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<英国アルパインクライミングの正統> ミック・ファウラー 【山岳スーパースター列伝】#39

文◉森山憲一 Text by Kenichi Moriyama
イラスト◉綿谷 寛 Illustration by Hiroshi Watatani
出典◉PEAKS 2016年8月号 No.81

 

山登りの歴史を形作ってきた人物を紹介するこのコーナー。
今回紹介するのは、コアなクライマーであるほどこう言うこの人――「彼こそが本物」

 

ミック・ファウラー

たとえば、あなたが仕事で取引先に出かけたとき、出てきた課長さんがこの人だったとしても、あなたはなんの違和感も抱かず、「どうも、どうも」と普通に言いながら商談を進めるであろう。もっとも、この人はイギリス人なので、実際には「なんの違和感も抱かず」とはならないわけだが、そこは日本人だと仮定して読んでいただきたい。

にこやかで、そこそこ品がありそうだが、ばりばりエリートという感じはしない。かといって仕事ができない無能タイプでもなさそうだ。地味な服装に、それなりに整った髪型。つまり、日本人が思い浮かべる「普通のサラリーマン」そのもの。それが、ミック・ファウラーその人である。

そうしてにこやかに商談をしていると(あくまで仮定)、目の前にいる人が、世界を代表するアルパインクライマーだとはだれも気づかないだろう。

しかしその実体は――世界でもっとも伝統ある山岳会といってもいい英国山岳会の会長を務め、世界最高のアルパインクライミングパフォーマンスを表彰する「ピオレドール」を3回も受賞した実績を持ち、彼の登るルートは、世界中の一流クライマーをいつもあっと驚かせ、60歳を超えても世界の第一線で登り続けている。「本物のアルパインクライマー」という言葉がこれほど似合う人もいない。それがこの人なのである。

私にとっても一大アイドルであることはいうまでもない。とにかく、ファウラーが登るルートはことごとく、めちゃくちゃカッコいいのである。

私が登山を始めたころの1987年に、ファウラーはカラコルムのスパンティーク(7,028m)北西壁というところを登っている。この壁の写真をひと目見て、私は心臓を撃ち抜かれるほど心を揺さぶられた。

そこには、標高差2,000mにおよぶ「垂直の岩のナイフ」がそそり立っているのである。ファウラーはこのナイフを登ったのだという。しかも、確保支点がとれず、パートナーは自分の体を岩の割れ目に押し込んで、それをくさびとしてファウラーを確保したという壮絶な登攀。すごい! すごい! 私は小便をもらさんばかりに興奮して記録を読んだ。

それだけではない。ファウラーは2002年に、中国のスークーニャン(6,250m)という山の北西壁を初登攀しているが、このルートは、標高差1,300mにおよぶつるんとした一枚岩に、一本だけバシッと切れ込んだ氷の筋をたどるいうもの。それこそ見た目だけで天然記念物指定されそうなほどの、見事な自然の造形である。ファウラーはここを登るのに8日間かけているが、うち5泊は立ったままのビバーク! このときすでに45歳。この人は鉄人か!

ファウラーはこれ以外にも膨大なクライミングを行なっているが、どれも共通した点がふたつある。ひとつは、見た目がとにかく美しいこと。尖ったピークとか、目立つリッジとか、登山をやらない人でもひと目でわかるようなところにルートをとるのである。

もうひとつの特徴は、だれも知らなかった山を探し出して登っていること。しかもそれが、「こんなのがまだあったか!」と、世界のクライマーが歯ぎしりして悔しがるような代物ばかりなのだ。

ファウラーはこれらのクライミングを、スポンサーをほとんど付けずに完全なるアマチュアの立場で行なっている。彼にはフルタイムの本業があるのだ。それは税務署の職員。21歳のときからこの仕事を続けている。「サラリーマンみたい」なのは当然なのである。だって、サラリーマンだったのだから。

よき社会人であり、妻と子どもふたりの家族をもつよき家庭人でもあり、かぎられた休暇で、世界を驚かす登攀をやってのける。そんなクライマーはファウラー以外にはいない。

私は2度会ったことがあり、一度はいっしょに富士山に登ったことがあるが、周囲の人に気持ちのよい気配りができる、欧米人離れした(失礼)すばらしい人柄であった。エッジがききまくった彼のパフォーマンスとはどうしても結びつかないキャラクター。

しかしこの激しいギャップに私は英国人気質を見た。さりげなく、度外れたことをやってのける。それこそがオレたちの美学なのだと。

 

ミック・ファウラー
Mick Fowler
1956年、イギリス・ロンドン生まれのアルパインクライマー。標高6,000~7,000mクラスで、それまでだれも登っていなかった未踏の山にターゲットを絞り、膨大な初登記録を持っている。2003、2013、2015年にピオレドールを計3回受賞している。

 

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PROFILE

森山憲一

PEAKS / 山岳ライター

森山憲一

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

森山憲一の記事一覧

『山と溪谷』『ROCK & SNOW』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーランスのライター。高尾山からエベレストまで全般に詳しいが、とくに好きなジャンルはクライミングや冒険系。個人ブログ https://www.moriyamakenichi.com

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