や販売店との交渉も行なったが、その経験ももちろんなし。それでも「狙うなら一流の大物を」というモットーのもと、三越や資生堂、紀伊國屋書店にアタックし、見事広告や取引を獲得している。

創刊号には、「信條」と題した川崎の巻頭言が載っている。これはまさに檄文。新雑誌に賭ける川崎の熱すぎる思いを少し紹介しよう。

「山岳専門雜誌」出でよ!は我々の多年痛感して來た事柄です。

 

本誌は象牙の塔に立てこもつてゐる各山岳部及山岳會の優秀なる人々の文献を一つの誌上に包括し、且つ發表機關を持ち合はせぬ多くの眞面目な人々の研鑽を包含してしまふ事に依つて本誌の大きな特色とする處です。

 

我々は全面的に發展して來た現登山界を視透さねばなりません、ヤブ山のみを自己の登るべき山だと信じたり、高峻山岳のみを以つてたゞ「山」だと信ずる「小兒病患者」を排撃しなくてはなりません。

 

1930年の創刊以降、終戦のころまで川崎はほぼひとりで山と溪谷社を切り盛りしているが、このころの描写を読んでいると、覇気がないどころか活力みなぎるベンチャーのストーリーそのものなのである。

川崎の非凡なところは、まず志があったこと。それを形にする行動力に秀でていたこと。そして志だけに流されず社会のニーズを的確にくみ取る力があったこと。

この3つを兼ね備える人物はなかなかいない。どれかひとつでも欠いていたら、日本初の登山雑誌は長続きしていなかったはずだ。

以降、私のなかでは、たんなる歴史上の先輩だった人物が、登山雑誌編集者としての師になった。

その後、私は会社を移り、『PEAKS』の創刊に携わるのだが、そのときは「おれは現代の川崎吉蔵だ」という心持ちでことにあたった。当時の登山雑誌は読者層が中高年に偏り、若い登山者のステーションとなり得る場がなくなっていた。「若年層の『山岳専門雑誌』出でよ!」というわけだ。

創刊作業はめちゃくちゃ大変であった。これを経験ゼロからひとりで成し遂げたなんてとても信じられない。その巨人ぶりを私は身をもって体感した。歴史に名を残す人物はやはりとんでもないのである。

 

川崎吉蔵
Kawasaki Kichizo
1907年~1977年。登山雑誌で知られる山と溪谷社の創業者。中学時代に登山を始め、早稲田大学では山岳部に所属し、谷川岳一ノ倉沢初登攀などの記録を残す。大学卒業後の1930年に登山雑誌『山と溪谷』を創刊。

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PROFILE

森山憲一

PEAKS / 山岳ライター

森山憲一

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

森山憲一の記事一覧

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

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