3月も後半。来月にはある程度の山域で春の山開きが始まる時期が迫ってきた。春めいた……という言葉も下界ならば普通に使われる季節であるが、山の上はまだまだ冬の如き日々が続く。今回は14年も前の話になるが、現在でも大変珍しい学術的にも貴重な1枚の話をしていきたいと思う。
編集◉PEAKS編集部
文・写真◉高橋広平
「○○をさがせ」
週が明ければもう4月というタイミングで某山域へ調査に向かう。時期はまったく違うのだが、前回25回のときと同様にワイフが同伴していた。これを執筆している今から14年も前ということもあり、何かと試行錯誤の山行を繰り広げていた。
粒の大きい雪がシンシンと降る天候のなか、まだ開拓中の山域でのラッセルはおのずと慎重になる。装備もオリジナルの手心を加えたものではなく既存品の組み合わせで対応していたので、現在の装備と比べると雪に対しての浮力が少ない。よく埋まる。
山を始めた当初は「絶対に冬山はやらない」と思っていたのだが、いざライチョウのこととなると雪山への恐怖は隅に追いやられ、おっかなびっくりではあるがやれる範囲で足を踏み入れていた。スペック上、マイナス29℃対応を誇る手袋でさえ貫通してくる冷気に苦悶の叫びを上げていたもっとも寒い1月などと比べれば、下界に梅が咲き桜の開花予想が出るころの山の寒さはかなりマシではある。
山の教本に倣い、とにかく雪崩が起きないはずの樹林帯に沿って標高を上げていく。横を見ればまっさらな雪の斜面も広がっているのだが、樹の1本もないきれいな斜面がなにを物語るのかは冷静に状況を観測できる人間ならわかるはずだ。何事でもそうだが、未知のものを相手にする際には想像力が最大の鉾と盾である。後年の話であるが、この斜面は何人もの登山者を雪崩で喰っている。それだけ危険な場所だということだ。
越冬中のライチョウは樹林帯の木陰で安息しているか、見晴らしの良い斜面に顔を出して埋まっていることが多い。
ただ、前条のようにそういった斜面は雪崩のリスクがつきまとうので、仮に意を決して侵入するなら事前の天候確認……、寒暖差による表層雪崩の条件を満たしていないかなどの把握が必須である。このときは前日までしばらく降雪もなく雪質も安定、当日朝からそこそこの降雪はあったものの、日をまたいだ翌日にならなければある程度の進入は可能と判断した。
ライチョウの探索能力が著しく向上しているいまの私とは違い、文字通りシラミ潰しに探すことでやっと見つけることができるレベルの当時であったが、結論から言ってこの日も見つけることができた。
思いのほか吹き荒ぶ吹雪のなか、見回したダケカンバの1本が不自然に揺れる。
風で枝が揺れて雪が落ちるなら普通のことであるが、その樹についた雪は重力の法則を無視して地面から枝に飛び移った。そして、枝にうごめく雪塊はひとつではなかった。
シラミ潰しが功を奏したのか、ここは標高約2,100m。当時の認識ではこの高さで遭遇する可能性は低いと思われていたライチョウとの遭遇はまさに突然であった。
しかも目に映るその顔にはサングラスのような過眼線はなく、クチバシと黒いつぶらな瞳だけで構成された姿……、メスだ。しかも群れである。
今回の1枚はダケカンバの樹にとまるメスだけの群れの写真。まず樹の枝に鈴なりにとまっているライチョウの写真自体が珍しいのだが、さらにメスの越冬群は研究者のあいだでもどこにいるのか見つけるのが難しいとされていたものである。その後、これをある有名な研究者の方に見せたところ「これはどこで撮ったものですかー!?」とかなり食い気味に問われたことも印象的だ。2024年の現在に至ってもメスだけの越冬群を写した写真というのはこの写真以外で見たことがない。
ちなみに何羽いるかを意図的に伏せているのだが、このあとのアザーフォトの末尾に答えを記載しようと思う。ぜひこの「ウォー○ーを探せ」的な1枚であなたのライチョウ探索眼を試していただければと思う。
今週のアザーカット
1泊2日の幕営探索であったが、1日目は前条のようなかたちで大きな成果を収めることができた。この群れの他にも何羽かのライチョウと出会うことができたのだが、そのうちの1回の折に同伴していたワイフが撮影してくれたものがこのアザーフォトである。雪に埋まる1羽のライチョウと私の図。その後、ほどよき場所にテントを設営して夜を越すのだが、朝目覚めるとテントがやたら狭くなっており、開閉ジッパーを開けるとテントが夜通し降った雪で半分埋まっていたのはいい思い出である。
さて、ライチョウクイズの答えであるが、正解は「5羽」である。みなさまはどこにいるかわかったでしょうか。
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