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ベトナム・クライミングトリップ。最終日はハノイの旧市街地へ|筆とまなざし#364

カットバ島でのクライミングも最終日。豊かな食文化、混とんとした熱気に包まれた国をあとにする。

小雨の降る日にヒドゥンバレーで登った。ヒドゥンバレーもバタフライバレーも被っているため雨の日でも登れるところがほとんどだったが、ヒドゥンバレーはその名の通り日当たりが悪くて木々も密集し少し暗い感じがした。歩いて行けるので雨の日にバイクに乗らなくても良いのは助かった。結局、カットバ島でクライミングをしたのはわずか3日間だったが、島の食文化や風景を堪能することができたのでそれで十分。翌日、島を後にすることにした。

カットバ島に来るときはバスやタクシーを乗り継いだが、調べてみるとハノイ市街地まで直通のバスがあることがわかった。島のメインストリートにあるツアー会社でバスのチケットを手配してもらうと、朝8時に宿の前までバスが迎えに来てくれた。バスごとフェリーに乗り込んで難なくハノイへ戻ることができた。

ハノイで訪れたかったのが旧市街である。かつてハノイ城の城下町として栄え、いまに古都の趣を残す、ハノイでもっとも人気の高い観光スポットである。観光地だから行きたいということではなくて、旧市街は職人街が形成されていることで有名で、ベトナムの手仕事に触れたいと思ったからである。通りには品物の名前が付けられおり(たとえば「お菓子通り」「金物通り」「皮革通り」のような具合)、それらを扱うお店が軒を連ねている。

ベトナムの伝統工芸といえば、ぽってりとした丸みを帯びたバチャン焼きが知られている。ハノイに程近いバチャン村で作られている陶器で、どことなく沖縄のやちむんを思わせる柔らかさがある。旧市街の一角に大きな市場があって、その地下一階にはバチャン焼を扱うお店が軒を連ねていた。所狭しと置かれた焼き物を見ていると、片隅に置かれた埃を被ったグラスが目に入った。

それは、一つひとつ厚みや形が異なる青みを帯びた手作りのグラスで、カットバ島のレストランで毎日飲んでいた一杯10,000ドン(60~70円)の生ビールが注がれていたものだった。その愛らしさに惹かれ、どこかで手に入らないものかと密かに探していたのである。じつは、ハノイの露店でビールを飲んだときもこのグラスが使われていて、売ってくれないかと聞いてみたのだが断られた。よくみるとところどころに黒っぽいシミがある。色もシミも、数年前に沖縄で見つけた、テレビのブラウン管を溶かして作られたグラスにとてもよく似ていた。埃を払いながら自分の手に馴染むものを選び、日本へ連れて帰ることにした。

この旅でもっとも楽しんだことといえば食文化である。フォーや春巻きはもちろん、ベトナムコーヒーに代表される独特のコーヒー文化もおもしろかった。とくに卵の黄身と練乳を混ぜたクリームを乗せたエッグコーヒーやココナッツミルクのアイスを入れたココナッツコーヒーなど、初めて飲むものばかり。街のいたるところにカフェがあり、さすがコーヒー豆の生産量世界第2位のコーヒー大国である。そしてなにより圧倒されたのは果物の多さである。店先に並んだバナナはたくさんの種類がありクライミングの行動食にも重宝した。ジャックフルーツは生のものも乾燥したものも美味しかったし、ライチの仲間の龍眼(ロンガン)はプリッとした食感と清涼感のある甘さが特徴的。いかつい皮に包まれた釈迦頭(シャカトウ)は和梨と洋梨を足して2で割ったような美味しさで、雨のヒドゥンバレーで食べた思い出の果物。まだまだ試したいものもあったけれど、それはまた次の機会のお楽しみとしておこう。それにしても、南国はどうしてここまで果物の種類が多いのだろう。いや、果物のみならず店先に山のように積まれた魚や巨大な肉の塊など、食生活の豊かさにはただただ圧倒されるばかりだった。

帰国して数日すると、あの強引な客引きのおばちゃんやクラクションが鳴り響く街の喧騒が妙に恋しくなってきた。その混沌とした熱気こそが、この旅で感じたベトナムの最も大きな魅力なのかもしれない。

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PROFILE

成瀬洋平

PEAKS / ライター・絵描き

成瀬洋平

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

成瀬洋平の記事一覧

1982年岐阜県生まれ。山でのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作の小屋で制作に取り組みながら地元の笠置山クライミングエリアでは整備やイベント企画にも携わる

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