プロフェッショナリズム 山本元喜【El PROTAGONISTA】
管洋介
- 2021年09月25日
INDEX
ライバルとの凌ぎ合いで磨かれた実力
自転車競技を始めたのは高校1年のとき。体育教師である父のもと、さまざまなスポーツに挑戦してきたが、ものにはならなかった。将来の夢は教師か研究者。それで理系専門の進学を希望、奈良北高校を選んだ。
ここで山本の運命は変わる。
「自転車好きならと勧められて入った部は、奈良北高校に統合される前に自転車強豪校として知られた北大和高校魂を継承する競技部でした」
「力の続く限り困難を乗り越え突き進め」という部の精神は、山本の勝負根性を叩き上げた。部活では互いにキツい場面でアタックをかけ合い、常に山頂を目指してトップを争う日々が続いた。
「坂がキツいからおまえに向いていると言われて出場したチャレンジロードでは、ラスト1kmで抜け出して初優勝しました」
翌年も好調が続き、「みちのくステージ・イン・岩手」で総合優勝、全国区の強豪として名乗りをあげた。山本は逃げで勝負するスタイルを確立し、チャレンジロードを2連覇。トラックでもアジア選手権ポイントレースで優勝するなど、走りに磨きがかかった。
国際試合の1勝が人生を変えた
「ライバルに打ち勝つことに夢中で、ヨーロッパのプロ選手のことなど、まったく興味がなかった。鹿屋体育大学に進学が決まっても、将来は体育教師かな……と」
そんな山本がプロを目指すきっかけとなったのは、大学1年のツール・ド・北海道第3ステージ。
「この日はプロの速さに前半遅れかけていたものの、なんとか追いついて10人の逃げに乗れた。でもこのままじゃ何もできない。だから自分がいちばん得意としているラスト3kmに賭けて一人飛び出しました」
結果は国内外のプロを抑えての独走優勝、その活躍は全国のファンに知れ渡った。この勝利で山本はプロの世界で勝つことの影響力を意識するようになった。
「チームの結果を目指すのが学連、個人の実力をアピールできるのがプロのレースだと知りました」
全日本選手権U23を2連覇するなど、同世代ではすでに一歩抜きん出た存在となっていた山本。大学4年で再びツール・ド・北海道のステージ優勝を果たすと、その目はヨーロッパに向いていた。
EUの経済危機もありチーム探しに苦戦するが、大門宏監督から声がかかりNIPPOへ入団。大学卒業1年めからヨーロッパで走ることになった。
果てしない階段の先に見たものは
2014年3月2日、ヨーロッパ2戦めのGPルガーノ。ワールドチーム選手も走るワンデーレースで山本はプロの洗礼を受ける。
「序盤で何もできずにあっという間にちぎれたのが衝撃的で……。ここにいるプロは厳しい生存争いをしている。ここはほんとうの実力の世界なんだと思い知らされました」
3年間のNIPPOの活動は日本人だから続けられたと冷静に振り返る山本は、2016年にはジロ・デ・イタリアにも出場した。
「このときはチームの実力者、グレガ・ボレがジロ直前の落車で調子を落としていた。それで彼に直接レース中に残れる術を習いながら走ることができたんです。それがギリギリの走りのなかでのジロ完走につながりました」
ヨーロッパで走る厳しさを痛感する一方で、自分がアジアツアーでは最前線で戦える力を持っているという事実を、山本は自分でも驚くほど冷静にとらえていた。
「プロトンで苦しむ僕の横で、休んで走るヨーロッパのトッププロ。いま自分が上っている階段はどこまでも続いている。その先に何を求めるのか……。自分がいちばん輝けるのなら、ひとつステージを落としたほうがプロとしての価値を上げられるんじゃないか……」
2017年、国内とアジアツアーを主軸とするキナンサイクリングチームに入団。山本は戦うレースに戻ってきた。
プロとは何か、にこだわる山本の走り
2021年7月10日、JCL第3戦 広島トヨタ広島ロードレース。降り出した雨のなか、選手はコースに飛び出した。連続するコーナリングの先に現れる急坂の連続。各チームが臨戦態勢で1周めを終えようとしたそのとき、ホームストレートで一気にスピードを乗せたのが山本元喜。早くもプロトンを崩しに動いた!
スピードに追従できない選手が次々と脱落していくなか、2周めには山本を筆頭に、4人のキナン選手を含む17人のエスケープグループが形成された。
スプリントジャージを着る小野寺玲ら宇都宮ブリッツェン、チーム右京相模原、那須ブラーゼンが数をそろえたことで、一気に後続との差は開いた。
レースは残り4周、山本が山岳賞をとると、続くスプリント賞争いのペースアップにキナンは波状攻撃を仕掛ける。そして畑中勇介と山本の弟である大喜の猛烈な牽引で先頭集団を分断することに成功した。
キナンは畑中、新城雄大そして山本元喜と大喜の兄弟を先頭に残し、那須ブラーゼンの谷順成、チーム右京相模原の吉岡直哉からなる6人で最終局面を迎えた。「このなかから優勝者が出る。数的に優位な僕らが勝つならプロの勝ち方にこだわりたい」
ここからのキナン劇場は圧巻だった。谷が先頭に出たタイミングで車間を切って畑中と大喜が交互にアタックを決める。谷がそれを吸収するとすかさず元喜がスパート。そのまま独走優勝かという展開に妥協せず、畑中を発射台に新城が元喜に追いつき、ゴールでは新城を前に出して元喜とワンツーフィニッシュを遂げた。
その15秒後、ひとり抵抗を試みる吉岡を、畑中と大喜が振り切り完全勝利をアピール。1位から4位までをキナンが独占してレースを圧倒した。「プロはファンや視聴者に評価されなければならない。ここで僕がただ勝つだけでは十分な評価にはならなかったでしょう。だからキナンはプロの展開で勝つことに価値を求めました」
プロとは何か。その答えを追求しながら日本のレースを牽引していく山本元喜。次のレースも、そのプロフェッショナリズムから目が離せない!
REPORTER
管洋介
海外レースで戦績を積み、現在はJエリートツアーチーム、アヴェントゥーラサイクリングを主宰する、プロライダー&フォトグラファー。本誌インプレライダーとしても活躍
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