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出羽三山の一座・月山を歩き、生まれ変わる。|山本晃市の温泉をめぐる日帰り山行記 Vol.7

温泉大国ニッポン、名岳峰の周辺に名湯あり! 
下山後に直行したい“山直温泉”を紹介している小誌の連載、「下山後は湯ったりと」。

『PEAKS No.167』では、出羽三山参詣の拠点としてにぎわったかつての宿場町・志津の「若変水の湯つたや」を堪能しました。
今回はそんな山岳信仰の聖地、出羽三山の一座である月山へ。

かつて修験者登拝の道とされた、羽黒山~月山~湯殿山へのルート。
過去~現在~未来をめぐる行であったとされる道程で、その一端に触れながら生まれ変わりの旅となることを願っての歩みとなりました——。

山直温泉の記事・情報は
『PEAKS 9月号(No.167)』の
「下山後は湯ったりと」のコーナーをご覧ください。

編集◉PEAKS編集部
文・写真◉山本晃市(DO Mt.BOOK)

登山に留まらない月山の魅力

いつか月山を歩いてみたい、そう思わせてくれるものが月山にはいくつもあった。ひとつは森敦の小説『月山』。1973年に発表され、当時最年長で芥川賞を受賞した作品だ。

秋深まる東北山形の山中、人里離れた山寺へひとりの男が訪れる。一帯は間もなく豪雪に埋もれ、男は寺のじさまとともにひと冬をすごす。やがて春が訪れ、男は下山する。その間、特別なことが起こるわけではない。ただ時が淡々と流れ、男の心情が微妙に揺れ動いてゆく。

下界から閉ざされた山寺に流れる時間と空間は、まるで冥界での出来事、夢物語かとさえ思わせる。この異郷訪問譚の地を実際に訪ねたら、どんなことを感じるだろう。そんな思いを抱かせてくれる作品だった。

舞台となった山寺は、月山より連なる湯殿山の注連寺。弘法大師空海により開基され、名だたる上人が山草や木の実だけで命を繋ぐ木食行に徹し、即身仏となった名刹である。1829年(文政12年)に入定(永遠の瞑想に入る)した鉄門海上人の即身仏は、現在も安置されている。

そしてもうひとつは、羽黒山、月山、湯殿山からなる山岳信仰の聖地、出羽三山。その歴史は古く、開山は593年(推古天皇元年)まで遡る。崇峻天皇の御子である蜂子皇子(はちこのおうじ)が奈良の都から日本海の荒波を越え、羽黒山の阿古谷(あこや)へ訪れる。この地で皇子が難行苦行を積んだ末、出羽(いでは)神社を鎮座したことが由来だ。

修験道の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)よりも前の時代である。以後、出羽三山は、羽黒派古修験道の根本道場として伝統と文化を連綿と受け継いでいく。

羽黒山から入り、月山を経て、湯殿山へ。これが修験者登拝の道とされた。
「羽黒山で現世利益を祈り、月山で死後の体験をし、湯殿山で新しい生命をいただき生まれ変わる」
羽黒山を過去、月山を現在、湯殿山を未来と見立て、擬死体験と蘇りをはたす。その道程には、そんな意図があるという。現在・過去・未来を巡る「三関三度(さんかんさんど)」の行である。
その一端に触れながら、生まれ変わりの旅をしてみたい。そう思い、月山へと向かった。

▲第70回芥川賞受賞作品『月山』。受賞当時、森敦は62歳。重ねた齢、人生の深みが作品ににじみ出ている。
▲姥沢登山口から車でおよそ50分。湯殿山山中にひっそりと建つ注連寺。境内には、森敦の言葉を刻んだ大きな石碑もある。

月山リフトを利用し、最短ルートで山頂へ

東北地方の日本海側を南北に縦貫する出羽山地。月山はその南部、山形県のほぼ中央に聳える。白装束をまとった参拝者のみならず、登山シーズンには多くの登山者が訪れる日本百名山の一座だ。

登山口は複数あり、山頂へのルートも多数。先述のとおり、修験者登拝の道は、羽黒山より始まる。出羽三山の表玄関となる随神門より神域へと入り、羽黒山(標高414m)へ。さらに月山山頂の月山神社を経て、湯殿山(標高1,500m)北側中腹に位置する湯殿山神社本宮へと至る。

上記ルートはオーソドックスな出羽三山の参拝コース。バスと宿坊を利用した1泊2日や2泊3日のツアーも開催されているが、すべてのルートを歩くと一般的には2泊3日以上かかる。また、スタート地点とゴール地点がかなり離れているので、マイカー登山や「水平志向」派のコースとしては難がある。そこで今回は、リフトを利用する月山山頂への最短日帰りルートを歩くことにした。

▲姥沢の駐車場から徒歩約5分の月山ペアリフト。標高1,500mまで一気に高度を稼いでくれる。

月山湖からおよそ20分、月山南麓の姥沢登山口がスタート地点。手前の姥沢駐車場に車を停め、まずは月山リフト下駅へ。ペアリフトに乗り、澄んだ空気を吸いながら穏やかな周囲の景観を眺めていると、ほどなく上駅に到着する。

上駅目の前には姥ヶ岳休憩所があり、建物の向こう側に月山がでんと構える。半円形のなだらかな山容はまるで半月のよう。月山という山名はそんな形状が由来かと思うが、そうではない。月山神社の御祭神、月読命(つきよみのみこと)だという。

さっそく山頂を目指し歩き始めるが、肝心の頂ははて? 緩やかなカーブを描く稜線は、山頂を見定めるのがとても難しい。突起状のピークがまったくない。目を凝らすと、黒い塊が稜線の左端にうっすらと見える。あそこが山頂、月山神社だ。

稜線だけでなく、本ルートは緩やかな道がほとんど。9月下旬、色鮮やかな紅葉に包まれた木道をのんびりと歩く。途上、随所にリンドウがひっそりと咲いている。立ち止まってそんな光景に見入り、少し進むとまた立ち止まる。あまりに心地よく、一向に進まない。

▲姥ヶ岳休憩所内には月山神社遥拝所がある。悪天時など山頂まで行けない場合はここで参拝を。
▲眼前に月山の稜線を眺めながら、草紅葉が広がる草原をのんびりと歩く。思わず深呼吸。
▲エゾオヤマリンドウ。リンドウ科の多年草。紅葉の中に鮮やかなブルーが点在する。

リフト上駅から歩くことおよそ1時間。牛首の分岐に出る。左へ行けば湯殿山、右へ向かえば月山だ。石畳の道を右へ進み、ふと気づけば視界が開け、青空の下、波打つように並ぶ峰々が遠くどこまでも続いている。見下ろす斜面には、鮮やかなグリーンのなかに色とりどりの草紅葉がみごとなバランスで混在している。

▲牛首の分岐。手前に木のベンチが並ぶ休憩スペースがあるので、ここでひと休み。
▲深紅に染まったナナカマドやミネカエデなど、低木類の草紅葉が斜面を彩る。

湯殿山と月山を結ぶ稜線から眺める景観に目を奪われつつ、さらに標高を上げていく。森林限界を越え、山頂に近づくほどにガレた急登となるが、ここはしばしの辛抱区間。最後のひと登りを終えれば、厳かな月山神社が眼前に飛び込んでくる。標高1,984mの山頂だ。

山頂とはいえ、平らな場所が細長く南北に広がっている。山頂北端の神社が建つスポットのみ、唯一空に向かって突き出ている。山頂まで到着したことの感謝とこの先の無事を願い、月山神社にお参りする。

参拝後、山頂からの眺望を楽しみながらのランチとする。西側に目を向ければ、庄内平野とともに日本海、さらには遠く水平線までをも見渡せる。北を望むと、山形と秋田をまたぐ日本百名山、鳥海山がたたずむ。庄内富士や出羽富士とも呼ばれるその山容は、月山とは対照的な凛とした表情をしている。お弁当の塩おにぎりが、極上のごちそうになっていた。

▲出羽三山神社の一宮、月山神社。927年(延長5年)作成の官社一覧「延喜式神名帳」に載る名神大社でもある。
▲山頂から日本海側を望む。なだらかに広がる平地は庄内平野。その北側に鳥海山がそびえる。

胎内岩や弥陀ヶ原、湯殿山へ足を延ばすのもいい

ランチを終え、しばし休憩。その後は、往路を戻り下山する。姥沢駐車場から月山往復コースの所要時間は、のんびり歩いて4~5時間ほど。朝イチにスタートした場合は、時間と体力が許す範囲で、アレンジルートも歩いてみたい。

山頂から岩根沢登山口ルートを進み、大きな岩が積み重なる胎内岩へ。胎内岩と呼ばれる岩は日本各地の山にあるが、月山の胎内岩の隙間はかなり狭い。通り抜ければ、修験者の行のように死後体験をして生まれ変わる……? 山頂から往復約1時間の行程だ。

また、山頂を越え月山北面の八合目駐車場へ向かい、弥陀ヶ原を歩くのもいい。標高1,400m付近に広がる湿原は、透き通った水を浮かべる池塘が点在する天空の楽園。夏には百種以上の高山植物が咲き乱れ、秋を迎えると黄金色に染まった草紅葉が一面を覆う。山頂から八合目駐車場まで2時間半~3時間程度。弥陀ヶ原へ行く場合は、引き返さずにそのまま下山するのが現実的だ。

さらに、湯殿山神社、あるいは湯殿山山頂へ向かう参拝ルートを利用しての下山も可能。ただし、登山口がスタート地点と異なる場合は、下山後の交通手段を事前に考えておきたい。

▲前方左側へと続く稜線の斜面に敷かれたトラバース道。姥ヶ岳、湯殿山へと続く。

山行&温泉data

コースデータ 月山

コース:姥沢登山口~リフト上駅~牛首~月山~牛首~リフト上駅~姥沢登山口
コースタイム:約4~5時間
標高:1,984m
距離:約8km

下山後のおすすめの温泉 山形県/月山志津温泉

▲月山神社御祭神の霊水「若変水」に由来する若返りの湯を堪能できる志津温泉「若変水の湯つたや」。露天の目の前に五色沼、さらに前方奥に月山が聳える。写真提供◉月山志津温泉「若変水の湯つたや」

■月山志津温泉「若変水の湯つたや」
山形県西村山郡西川町志津10
TEL.0237-75-2222
入浴時間:日帰り 平日11:30~16:00(最終受付15:30)
定休日:不定休
入浴料:日帰り大人¥1,000 小学生以下¥500
泉質:ナトリウム-塩化物温泉
アクセス:姥沢登山口より車で約10分

 

山直温泉の記事・情報は
『PEAKS 9月号(No.167)』の
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PROFILE

山本 晃市

PEAKS / 編集者・ライター

山本 晃市

山や自然、旅の専門出版社勤務、リバーガイド業などを経て、現在、フリーライター・エディター。アドベンチャースポーツやトレイルランニングに関わる雑誌・書籍に長らく関わってきたが、現在は一転。山頂をめざす“垂直志向”よりも、バスやロープウェイを使って標高を稼ぎ、山周辺の旅情も味わう“水平志向”の山行を楽しんでいる。頂上よりも超常現象(!?)、温泉&地元食酒に癒されるのんびり旅を好む。軽自動車にキャンプ道具を積み込み、高速道路を一切使わない日本全国“下道旅”を継続中。

山本 晃市の記事一覧

山や自然、旅の専門出版社勤務、リバーガイド業などを経て、現在、フリーライター・エディター。アドベンチャースポーツやトレイルランニングに関わる雑誌・書籍に長らく関わってきたが、現在は一転。山頂をめざす“垂直志向”よりも、バスやロープウェイを使って標高を稼ぎ、山周辺の旅情も味わう“水平志向”の山行を楽しんでいる。頂上よりも超常現象(!?)、温泉&地元食酒に癒されるのんびり旅を好む。軽自動車にキャンプ道具を積み込み、高速道路を一切使わない日本全国“下道旅”を継続中。

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