東京五輪の自転車競技会場でベルを鳴らし続けたマリオとは?
中田尚志
- 2021年08月18日
熱戦が続いた東京五輪。トラック競技で周回をしらせるベルを鳴らしている日本人は一体誰?
関係者からマリオの愛称で呼ばれる上田尚徳さん(33)は京都生まれの自転車競技審判だ。国際映像に幾度となく映し出された”マリオ”にピークス・コーチング・グループの中田尚志さんがインタビューを行った。
どうしてマリオと呼ばれているのですか?
シクロクロス、レッドブル・ホーリライド(ダウンヒル)などにマリオの仮装をして参加しているうちにマリオと呼ばれるようになりました。今回の五輪では海外の審判からもマリオと呼ばれていました。
五輪でのお仕事の内容を教えてください
ロード、ロードタイムトライアルでは五輪組織委員会のコントラクター(短期契約社員)として参加しました。ロードではコースの設営状態および安全を管理するテクニカル・デレゲート(TD)と日本人のコースマーシャルをつなぐ仕事をしました。
競技が行われる45分前にクルマでコースを走り危険物が落ちていないか、コーナーに安全クッションが適切に設置されているかなどTDがチェックした内容をコースマーシャルディレクターに伝えました。
トラックでは国際技術役員(ITO)を補佐する技術役員(NTO)としての執務を行いました。周回のベルを鳴らす役目(ベルリンガー)および周回のカウントはNTOの仕事で審判長と英語でコミュニケーションが図れる人が必要ということで私が選ばれました。
ポイントレースやマディソンといった競技ではラップ認定によって鐘を鳴らすタイミングを判断しなくてならないので審判長のノリーンさん(アメリカ)と入念に打ち合わせをしてレースに臨みました。
五輪に関わったキッカケは?
家族旅行で行った2004年のアテネ大会に始まり、2016年のリオまで毎回現地観戦に行くほどの五輪ファンです。日本での開催が決まったときから、お手伝いしたいと考えていました。
また2015年より審判として京都府自転車連盟主催のローカル大会や全日本選手権レベルの大会で働いていたので、五輪には自転車競技で関わりたいと考えていました。幸運にも国内での業務経験と英語スキルが認められ、五輪に参加できました。
五輪で一番大変だったこと
最終日、女子のオムニアム最初の種目スクラッチで大きな落車があり、審判長のノリーン(ランディス)が選手と衝突し病院に搬送されてしまいました。6日間彼女とアイコンタクトを取ってあうんの呼吸でベルリンガーの業務をこなせるようになってきていましたから、動揺しました。
その後はロシアから来た方が審判長代行を務めたのですが、無事に業務を行うことができました。
レース(大会)を見た印象
(コロナ禍により)先の見えない状況にも関わらず、各国が五輪に照準を合わせ仕上げてきた印象です。それが世界記録の連発につながったと思います。
今回は特別な状況下でしたが、過去に開会式後、一気に雰囲気が盛り上がるのを見てきた経験から、今回も開会式を境に五輪を応援してくれる方が増えると信じていました。
普段のお仕事
京都府自転車競技連盟が主催するシクロクロスでは審判業務だけでなくブログも書くなど運営にも関わっています。また夏はトラックフェスタの運営を手伝っています。
東京五輪をレガシーとして残すにはどういった努力が必要だと思いますか?
大規模な交通規制を行いロードレースを開催するには住民の理解と協力が必要です。また日本庭園を思わせるような美しいMTBコースを維持管理していくには関係者の努力と共に行政の協力も必要だと思います。
東京五輪の経験を今後の日本自転車競技界に活かしていくには?
五輪を運営した経験を各地に持ち帰って審判業務に活かしていくことになると思います。競技を理解した上で公正な審判業務をするには経験が必要です。五輪ともなると各国から寄せられる抗議の数も多くなります。
審判長はジャッジ・レフェリーとビデオを確認し判定の理由を各国に説明します。ノリーンは次々と進んでいく競技スケジュールの中でこれらの業務を丁寧にこなしていました。他にはラップ判定の判断など、機械的な判断が難しい部分が多くあります。これらはどれだけAIが発達しても不可能で、やはり人間である審判が必要な部分だと思います。
インタビュー後記
事前に原文で国際自転車連合(UCI)のルールブックを勉強し、大会期間中は毎日のレース前に各競技のルールを見直して五輪に臨んだ上田さん。みんなが笑顔で帰路につくローカル大会の雰囲気が好きだという。五輪後はローカル大会の運営に戻るという。関西シクロクロスやトラックフェスタでベルを鳴らすマリオの姿を見るのが楽しみだ。
中田尚志 ピークス・コーチンググループ・ジャパン
ピークス・コーチング・グループ・ジャパン代表。パワートレーニングを主とした自転車競技専門のコーチ。2014年に渡米しハンター・アレンの元でパワートレーニングを学ぶ。
https://peakscoachinggroup.jp/
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