東京五輪とツール・ド・フランスの成績を分析、選手の通信簿|ロードレースジャーナル
福光俊介
- 2021年07月31日
INDEX
vol.10
ロードとTTで対照的な結果に
ツール・五輪ロード・五輪TTの掛け持ちはハードだったか
国内外のロードレース情報を専門的にお届けする連載「ロードレースジャーナル」。今回は、激闘繰り広げられた東京五輪ロードから、先のツール・ド・フランスに出場した選手と、ツールを回避して五輪に賭けた選手とをそれぞれ評価。レース内容や結果に基づき、五輪本番に向けたスケジューリングや調整が成功していたかどうかも含めて見ていきたい。なお、ここでは戦前から好成績が期待されていた選手を中心にピックアップ。評価内容・方法は筆者の独断であることをお断りしておく。
ロードレースではツール組が上位8位までを占める
まずはツール・ド・フランス出場組から見ていこう。7月18日のツール閉幕からそのままの足で東京へと飛んだ選手たち。24日のロードレースは中5日で迎えており、早くから長時間移動や時差の不安が取り沙汰されていたが、ふたを開けてみるとツール組が8位までの入賞ラインを占めた。一方で、28日の個人タイムトライアルでは、ツール組がメダル争いから脱落。ツール・五輪ロード・五輪TTの3つすべてを追うのは少しハードだったかもしれない。
各選手の評価はA・B・Cでランク付けとする。
A リチャル・カラパス(イネオス・グレナディアーズ、エクアドル)
ツールでは結果的に個人総合3位だったが、山岳ではどこか本能に任せたアタックに感じられるシーンも多く、攻めたものの大会2連覇を果たしたタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ、スロベニア)にフィニッシュ前でかわされたり、メイン集団の追撃にあい攻撃実らず…というケースが見られた。しかし、実際にはスマートな走りができることを五輪で証明。ブランドン・マクナルティ(UAEチームエミレーツ、アメリカ)の状態が良いことを察知し、残り25kmでの彼のアタックに乗じると、優位な展開に持ち込んだ。
仮にマクナルティと最後まで逃げて、スプリント勝負になった場合は分が悪かった可能性もあるが、残り約5kmで独走にシフトしたあたりも勝負勘があった証拠だといえるだろう。やはり、五輪ロード金メダリストにふさわしい走りだった。
Solo el soñar te marcará un camino, sueños de oro🥇Ecuador en lo más alto 🇪🇨🤩 pic.twitter.com/1BhJC8pU4e
— Richard Carapaz M (@RichardCarapazM) July 25, 2021
A ワウト・ファンアールト(チーム ユンボ・ヴィスマ、ベルギー)
ツールではモン・ヴァントゥを制し、個人TT、さらにはシャンゼリゼフィニッシュと、タイプの異なる3ステージを勝ち、マルチぶりをアピール。シクロクロスで培った能力を存分に発揮した。金メダルの期待がかかった五輪では、ロード銀メダル。三国峠では幾分苦しんだが、その後の下りで優勝争いに加わったところまでは、ほぼ想定通りだったと見られる。ただ、カラパスらのアタックを許してからは、マークが集中したこともあり追いきれずに終わった。スプリントで銀メダルを獲ったあたりはさすがだが、今後は要所で決定打となる“一発”の必要性が課題か。かたや、6位に終わった個人TTはタイトなレース日程のダメージが少なからずあったか。今後の目標は、9月に行われる自国開催のロード世界選手権でのダブルタイトルとなるだろう。
A タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ、スロベニア)
ツールではオールラウンドに圧倒的な強さを示したその強さを五輪でも見せた。ただ、三国峠での、フィニッシュまで30km以上残したタイミングでのアタックは本人にしてみれば「早すぎた」と反省。終盤に向けて、自らを含めて13人が生き残る状況は想定していなかったよう。ファンアールト同様に他選手からのマークが厳しくなり、その後効果的な攻撃に乏しくなってしまったあたりは惜しい。それでも、最後にスプリントに挑んで銅メダルを押さえたあたりは、やはりツール王座が伊達ではないことを見せたといえよう。
A ブランドン・マクナルティ(UAEチームエミレーツ、アメリカ)
ポガチャルとチームメートで同い年、ツールではアシストに従事したマクナルティだが、五輪ロードでは決定機を演出した。散発するアタックの間隙を縫っての仕掛けは、結果的にカラパスの金メダルへとつながったが、自らにもチャンスを引き寄せた。もっとも、「ポガチャルの状態は分かっていた」といい、三国峠でのアタックにも真っ先に反応していた。アメリカ代表はロード女子や強化が進むトラックに注力し、男子ロードへのサポートが手薄だった中でのマクナルティの好走。結果は6位だったが、「自信になった」と胸を張る。
A グレッグ・ファンアーヴェルマート(アージェードゥーゼール・シトロエン チーム、ベルギー)
リオ五輪を制し、5年間の金メダリストとして歩んだが、その日々の終わりはファンアールトとレムコ・エヴェネプール(ドゥクーニンク・クイックステップ)への献身的なサポートだった。早くから両選手を支えると公言し、レースでそれを実行。長時間のメイン集団牽引は、前回覇者としての立場よりチームとして金メダルに挑む姿勢の表れだった。
We made the race hard @BELCyclingTeam and Wout delivered 🥈. Time for some rest now. #Olympics2021 #TeamBelgium #CyclingRoad pic.twitter.com/3zIfyU2j4b
— Greg Van Avermaet (@GregVanAvermaet) July 24, 2021
B ヤコブ・フルサン(アスタナ・プレミアテック、デンマーク)
かねてから東京五輪に注力すると宣言し、ツールを調整レースに位置付けていた。五輪ロードは結果的に、ツールで大なり小なり見せ場を作った選手たちが上位を占めることになったが、「ツール調整組」のなかでは唯一ともいえるメダル争い参戦メンバーだった。もし、ツールで総合争いに加わった後に五輪に挑んでいたらどんな結果だっただろうか。筆者としては少し惜しいように感じられる。
B シュテファン・キュング(グルパマ・エフデジ、スイス)
ツール、五輪ともに個人TTでの勝利にこだわってきた。結果的に、ツール第5ステージ2位、同第20ステージ4位、五輪4位。狙っていた結果まであと一歩。五輪に至っては、銅メダルのローハン・デニス(イネオス・グレナディアーズ、オーストラリア)とコンマ差だった。レースのたびに彼の悔しそうな表情を見ることとなったが、先に控えるヨーロッパ選手権では2連覇がかかっているほか、9月の世界選手権もリベンジの場として集中することだろう。
C リッチー・ポート(イネオス・グレナディアーズ、オーストラリア)
5月下旬から6月上旬にかけて行われたクリテリウム・ドゥ・ドーフィネでの個人総合優勝を境に、ピークアウトしていしまった印象。ツールではところどころでアシストする姿が見られたが、レースそのものに影響を与えるようなインパクトは少なかった。もっとも、五輪ロードを終えた時点で本調子ではないことを認め、個人TTでも苦戦する覚悟で臨んでいた。
C ゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ、イギリス)
シーズンインから順調に来ていただけに、ツール第3ステージでのハードなクラッシュは大きな痛手になった。ツキにも見放されたか、五輪ロードでも落車し、結果的にリタイア。一発逆転を狙った個人TTも12位に終わった。ツールでは途中、大会から離脱し五輪へ再調整したいとの意思も感じられたが、チームとの話し合いでアシストとして残ることに。さまざまな事情があったとはいえ、負傷箇所の回復を図りながら五輪への調整を行っていたら、結果は違ったのかもしれない。なお、本人は当面のレースを離れて休養する意思を示している。
So no medal this year. It was always going to be tough. Congrats to Primoz, Tom and Rohan 👏
But every Olympics is special, and to compete here for GB after the last 18 months everyone has lived through was an honour. Time to get home to the family and then come back fighting 👍 pic.twitter.com/tCF2Wz2MV4
— Geraint Thomas (@GeraintThomas86) July 28, 2021
個人TTは非ツール組が起死回生のメダル獲得
続いて非ツール組の走りを見ていく。完全に五輪に集中していた選手もいれば、5月のジロ・デ・イタリアを走り終えてから調整していた選手など、取り組み方は選手によってさまざま。ロードレースでは上位入賞者ゼロだったが、個人TTでは“逆転”ともいえる結果となった。
ツール組と同様にA・B・Cで評価する。
A プリモシュ・ログリッチ(チーム ユンボ・ヴィスマ、スロベニア)
本来であればツール組になるが、落車の影響で第8ステージで離脱。後述するデニスにして「彼はツールを走っていないようなもの」とのコメントもあり、ここでは非ツール組とさせてもらった。ツールでの負傷が心配された中で五輪に乗り込んだが、ロードレース中に背中を痛めるなど、不安な状況は続いていた。しかし、「前日に痛みが癒えた」といい、個人TT金メダルは驚異的な回復力と上下の変化がある富士のコースがピッタリとはまったことが勝因といえそうだ。ツール組が軒並みタイムを伸ばせなかった中で、2周目でライバルを圧倒。
これまで、グランツールの個人TTステージでは好結果を連発してきたが、一本勝負となる世界大会では大きな実績はなかった。この金メダル獲得で、その気にさえなれば世界選手権などでも上位争いに加わることのできる力があることが明白に。とはいえ、彼が見据えるのは「ツール・ド・フランスの頂点」ただ1つだろう。
A トム・デュムラン(チーム ユンボ・ヴィスマ、オランダ)
この五輪期間中も、スポーツ選手の心理的な健康に関するトピックが挙がっているが、デュムランも「心身の休養が必要」として戦線を離れていた1人。一時はキャリアを終えることも視野に入っていたが、彼はこの休養によって新たなモチベーションを見つけ、五輪の個人TTを目指してきた。6月からの準備だったというが、トレーニングキャンプから楽しみを見出すなど前向きに取り組んできた成果が銀メダルという形に。短期間でここまでパフォーマンスを戻したあたりは驚異的だ。今後は、心身のバランスを図りながら、どのような目標設定をするのか見ものである。
🥈😄 #tokyo2020 pic.twitter.com/NMcXcQ705G
— Tom Dumoulin (@tom_dumoulin) July 28, 2021
A ローハン・デニス(イネオス・グレナディアーズ、オーストラリア)
バーレーン・メリダ(現バーレーン・ヴィクトリアス)時代のツール2019で途中リタイアして以来、彼と機材面の話題は切り離せなくなったが、今回の個人TT銅メダルでは「機材に慣れたことが大きかった」と走りを分析。同時に、この一本に賭けてロードレースを回避していたことも奏功した。この点についても、「ツールから五輪ロード、そして個人TTの連戦はさすがに厳しかったのではないか」との見方を示しており、非ツール組が3つのメダルを手にしたことは順当な結果と見ているよう。
B アダム・イェーツ(イネオス・グレナディアーズ、イギリス)
非ツール組ではロード最上位の9位。今季は3月にボルタ・ア・カタルーニャを制していたが、4月の春のクラシック以降レースには出場しておらず、五輪が実に3カ月ぶりの実戦だった。フィジカル的には他の選手よりフレッシュな状態だったと捉えることもできるが、ツール組が上位を占めていることを考えると、3カ月の間にレースを走っていたらどうだっただろう…と思わずにはいられない。ちなみに、シーズン後半に重きを置くプログラムになっており、ブエルタ・ア・エスパーニャを最大目標に据えている。
B フィリッポ・ガンナ(イネオス・グレナディアーズ、イタリア)
ニックネーム通りの“トップ・ガンナ”とはならなかった。個人TTでの金メダルを狙ったが、コースに適応しきれなかった。もともと、五輪が2020年開催であればこの種目には出場せずにトラック競技に専念していたはずで、昨年のロード世界選手権制覇によってイタリア代表首脳陣から個人TTへの出場を打診された経緯がある。それからは目標を定めてトレーニングをしてきたが、メダルまでは2秒届かず。レース後はどこかさばさばした様子で、ここからはトラック競技・チームパシュートでのメダル挑戦へと気持ちを切り替えている。
UCIワールドツアーはクラシカ・サン・セバスティアンで再開
五輪をはさんだ関係でしばしブレイクしていたUCIワールドツアーが、7月31日のクラシカ・サン・セバスティアン(スペイン)から再開する。
これには、ツール・五輪とレース続きのバウケ・モレマ(トレック・セガフレード、オランダ)やサイモン・イェーツ(チーム バイクエクスチェンジ、イギリス)が参戦を予定。そのほかにも五輪を終えてヨーロッパに戻った選手が数人出場する見込み。シーズン後半へ勢いづくための重要な一戦も、ハイレベルとなることは間違いない。
福光 俊介
サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。
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PROFILE
サイクルジャーナリスト。サイクルロードレースの取材・執筆においては、ツール・ド・フランスをはじめ、本場ヨーロッパ、アジア、そして日本のレースまで網羅する稀有な存在。得意なのはレースレポートや戦評・分析。過去に育児情報誌の編集長を務めた経験から、「読み手に親切でいられるか」をテーマにライター活動を行う。国内プロチーム「キナンサイクリングチーム」メディアオフィサー。国際自転車ジャーナリスト協会会員。