<日本の山岳写真の祖> 白籏史朗 【山岳スーパースター列伝】#35
森山憲一
- 2022年08月30日
文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2018年8月号 No.105
山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
今回は、日本の山岳写真の土台を作り上げたといっていいこの人を紹介しよう。
白籏史朗
山岳写真というジャンルがある。PEAKSの読者には説明は不要だろうが、要するに、山を被写体とした写真のことである。
この分野を確立した草分けのひとりであり、「ミスター山岳写真」といえるほどの巨匠的存在でもあるのが、今回の主役、白籏史朗だ。
現在では、山岳写真家を名乗る人はいくらもいるし、専業プロとして生活している人も少なくない。しかし、白籏がプロとして独立した1962年当時は、山岳写真が職業として成り立つ土壌はまだなく、山岳写真の多くは「写真が撮れる登山家」によって撮影されたものだった。つまり撮影者はアマチュアであり、専業でこれを追求している人はほとんどいなかったのだ。
白籏はデビュー前に岡田紅葉という写真家に師事していた。岡田も山を撮っていたが、ほぼ富士山専門に近い「富士山写真家」。富士山の写真には商業的価値があっただろうが、北アルプスや、ましてや南アルプスなどの写真を売ることで写真家業が成り立つとは考えられていなかった。白籏も、「破れかぶれ、どうとでもなれ」という心境での出発だったという。
当初はカメラを買う金もなく、借り物や安いカメラで撮影をしていた。結婚式のために貯めていた金をカメラにつぎこんでしまい、結婚式が延期されたというエピソードも伝わる。
それでも、年間200日以上山に入る生活を続け、次第に山岳写真家としての地位を確立していった。
白籏の写真の特徴は、山を「大きく」「けわしく」撮ること。そのために、標高が高く、量感のある山を好み、しかもそれを真っ正面から撮影した。言ってみれば、人々が「山岳」という言葉でイメージするものを、そのまま写真作品として提示するような作風だった。
真っ正面から撮るというのは、ひとつはアングル。山がもっとも特徴的に、かつ、迫力ある姿を見せる場所から撮影する。もうひとつは気象条件。ガスがからんだり、珍しい光線状態だったりする写真はあまり撮らず、晴れて、山頂や稜線がくっきり見える条件を好んだ。よくいえばわかりやすく、悪くいえば絵ハガキ的な写真が多かった。
だがしかし、こういう写真はじつは難しいのである。
迫力ある山を目の前にして、感動して写真を撮ったところ、現場で感じた迫力の10分の1も写っていないという経験をしたことがある人は多いと思う。大きなものを大きく撮るというのは、写真的工夫や技術が必要とされるのだ。
芸術的な雲の流れを撮影するのは一瞬の感性でとらえることも可能だが、山全体を真っ正面から写し撮るには、何度も通って山を見続け、ベストなアングルを探し出し、最適なレンズの画角をチョイスし、露出を工夫し、フィルムも厳選し、ミリ単位でフレーミングを調整し、そして、理想的な気象条件を待つ必要もある。ひとつひとつをていねいに組み上げる、職人的な作業が求められるのである。
いちばん王道を選んだからこそ、変化球は投げず、ど真ん中に剛速球を投げることにこだわった。白籏の写真はそんな芸風であり、その正面突破を、なかなか真似できないクオリティで実現したからこそ、白籏は山岳写真の第一人者となり得たのである。
ところで、白籏は1933年の生まれ。私が登山雑誌の編集を始めた1996年には、とっくに巨匠中の巨匠になっており、編集長クラスでないと話もできないという空気があった。加えて、白籏はモジャモジャ頭に肉食系の風貌。性格的にもクセが強く、不用意なことを口にするとカミナリを落とされると言われていた。
チキンな私はその空気を素早く察知し、白籏にはふれないようにしていたのだが、ある日、編集部に入ってきたばかりの新人が、「白籏さんに人生相談やってもらうなんておもしろいんじゃないですかね~」と軽いノリで言いだし、「バカ、やめろ」という周囲の声も気にせず、本当に企画を打診しにいった。すると、白籏はなんとこれを快諾。「道なき道のケルン」のようなページを、毎月ノリノリでやってくれたのである。
巨匠のあまりにも意外な一面。気難しい大先生と思われていた白籏も、知られざる柔軟な側面をもっていた。同時に私は、人は空気で判断してはいけないのだと、強く思ったのだった。
白籏史朗
Shirahata Shiro
1933年~2019年。山梨県出身の写真家。写真家・岡田紅葉に師事し、29歳のときに独立して山岳写真家として活動を始める。1968年には、山岳写真家の組織「日本山岳写真集団」を創設。多くの写真集・著書を残しており、代表的なものに『南アルプス』(朝日新聞社)、『NEPAL HIMALAYA』(山と溪谷社)、『THE GREAT KARAKORAM』(東京新聞)などがある。
https://www.shiro-shirahata.net
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PROFILE
PEAKS / 山岳ライター
森山憲一
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com
『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com