イタリア、ロカーナで滞在したアパートの家主たち|筆とまなざし#353
成瀬洋平
- 2023年12月06日
親切でフレンドリーな家主のリナルドとリタとお母さん。
ロカーナで出会った忘れ得ぬ人々。そのなかでまだ紹介できていないのは、アパートの家主たちだ。シャワーが狭くて少々使いにくいのだが、昨年と同じアパートに滞在したのは、親切な家主がいるからだった。
Airbnbで探したその部屋は、村の教会の斜め向かいにある昔ながらの建物の一階にある。イタリアでは日本でいう一階が0階なので日本式にいえば階段を登った二階にあたる。家主はリナルドという60歳を少し越えたくらいの小柄な男性である。インターネットにあまり明るくないのだろう、アプリでのやり取りは僕らよりも一回りくらい若いリタという女性が行なっていて、僕らの部屋の上にはリタのお母さんが暮らしている。リナルドは少し離れた場所に住んでおり、この3人がどんな関係なのかは想像するしかないのだが、とにかくとても居心地が良かったので今年も同じアパートにしたのだった。なにが良かったのかといえば、村の人々の生活を身近に感じられるに加え、家主のみんなが親切でフレンドリーだったからである。Airbnbで予約すると「今年も来てくれるのですね!」とリタからメッセージ。お土産に羊羹を持って行くことにした。
アパートに到着するとテーブルの上にラズベリーの手作りジャムが置かれていて、昨年も手書きのラベルが貼られたジャムがあったことを思い出した。さっそくリタにお土産を持ってきたことを伝える。ちょうどリタは不在で代わりにお母さんが受け取りに行きますとメッセージがあった。その日の夕方、上の階に住むお母さんが部屋へ降りてきてくれた。
ドアの前に立つ満面の笑みのお母さんは手に紙袋を持って立っていた。袋のな中には瓶が3つ入っていた。アーティチョークのオリーブオイル漬け、パプリカとツナの酢漬け、そしてイチジクのコンポート。どれもお母さんのお手製である。瓶にはジャムと同じ筆跡の手書きのラベルが貼られていた。あのジャムもお母さんの手作りだったのだと気づいた。お土産を渡すつもりが逆にたくさんのものをいただいてしまったけれど、お母さんはとても喜んでくれて最後に投げキッス。
いわずもがなどれもとても美味しく、イタリアのマンマの味が滞在に彩りを添えてくれた。とくにイチジクのコンポートは僕も妻も大好物で、バニラが香るそれを今年の8月に村にできたヨーグルテリア(ヨーグルトを売っているカフェ)の牛乳ジェラート(今まで食べたジェラートのなかでいちばん美味しい!)に乗せれば言葉にならないほどの美味しさだった。イチジクのコンポートは少しずつ大切に食べながら、最後まで旅を供にすることになった。ほかにも、シャワーのホースが壊れていたのでリタに連絡するとすぐにリナルドが直してくれ、お詫びにとワインを差し入れてくれた。
アパートにはもうひとつ好きなところがあった。それはトイレにつけられた20×25㎝ほどの小さな窓だった。便器に座ると教会の屋根に立つ古い風見鶏の向こうにこんもりとした山並みが見える。毎朝この窓から朝日に染まる山を見て、その日の天気と岩のコンディションを確認するのが日課となっていた。中途半端な位置に中途半端な大きさで、L字の鉄を適当に溶接して作られたその窓が妙に愛おしく見えたのは、そこからロカーナの人々の姿が垣間見られたからだろう。
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