金メダルへ導いた日本の自転車部品、女子オムニアムで戦ったアラヤのディスクホイール
中田尚志
- 2022年01月09日
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世界のトップアスリートが日本に集結した東京オリンピック・パラリンピック。母国開催のオリンピックに向けて奮闘した日本企業がある。女子オムニアムで、金メダルを獲得したジェニファー・バレンテ選手は、「ARAYA(アラヤ)」のディスク・ホイールを使用した。大阪市に本社を置く新家工業輪界営業部の鉄沢孝一さんにピークス・コーチング・グループの中田尚志さんがインタビューを行った。
アラヤを採用した経緯
リオオリンピックから1年後の2017年、アメリカチームは伊豆ベロドロームで行われた国際大会にオリンピック候補選手を派遣した。候補選手のひとりダニエル・ホロウェイ選手がレースでアラヤの製品を使用したことからアメリカ・ナショナルチームメンバーへの提供が始まった。
ホロウェイ選手と同社製品の関係は長い。「ジュニア時代からARAYAを使っていた。レース会場で他の選手に借りて以来すっかり気に入ってしまった。そこで親父に頼みこんで買ってもらったんだ。今回は日本で行うオリンピック。日本製品で走りたい」とホロウェイ選手。
ナショナルチームのコーチ、ゲーリー・サットンが現役時代にアラヤのディスクを使用していたことも採用の後押しとなった。
ホロウェイ選手が採用したことがキッカケでバレンテ選手も同社製品の使用を開始。ワールドカップ、世界選手権で実績を積んでいった。
CFD解析と風洞実験でつくりあげた数値の世界
トラック競技は時に時速70kmを超える世界だ。選手のスピードアップを阻む最大の要因は空気抵抗。次に路面抵抗、そして駆動抵抗となる。各国のナショナルチームは1/100秒を削るために世界中の機材を試し、風洞実験を重ねる。
ディスクホイールはメーカーによってリム幅、ハブのフランジ幅、さらにはディスク曲面の形状などが異なる。各社はこれらの組み合わせを変更し空気抵抗削減に取り組んでいる。
開発のプロセスは大きく分けて2段階。CFD解析(コンピュータ解析)により計算上、空気抵抗が最も少ない形状を導き出す。次に実際にライダーが乗車し風洞実験で空気抵抗を計測する。この2つのプロセスを繰り返し最高の製品を作り上げる。
アメリカナショナルチームがバレンテ選手で実験を行った結果、アラヤ製品の空気抵抗が最も少なく、オリンピックでの投入が決定した。
選手の感覚を製品に落とし込むことが大切な世界
選手はときに数値では表せない細かな感触の違いを読み取る。計算上は性能に優れた製品でも選手の走行感が悪ければ、それは机上の空論となってしまう。
踏み出しの軽さ、送り(巡航性能)、剛性感、粘り(グリップ力)など、周長250m最大カント45°のトラックを速く走るために必要なファクターは空力性能だけではない。
選手は細かな使用感を言語化し開発者に伝える。双方のコミュニケーションなしに良い製品ができあがることはありえない。
元ロード全日本チャンピオンで長きに渡り選手生活を送った鉄沢さんには技術者として選手の感覚をホイールづくりに反映する独自のノウハウがある。
鉄沢さんは選手の理想を具現化すべくR&Dを繰り返したという。
要望を具現化する
アラヤのディスクホイールは構造的に2種類に分けられる。ひとつはカーボンハニカム構造のDW-LD。もうひとつはスポークのように放射状にカーボンシートを張り巡らせるテンション構造のPW285S R-Tだ。
ハニカム構造は剛性と造形の自由度に優れており、極限まで空気抵抗を減らせる。テンション構造は足に感じる軽さと弾力のある加速性能が特徴だ。ジェニファー・バレンテ選手はハニカム構造のDW-LD、ダニエル・ホロウェイ選手はテンション構造のPW285S R-Tを好んで使用した。両者トラック中距離種目を得意とする選手だが、好みとするディスク構造は異なる。
開発者の鉄沢さんは各選手の要望に合った構造のディスクを選択し微調整を加えていった。
空気抵抗を減らすためディスク曲面の出し方は各社異なるという。
協力企業とのコラボレーション
オリンピックに向けた開発の中で新家工業は他社との協業も行ってきた。レーシングカー向けカーボン製品製作のバックグランドを持つリアライズ社が形状設計・カーボン部製作を行い、ベアリングはKoyoベアリングブランドで知られるジェイテクトが製造を担当した。
新家工業が製造する車いす用の車輪アブソフレックスにジェイテクトの製品が使われていることから共同開発が実現したという。
同社は鉄沢さんの依頼を受け、自転車競技の特性に合わせた軸受の開発に着手。その結果、回転トルクを50%削減したセラミック・ベアリングの開発に成功した(従来品比)。競技用ホイールに採用されることを前提に、容易なメンテナンスで性能をキープできるように配慮されている。さらに屋外での使用にも耐えうるよう内輪と外輪にステンレスを採用したセラミックとステンレスのハイブリッド・モデルを開発した。
試行錯誤を経て2019年にオリンピック向けのディスクホイールが完成。五輪本番を迎えた。
鉄沢さんの考える理想のホイールづくり
自身が選手としてレースで活躍し、開発者としてディスクだけでなく手組みスポークホイールの開発も務めてきた鉄沢さん。現在も走り続ける彼に理想とするホイールとは何か尋ねてみた。
「やっぱり今は空気抵抗削減やな。それでいて選手に応じた乗り味にできること。選手のリクエストに応じてカスタマイズができる製品。選手が”こういう風になりませんか?”といったオーダーを聞いてそれを具現化してやる。そして何よりタイムが出ること。それが一番や」
パリへ向けて
母国開催の五輪を終えた鉄沢さんの目はすでに2024年開催のパリオリンピックに向いている。
「やっぱりメダルを取れるホイールを作ってみたいな」と、還暦を迎えた鉄沢さんの目が輝いた。
中田尚志 ピークス・コーチンググループ・ジャパン
ピークス・コーチング・グループ・ジャパン代表。パワートレーニングを主とした自転車競技専門のコーチ。2014年に渡米しハンター・アレンの元でパワートレーニングを学ぶ。
https://peakscoachinggroup.jp/
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