川を渡る自転車レースにはシュノーケルが必要!?|竹下佳映のグラベルの世界
竹下佳映
- 2021年12月04日
北米で活動するグラベル界の第一人者竹下佳映さんが参加したなかでも、もっともインパクトのあるレースが『ザ・クラッシャーEX』。湖や川を渡るために参加者の持ち物に「シュノーケル」が入っている異色のレースだ。前編に引き続き、その後編をお届けする。
『ザ・クラッシャーEX』~エンハンスト・グラベル~前半はこちらから
星がきれいな大自然! いよいよナイトライド
町を離れ街灯がなくなると、暗闇とはこんなに黒いものなのかと思う程の暗さでした。森の奥深くに行くにつれ、ヘッドライトの影で、凹凸のあるグラベルロードは大きな穴が開いているように見え、小さな段差は巨大な壁のように見えました。奥行きが判断しにくく、障害物があっても目の前に来るまでは見えませんし、何なのかも識別できません。どのくらいの速さで移動しているのかも、フィーリングでは判断しにくいなと思いました。
GPSは念のため2つ持参しましたが、どちらも具合が悪く頻繁に衛星電波を見失うというエラー発生続きでした。森の中なので電波を失うこともたまにはありますが、ずっとつながらないという状態です。もし一人だったらどこに迷い込んでいたことやら。
小休憩で立ち止まったときにヘッドライトを覆って上を見上げてみると、視界に入った星の数の多さに圧倒されました。こんなにたくさんの星が夜空を埋め尽くしているのを見ることは、今までなかったのでは?と思います。天の川もばっちり見えました。感動。
眠気に耐え切れず、みんなで仮眠
夜間走行も数時間経った頃、お尻が痛くてサドルに座ってるのも嫌になってきて、しばらく立ったままペダルを踏み続けたりしました。ふかふかのクッションに座りたい。
この日に至るまでの数日、仕事の関係で毎日4時間しか睡眠時間が取れず、出発前日も夜中まで現地入りできなかったペトルは、居眠り走行で木に突っ込みそうになること数回。
彼だけでなく全員眠気を感じていました。「あとxxマイルだけだから」とやっとの思いでチェックポイントの一つであるアウトハウス(中に便所があるだけの小屋)に到着しました。そこで仮眠を取ることに決めて、みんな目を閉じて地面に寝転びましたが、私は寒くてまったく休む気にもなれませんでした。
夜は深く気温は9℃まで下がっていて、身体を動かしていないとさらに寒いです。フレームバッグに入れておいたレインジャケットを羽織り、少し歩き回ってからみんなの仮眠が終わるまで地面に座っていました。地面があまり冷たくなくて良かったです。普段、自宅の近くの巨大な国際空港や高速道路の騒音に慣れているので、静けさが奇妙に感じました。
さて仮眠休憩後、再出発です。黄色くて明るい月が背の高い針葉樹林の上に顔を出すと、古いホラー映画のいち場面のようでした。もしそこで狼の遠吠えが聞こえてたらすごく怖かったと思います。
私たちは遭遇しなかったけれど、後で聞いた別のグループの話では、日中に3頭が目撃されていました。ちなみに、私は数年前にUPの森でソロ走行中に、ヘラジカ(ムース)の雄に出くわしたことがあります。ヘラのように平たく広がる角が大きく立派な巨大な成獣でした。間違って刺激して攻撃されると死ぬ可能性があるので、ヘラジカが立ち去るまで静かに木の陰に隠れて待ちました。
夜は長く、走っても走っても終わりのないライドのようでした。その後も続くデコボコ道、道の全く見えず見落とすことろだった曲がり角、両脇に自分の背より高い草の生えている草原。
かなり高さのある土の山をよじ登り終えたら、反対側は急な斜面になっていて真下が水でいっぱいの大きな穴だったり……。暗くて周囲が全部見えないので、穴だったのか池だったのかも未だに不明です。とにかく、進む前にライトで前方確認して良かったです。そうでなければ水の中に落っこちていたでしょう。
その後、また別の深く大きな水溜りが登場しました。
かなり広範囲に及んでいるらしく迂回もできません。仕方なく結局真ん中を歩いて通ることになったのですが、この先何時間も水浸しのシューズを履くのは避けたいので、裸足になって進みました。静かに歩いていると、随分と変な音に囲まれているのに気付きました。私にとっては今まで聞いたことのない音で、蛙の大合唱だということに、言われるまで気付きもしませんでした。聞き慣れた蛙の声ではなく、幅広のゴムを弾いたような「ぶるっ、ぶるっ」という声で、面白くて笑ってしまいました。
やっと空が白けて来たときにはホッとしました。
夜が明けて、疲労による幻覚を乗り越え、いよいよ川を渡り
早朝は曇り空で気温も上がりません。サイコンでスピードを確認するまでもなく如実にわかるような超スロー・スピードで進んでいました。一晩中燃料補給はしていましたが、この頃には完全なガス欠具合で、ジェルを流し込んでも何も起こりません。
すでに24時間以上起きていたので、睡眠不足なのもあり集中力維持は困難極まります。葉っぱや枯れ木が、人影だったり動物だったりと、次々と違うものに見えてきました。水場もない森の中の道の先に、白鳥が一羽座り込んでいるのが見えました。「なんでこんなところに」と思いながら前進し、距離が狭まっても白鳥は動きません。そしてその横を私が通り過ぎた瞬間に白鳥はいなくなって、そこにあったのは白樺の木片でした。私は幻覚だけでしたが、幻聴を経験する人も多かったようです。
事前に自分で用意していたメモを見ると、ザ・クラッシャーEXの主催者・黒幕の名前がついている『トッドの下山』と呼ばれる下り坂にもう少しで到達するところです。
「あぁ、もう嫌な予感しかしない。どんな下りなんだろう」。GPSで位置の再確認をするまでもなく、一目見たら「間違いなくこれだ!」とわかりました。高速でテクニカルで岩がゴロンゴロンしてる長いエグい下りが! 脳みそも半分しか機能していないのに! 「佳映、起きろ! 集中集中!」と自分に言い聞かせて、目をひんむいて、どうにか下りました。
そこからしばらく、これ以下には下がらないだろうと思われるエネルギー不足・不調振りを経験した後、皆で止まって座り込んで一休憩を挟みました。周りの写真を撮る余裕もありません。じつはこの時点で一人が脱落を決めました。昼過ぎくらいには(多分)戻れるだろうし、もうここまで来たんだからみんなで一緒に、と説得を試みましたが、ここから3人となりました。行く先を待ち受けているのは、悪名高い蚊の渓谷です。名前から想像できるように、蚊のいけにえになること間違いなしです。
蚊の渓谷に入るには川を渡る必要があり、この横断も裸足で行いました。下の石ころは滑りやすくて、鋭くはないけど足の裏が痛いです。次また挑戦するときは、薄手のサーフィンソックスか何かを持ってこようと頭の中でメモしました。
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PROFILE
札幌出身、現在は米国シカゴ都市部に在住。2014年に偶然出会ったグラベルレースの魅力に引かれ、プロ選手に混ざって上位入賞するなどレースに出続けている第一人者。5年間グラベルチーム選手として活躍し、2022年からはプライベーターとしてソロ活動。ここしばらく飛んでいないが飛行機乗り。