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パリピの仮面を被った硬派な優等生「UCIトラック・チャンピオンズ・リーグ」開幕!

スペインのマヨルカで11月6日に開幕した新たなる自転車トラック競技シリーズ戦「UCIトラック・チャンピオンズ・リーグ」(以下UCI-TCL)。日本からは東京五輪女子オムニアムでの銀メダルを獲得した梶原悠未選手はじめ、10月の世界選手権女子ケイリンで銀メダルに輝いた佐藤水菜選手ら5名が参戦した。本記事ではそもそもUCI-TCLって一体なんなのか?をUCI公認代理人の山崎健一さんがひも解いていく。

「UCIトラック・チャンピオンズ・リーグ」ってなに?

UCI-TCLでは、五輪&世界選手権等の国際大会成績をもとに選抜された男女36名ずつ、計72名の世界最高峰トラック競技選手が、UCIルール準拠で行われる「スプリント=短距離」(スプリント&ケイリンの2種目)と「エンデュランス=中距離」(スクラッチ&エリミネーションの2種目)部門に分かれて全6ラウンド(2021年度は5ラウンド)を走り、多くのUCIポイント&シリーズ総額50万ユーロ(約6,500万円)の賞金を賭けて争います。

UCI-TCL大会概要

全6戦(2021年シーズンは全5戦)

①11月6日:スペイン(マヨルカ島)
②(中止)11月20日:フランス(パリ近郊)
*会場がコロナワクチン接種会場となったため中止。
③11月27日:リトアニア(パネヴェジース)
④12月3日:英国(ロンドン)
⑤12月4日:英国(ロンドン)
⑥12月11日:イスラエル(テルアビブ)

競技内容

UCIルール準拠の2部門(2種目1セットx2)

①「スプリント=短距離」(スプリント&ケイリンの2種目)
②「エンデュランス=中距離」(スクラッチ&エリミネーションの2種目)
*各選手は上記2部門のどちらかに割り当てられる。

全72名の出場選手(男女半々)

・2部門にそれぞれに36名(男女それぞれ18名ずつ)、計72名の選手が出場。

出場資格

・出場選手はUCI世界ランキングや「五輪」、「UCI世界選手権」の成績、及びワイルドカード(主催者招待枠)で決定される。

我ら日本からは、梶原悠未選手や佐藤水菜選手を筆頭に、ロードレースファンにはおなじみの2015年全日本ロードレース&2018年全日本ロード個人TT王者で現競輪選手である窪木一茂選手、パリ五輪でのメダル獲得を目指すクールな“アフロ怪人”山崎賢人選手、そして日本人選手として初めてワールドカップケイリンで銀メダルを獲得(2019年)した太田りゆ選手の5名が参戦。彼らが世界のトップ選手達を相手にどこまで戦えるのかに注目が集まります。

本大会はとことん“どエンタメ”方向に振り切った露出方法にも注目が集まります。欧州のTVゴールデンタイムである土曜夜7時から生放送され、派手な会場アナウンスやオンボードカメラも駆使し、TV・ネット配信で魅せる・観られることを念頭にシリーズ全体が構築されています。

それだけを聞くと、既存のUCIワールドカップや世界選手権等とは派手さ以外で何が違うのか?がわかりにくいと思いますが、本シリーズの最大の特徴は「トラック競技選手が“個人”単位で参戦できるUCIポイント獲得可能な賞金レース」という点にあります。
「個人参戦でのトラック競技賞金レース」は、公営競技の「競輪」が存在感を放つ日本の我々にとっては特に珍しくは聞こえませんが、じつは世界の長いトラック競技史上においては革命的な大会。
というのも、全世界的に自転車競技の花形は「ロードレース」であり、トラック競技選手はと言えば、収入面でも注目度でも常に冷や飯を食わされてきた歴史があるためです。それがこのUCI-TCLの開幕によって潮目が一気に変わるかも知れません。

個人選手には困難な時代が続いた世界トラック競技界

本UCI-TCLを掘り下げる前に、まずは世界のUCIルール準拠トラック競技で戦う「トラック競技選手」(競輪選手とは異なります=後述します)が置かれてきた苦難の状況説明を。
これまでトラック競技選手が輝ける主戦場は、毎年開催の「UCIトラック・ワールドカップ」、「世界選手権」、「大陸選手権」、そして4年ごとに開催される「オリンピック」の4つ程度。

世界トラック競技の主な年間大会

リフォーム前(2020年まで)

・UCI トラック・サイクリング・ワールドカップ(シリーズ戦・基本的に国単位で参戦)
・UCI トラック世界選手権(単発大会・国単位で参戦)
・UCI トラック大陸選手権(単発大会・国単位で参戦)
・オリンピック(※4年一度・国単位で参戦)

リフォーム後(2021年以降)

・(新)UCI トラック・チャンピオンズ・リーグ(シリーズ戦・個人で参戦)
・UCI ネイションズ・カップ(シリーズ戦・基本的に国単位で参戦)
※旧称:UCI トラック・サイクリング・ワールドカップ
・UCI トラック世界選手権(単発大会・国単位で参戦)
・UCI トラック大陸選手権(単発大会・国単位で参戦)
・オリンピック(※4年一度・国単位で参戦)

2020年までの4大会に共通しているのは『(基本的に)ナショナルチーム単位で出場する』点。よって、遠征費や宿泊費は各国競技連盟(NF)/ナショナルチームが獲得したスポンサーや、公的スポーツ機関の助成金等から捻出されますが、個々の選手に対し「給与」という形で金銭が支払われることは基本的にありません。

トラック競技にもプロチーム(トラックチーム)が存在するものの、ロードレースと違ってトラック競技では民間企業が主催するプロレースの枠組みがほぼ存在しないため、有名選手であっても競技活動のみで安定した収入を得るのは困難。

結果、トップクラスのトラック競技選手であっても、他に本職をもったり、それこそ賞金が入るアマ“ロードレース”競技に出場して生計を立てている選手もいるぐらい。なかには、五輪でメダルを獲った著名選手が、企業CMなどで収入を得ている例もありますが、そんな恵まれた選手はひと握りです。

少々時代はさかのぼりますが……1980年代終盤までは世界のトップトラック競技選手にも食いぶちはありました。
それは、自転車ファンならば一度は聞いたことがあるかもしれない『6日間レース』。
これは欧州各所にある屋内型ヴェロドロームで19世紀から続く興行型トラック競技レースで、欧州では絶対的な人気を誇るプロロードレースの著名選手が、冬のオフトレ&お小遣い稼ぎ目的に出ることでも知られています。レースの合間には歌手が歌ったり、観戦客は優雅にワインを嗜んだりと、なかなかゴージャスな大会で、1980年代までは隆盛を誇っていました。しかし、あくまでも主催するヴェロドロームによるローカル興行の域を脱せず、TV向けエンタメへの脱皮も難航し1990年代以降は徐々には衰退。
追い打ちをかけるように、ロードレース選手のオフシーズントレーニングが、本職のロード競技力強化により実効性のあるシクロクロスへとシフト。結果、お客さんを呼べるロードレースのビッグネームが6日間レースに顔を出さなくなり衰退、2021年現在ではベルギーやオランダ等で数えるほどしか開催されていません。

つまり、世界のトラック競技選手にとって少ない食いぶちであった「6日間レース」もなくなり、(基本的に)収入が得られないナショナルチームによるレース転戦が主戦場となった近年、競技力そのもので収入を得る手段が極めて限られていたのがここ30年来の状況です。

日本の“UCIルール準拠トラック競技選手”だって苦しい

さて、ここまでは海外トラック競技選手の苦難を書いてきましたが、「競輪」を主戦場としながら世界のUCIトラック競技で戦う日本の選手にとっては、また違った性質の苦難があります。

海外のトラック競技選手とは異なり、日本には選手が安定した収入と競技出場機会が得られる「競輪」が存在しますが、日本の「競輪」とUCIルール準拠の「ケイリン」やトラック競技は似て非なる物という点が、日本の競輪選手による海外進出を複雑なものにしています。

日本の公営競技である「競輪」は、諸説あるかと思いますが(ガクガクブルブル……)、“投票”(車券を購入)される方々向けの予想材料提供を手厚くするという背景からか、出場選手が同郷選手or同期選手等と組んで走る「ライン」という伝統的文化があります。競輪選手がレース前検日にメディアに対し「決勝ではXX選手の2番手で走らせてもらいます!」、「競輪学校同期のXX君とラインを組みます」的な、誰とチームを組むかを表明するのを見た方も多いかと思います。

これをロードレースに例えていうと、レース前にドゥクーニンク・クイックステップチームのスプリンターであるマーク・カヴェンディッシュが「スプリンターアシスト役であるミカエル・モルコフの番手で走り、全力でステージ優勝を目指すぜ!」と言うような感じでしょうか。なお、競輪の“ライン”文化は、ロードのようにエースを絶対勝たせることを目指す“リードアウトトレイン”とは異なり、「共闘」に近いもの。よってレース中盤の位置取りが重要な局面ではラインで共闘し、ゴール前の最終局面は自身のために走る流れが定番です。

なお、競輪においてはある程度のタックルが容認されているため、ロードよりもさらにライン/トレインの重要度が増しています。

このライン文化のお陰で、私を含んだ車券を購入する方々(投票者)は予想がしやすくなりますし、ギャンブルとしての魅力も上がります。競輪選手にとっても、仮に絶対的なパワー&出力で劣っていたとしても、ラインを活用したテクニックやレース展開で勝てるチャンスが生まれるわけで、ある意味ラインは選手&車券を買う“投票者“にとってWin/Winな文化といえるでしょう。

これが世界のUCIルール準拠トラック競技大会、特に“ケイリン”(いわゆるカタカタケイリン)の場合、基本的にライン文化は存在せず、完全なる個々の戦いへと様変わりしてしまいます。競技場の距離も、日本の競輪はバック&ゴール前ストレートが長くて駆け引きしやすい333~500mなのに対し、UCIルール準拠の競技場はコーナーの傾斜(カント)が大きく、追い抜くのが困難と言われる250mのみ。さらにUCIルール上、日本の競輪ではある程度容認されているタックルや、他選手の邪魔となる急な走路変更も違反となります。

結果、世界のトラック競技選手は自力&パワー勝負傾向が顕著。つまり日本の競輪選手が国際トラック競技に専念した場合、競輪の安定した賞金収入は揺らぐうえ、競輪キャリア的にもリスクを伴うチャレンジとなります。

これが定期収入のある競輪選手ではなく、海外選手と同様の立場に置かれている日本の“純”トラック競技選手にとってはなおさらのことです。

UCI-TCLの新しい点とは何か?

前置きがむちゃくちゃ長くなっちゃいましたが(汗)、このような世界中のトラック競技選手が置かれてきた不遇な立場を解消すべく、トラック競技のメジャー化、自立したビジネス化を目指して発足したのが本UCI-TCL。

その特徴を下記にまとめてみました。

賞金が出ます

・年間シリーズ賞金合計50万ユーロ(約6,500万円)
・男女間の賞金総額は同額
・各種目のシリーズ最終勝者には2.5万ユーロ(約325万円)

ちなみにツール・ド・フランスの総合優勝者賞金は50万ユーロ(約6,500万円)、賞金総額は約230万ユーロ(3億円強)です。

男女平等を徹底

世界的にもより顕著となる「男女平等(ジェンダー・イコーリティ)」を尊重し、出場選手数&賞金額も、完全に男女平等で振り分けられています。

個人参戦が基本

これまでの国際トラック競技大会ではナショナルチーム単位での参戦が基本でしたが、UCI-TCLでは個人参戦が基本。過去にはナショナルチーム等との兼ね合いで不自由を余儀なくされてきた選手もいたはずですが、それが解消されます。

(かなりの)UCIポイント獲得可

UCI-TCLは単なるショーレースではなく、五輪やUCI世界選手権につながるUCIポイントが稼げるUCI“ガチ”公認大会。獲得できるポイント数も申し訳程度のものではなく、例えばUCI-TCLシリーズ総合王者には、五輪&UCI世界選手権での個人種目10位と同等のUCIポイント=450ポイントが付与されます。

トラック個人種目優勝者に対するUCI付与ポイント数比較

・五輪&UCIトラック世界選手権=1000ポイント
・UCIトラック・ネイションズ・カップ(旧ワールドカップ)=800ポイント
・UCI大陸選手権=600ポイント
・UCI-TCL=450ポイント(シリーズ総合優勝)

旅費・宿泊費等を大会側が一定額負担

本シリーズに出場する選手には、大会側から一定の金銭補助が提供されます。

・欧州以外から出場する選手には、2500ユーロ(約33万円)を上限とする旅費を補助
・シリーズ全戦に出場する各選手に1500ユーロ(約20万円)の出走フィー提供
・大会日前後のホテル宿泊提供
・(希望者には)11月~12月の大会開催期間中の滞在場所提供

つまり、仮に成績が振るわずに賞金が得られなくても、遠征活動を慎ましくも維持できる程度の金銭サポートが提供されます。

メディア露出の座組みが盤石

UCI-TCLの主催は、ディスカバリーチャンネルで有名な米ディスカバリー社の子会社である「ディスカバリー・スポーツ・イベンツ社」。元々この会社は、欧州を中心に世界58か国でケーブルTV放映を行うユーロスポーツ社を親会社にもつ「ユーロスポーツ・イベンツ社」でしたが、ディスカバリー社によるユーロスポーツ社買収により現社名に。このディスカバリー&ユーロスポーツ勢は、欧州における2018~2024年までの五輪放映権を獲得しているほどのガチ勢です。
UCI-TCLは、欧州主流TVチャンネルの一つであるユーロスポーツ上で、土曜日プライムタイム(19時~21時30)に放映されています。その他、同じく米ディスカバリー社傘下のGlobal Cycling Network (GCN)でも世界配信(日本含む)されます。

選手の個人スポンサー名をジャージに掲出可

国単位で出場する従来の国際トラック競技大会では、選手の個人スポンサーロゴ掲出がご法度なナショナルチームジャージの着用が基本でした。いっぽうUCI-TCLでは、個人スポンサーロゴ等をジャージに掲出することが許可されています。前述のとおり、ユーロスポーツの放映などでの絶大なメディア露出が約束されるジャージへの個人スポンサーロゴ掲出の解禁は、選手各自がその実力にふさわしい資金を確保する道を開きます。

UCIがシリーズを丸ごと外部企業に委託

UCI世界選手権やワールドカップ等のUCI国際大会は、基本的に開催希望地を公募し、開催自治体等が広告代理店などと共に主催者組織を組閣して、単発で運営するという形式をとっています。しかし、2017年からUCI会長に就任したダヴィド・ラパルティアン政権移行、UCIはビジネス&プロモーション強化の観点から、UCI公式シリーズ戦の運営・広報・全体を丸ごと外注に出す路線を推進。例えば、UCIシクロクロス・ワールドカップの場合、2020年以降はクラシックレースの雄である「ロンド・ファン・フラーンデーレン」を主催するフランダース・クラシックス社(ベルギー)に委託。

欧州のみならず、米国でも開催されるUCIシクロクロス・ワールドカップですが、シリーズ戦全体を一社が俯瞰で見渡して運営する体制は現状うまくいき始めているようで、トラック競技にもこの方式を広げた形になります。
このように、UCI-TCLはここ数十年間硬直していた世界トラック競技界を、露出面、運営面、資金面などすべての改善可能点を根本的に見直し、全く新しいスポーツコンテンツを作ってしまえ!という覚悟で出現した野心的な大会なのです。

大会公式ホームページはこちら

つづきはこちらへ
夢のUCIトラック・チャンピオンズ・リーグ日本開催の可能性は? 担当者に聞いてみた

夢のUCIトラック・チャンピオンズ・リーグ日本開催の可能性は? 担当者に聞いてみた

2021年11月10日

 

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PROFILE

山崎健一

Bicycle Club / UCI公認選手代理人

山崎健一

UCI公認選手代理人&エキップアサダマネージャー。日本人選手の育成に尽力し、プロ選手からの人望も厚い。バイシクルクラブ本誌では連載「フ●ッキンジャップくらいわかるよ、コノヤロウっ!」を担当。

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