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日本のアドベンチャーレースの代名詞・田中正人 【山岳スーパースター列伝】#33

文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2016年9月号 No.82

 

山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
今回は日本のアドベンチャーレースの代名詞というべきこの男の登場である。

 

昔、アドベンチャーレースというものに凝っていたことがある。歩きやカヤック、マウンテンバイクなどを駆使して、道なき野山に自分たちでルートを見出し、ゴールをめざすというレース。

歩きが強いだけでは勝てず、カヤックがうまいだけのやつもダメ。地図を読んで効率のいいルートを見出していく技術も必要なので、体力だけあっても勝てない。海外のビッグレースでは1週間ほどかかるものもあるので、食べたり寝たりの生活技術の巧拙も勝負を左右する。いわばアウトドアの総合格闘技ともいえるレースだ。

このレースではナビゲーション技術がかなり重要で、私はそこには自信があったので、体力や技術は平凡だったけれど、そこそこ活躍することができた。レイド・ゴロワーズという伝説的レースがあるのだが、1993年という早い時期に私はそれに出場していることをここで自慢しておきたい。今回の主役、日本のアドベンチャーレースの祖といってもいい田中正人が初めてレイド・ゴロワーズに出場したのが1994年。私のほうが1年早いのである!

私が田中正人を初めて知ったのは、その1994年のレイド・ゴロワーズだった。お笑い芸人の間寛平が最強チームを組んでこの最難レースに挑戦するというテレビの企画があり、前年の日本山岳耐久レース(ハセツネカップ)で優勝していた田中がその一員に選ばれたのだった。

雑誌で田中の姿を初めて見たとき、私はなんともいえぬ違和感を抱いた。地味な髪型に銀縁メガネ、やせ型の神経質そうなルックス。アウトドアマンやスポーツマンというより銀行マンといったイメージで、まるでアドベンチャーらしくなかったのである。

しかしこの男が、実力的にはチームのリーダー格だという。日本山岳耐久レースで優勝する走力があるだけでなく、彼はオリエンテーリング競技あがりの高度なナビゲーション技術も持っていた。見た目に似合わず性格も激しいものを持っていたようで、テレビの企画だからといって容赦することはなく、田中は本気で勝ちをねらってチームを引っ張っていた。

だがその強引すぎるリーダーシップは周囲との軋轢を生み、レース中、間寛平との関係も険悪になったという。1993年の私たちのレース映像を見た田中が、「こんな甘いやつらはレースに出る資格がない」という意味のことを語ったらしいことも漏れ伝わってきた。神経質そうなのは見た目だけでなく、中身もそうらしい。めんどくさそうなやつだな……。

実力はあるが、取り扱いに気を使うナイフのような男。それが田中正人の印象だった。

田中はその後、勤めていた会社を辞め、プロのアドベンチャーレーサーを名乗って活動を始めた。苦手だったカヤックを克服するために、群馬県水上に移住してリバーガイドも始めた。プロアドベンチャーレーサーなど成り立つはずもないと思われていたころ。それでも生活のすべてをアドベンチャーレースに注ぎ込んでいくそのガッツには一目おかざるを得ないものがあった。

田中の目標はふたつ。海外のビッグレースで優勝することと、アドベンチャーレースの普及。そのために、レースに出場することはもちろん、自分でレースを主催したり、雑誌やテレビの取材に協力したり、道具開発のアドバイザーをしたり、ありとあらゆる活動を行なっていく。

そのうちに、熱に感化される人間も現れ始める。登山家の谷口けいしかり、「グレートトラバース」の田中陽希しかり。いずれも、田中正人が結成したアドベンチャーレースチーム「イーストウインド」に所属したメンバーだ。

めんどくさそうだった男は人間も変わった。年々おだやかになっていったのだ。しかし「丸くなった」というのとは違う。チームで軋轢を起こしやすかった性格を自ら変えたのだという。それはレースで勝つために。

田中のふたつの目標はまだ達成されていない。だがナイフのような情熱は90年代当時のままだ。前例のない茨の道をあえて進み、数十年たってなお衰えない思い。そんな生き方は私にはできなかった。だから同い年のこの男は、私にとっても夢であるのだ。

 

田中正人
Tanaka Masato
1967年、埼玉県生まれ。オリエンテーリング競技の選手として活躍し、1993年の日本山岳耐久レースで優勝。1994年にレイド・ゴロワーズに出場し、以降、本格的にアドベンチャーレースに取り組む。チーム「イーストウインド」を率い、パタゴニア・エクスペディション・レースで準優勝(2012、2013、2016年)などの実績を残す。個人でも、トランス・ジャパン・アルプス・レース(TJAR)で2度優勝している(2004、2008年)。 https://www.east-wind.jp

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PROFILE

森山憲一

PEAKS / 山岳ライター

森山憲一

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

森山憲一の記事一覧

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

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